日記・コラム・つぶやき

2026年5月19日 (火)

「本願寺水道」の土管

Img_5850 Img_5851 Img_5854  Img_5853_20260516093101 古びた土管だ。初夏、緑の芝生にドカンと転がっている。長いの、短いの、筒先が伸びたの、4つ。烏丸五条から歩き下って、東本願寺前、去年春に整備された「お東さん広場」へ来てだ。何だろう~と見たら土管の説明板。未来への防災遺産「本願寺水道」だという。

 

 桜の木など植わって、広い芝地だ。向こうに京都タワーも見えて、東本願寺北側だ。薫風が吹き抜け、いい天気。ゴロンとしたい場所。土管のゴロンが羨ましい。説明版によると、設計は琵琶湖疎水を完成させた、あの青年技師・田辺朔郎。完成は明治30年(1897)。琵琶湖疎水の蹴上水源地から本願寺の境内まで4.5㌔。3年の歳月かけての敷設という。

 

 江戸時代4度の火災にあった東本願寺。膨大な経費と大変な人力で、独力の防火対策だった。動力は使わず、蹴上→本願寺の高低差44㍍を利用、いざという時の圧力放水。平成9年(2008年)老朽化で停水まで100年以上活躍してきた。先人に学ぶ遺産という。芝生の土管は、京都市上下水道局が五条通りの分を引き上げ、野外展示中とわかった。管の直径50㌢、ベルギー製という。丘に上がったカッパならぬ土管、今もドカン?としている。

 

 ※ 蹴上、琵琶湖疎水舟溜まり近くの東本願寺への水源地は、昨年重要文化財に指定。

 

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2026年5月18日 (月)

毎朝、ネギ坊主を見ている

Img_6196 Img_6197_20260515085201 Img_6208 Img_6198_20260515085201 Img_6199 小さい頃からずっと見ている。先っぽにポコンと白く出てきた頃からだ。それが今はどうだ。白いのがふさふさして、可愛い坊主頭になっている。ひとつ、高さ60㌢、白い頭はもう5,6㌢。それが3列縦隊で10㍍、行儀よく並んでいる。ネギの花、ネギ坊主だ。

 

 朝歩きの畑地。コンビニのある道路へ出る最後のシーン。どこか、愛おしく、ずっと前から足を止めて、見続けて来た。何度も何度も、デジカメ撮っている。ネギは漢字で、ちょっと難しい「葱」。ユリ科の多年草。葉は筒状で先端が尖る。初夏に花軸を出し、頂上に白色の小花を球状につける。旺文社国語辞典にそう出ていた。辞典のお隣さんは、神社の禰宜。

 

 もうどれくらい見続けきたろうか。この先、どうなるのだろう。ちょっと心配になっている。今度はSNSで調べた。白い坊主頭は茶色くなって枯れ落ち、収穫用の黒い種になるという。白いのが若いうちは切り取って、天ぷらにすると美味しいなど、さすがにSNS、色々出ていた。五条坂近くの東山通り、お好み焼き屋「ねぎ坊主」の看板。バス車窓からよく目につく。いま、気になるお店だ。ネギ坊主、いつかお別れの時が来るけど、まだあかんよ!。

 

 

 

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2026年5月17日 (日)

おかあさ~ん!玉子焼き!

Img_6102 Img_6101_20260514090801 Img_6094 Img_6095 Img_6096_20260514090501 Img_6097 Img_6099 ここの玉子焼きはヌクヌクだ。大きくて、フワフワだ。醤油かけ、ちょろっとがいい。みんな大好き、おふくろの味―、やさしい玉子焼きなら、ここだ。むかし、日本最初のチンチン電車が走っていた四条西洞院かど、今は東行きバス停前の食堂ごはんや!まいどおおきに~。

 

 行ったら、煮鯖、ほうれん草などトッピングして、ごはんと味噌汁に玉子焼きだ。プレーンか、ネギ入りか、生姜入りか。決まって、玉子一筋のプレーン注文。「玉子焼き」の札が出て、席で待つ。お母さんふうの店員さんが注文聞いてから焼き始め、出来るとお母さんじきじき、席まで運んでくれる。おかあさ~ん、ハナマルキ!。玉子焼き、湯気が出ている。

 

 近くに行きつけの歯医者さん、帰りに行く。正式には「西洞院食堂」。あの日は春限定という食堂ラーメン「豚キャベ旨塩」550円と玉子焼き250円だ。ともに札と交換でレジ前払い。昼どきでも店内は広い。手持ち文庫本広げて間なし、別々に来た。ラーメンに玉子焼き、二つで800円。安くて、いい選択だ。ラーメンも豚と鯛のWスープだという。玉子焼き、この店の一番人気という。アツアツとスルスル…、いいねえ!。おかあさ~ん!。

 

 

 

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2026年5月16日 (土)

朝の光、田んぼにアオサギとマガモ

Img_6047_20260513081001 Img_6063 Img_6049 Img_6062_20260513081501 Img_6169 Img_6054_20260513081401 Img_6052 Img_6161_20260515085601 朝の歩きだ。日の出の光を浴びた田んぼ、アオサギとマガモが来ている。水が入ったばかりの田んぼ、土を泥にしていて、これからが田植えだ。アオサギは若そう。子どもかな。マガモは夫婦か、いいなづけか。いいなあ?。歩き、いつも見ないのにどこから来たのだろう。

 

 日に日に朝が早くなっている。茶摘み、八十八夜もすんで、次は昼と夜の長さの同じ、夏至だ。年のせいか、一年が早く、目覚めも早い。朝の5時には家を出ている。ご近所の百々小学校あたりで、山の端に光が差しだす。百々は「どど」。信長の安土城跡近くにも同名、百々川がある。日の出の山の向こうは滋賀の大津だ。そこに琵琶湖だ。打出浜、近くに感じる。

 

 夜明けの田んぼ。アオサギとマガモは距離を置いている。水が入ったばかりなのに、何がいるのか、アオサギはちょこちょこ歩き回って、餌をさがしている。オタマジャクシ、卵がかえっているのだろうか。マガモは足が短い。浅瀬の泥水なのに泳いでいる。時々、頭をつけている。広い畑地、歩数計で1500歩あたり。足を止め、その観察が楽しい。日が上がるにつれ、田の明るさが増す。一日の始まり、アオサギとマガモと田んぼの出会いからだった。

 

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2026年5月15日 (金)

高校三年生忘れないファン

Img_6078 Img_6081 Img_6082 Img_6079 Img_6083いつまでたっても青春、高校三年生なのだろうか。まあ、たくさんのおばさんギャルだ。京都南座で、舟木一夫のシアターコンサート。午後1時から4日間連続。川端通り、南座西側楽屋入り口前、お幾つぐらいだろうか。おばさん、おねえさん…、おばさんであふれている。

 

 歌舞伎発祥、鴨川の河原が近い南座。四条通バス停前だ。地下の京阪電車と通じている。向かいはレストラン菊水。その向こうのビルは、今はない「北座」の看板を上げた八つ橋・井筒。南座のお隣さんは、祇園饅頭、にしん蕎麦の元祖「松葉」。山科の自宅出てバス乗り、京都市内、出歩きの始まりコースの一つだ。バス降りて、今は何かなと南座の看板を見る。

 

 春先は花形歌舞伎「曽根崎心中」、OSK日本歌劇団などだった。GW明けて舟木一夫だ。あの日は早めの出歩き午前10時半ころ、舟木看板見て、鴨川四条大橋の信号渡るところ、おばさんの山。楽屋入り舟木さんひと目の皆さん。南座職員、警備に出ている。舟木さん、もう80歳、今も年間50回全国ツアーとか。学園広場、修学旅行…、いまは「眠らない青春」がヒット中とか。ワアッ、キャッ、ワアッ、ずっとファンの、おばさんたちも眠らない?。

 

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2026年5月14日 (木)

イチゴ一つの「愛」

Img_5545 Img_5548 Img_5547 Img_5546 あのイチゴが忘れられない。ちょこんと小皿に一つ。注文の多い料理店は「山猫軒」(宮沢賢治)。ここは定食注文が多い庶民の食堂「千成餅」。JR山科駅から2、3分。日替わりのサービス定食、器がトレーに七つも。1100円。その一つ、イチゴが一つだけ出た。

 

 定食注文、店員さんが調理場に「マル!」と言って通す。ご飯が少な目なら「マル小」。なぜマルか、そのことは前にも書いた。もう一度書くと、注文の多い定食、隠語でマルだ。モヤシたっぷり~昔ながら中華そばも人気で、午前中で売り切れるが、店の一番はやはり日替わり定食。何と言っても品数が多い。肉あり、野菜あり、家庭の味…。栄養バランスを考えている。

 

 イチゴのあの日は~だ。カレイの煮つけ。身が骨からころっとほどける。年々の加齢?に優しいカレイ。造りはマグロの山かけ。赤と白が美しい。醤油すこし、かき混ぜて、これぞトロ!。大根おろしの冷やっこ、竹輪とじゃが芋の煮物。塩っ気を減らしたサイコロ豆腐の味噌汁。腹八分目のマル小。そして、あのイチゴだ。定食の注文も多いけど、お店にお年寄りも多い。イチゴの一つに「愛」がある。一つだけのイチゴのデザート?、今も思い出す。

 

 

 

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2026年5月13日 (水)

山中に富士山神殿

Img_5799 Img_5809 Img_5794 Img_5803 Img_5807 Img_5810 Img_5816_20260510080001 Img_5801 こんな山の中にこれは何だ。高さは50㍍あろうか。大きな屋根の線がゆるやかに流れ、まるで富士山だ。陶器の町、狸の町、甲賀市信楽の山奥だ。観光名所でなく、知られていない。建って40年余りか。日系2世で世界的建築家、故ミノル・ヤマサキの設計、建築だという。

 

 MIHOミュージアムを管理、運営する宗教団体神慈秀明会の神殿だ。非公開だが、MIHOの展覧会へ行くと、フロアから山の中の神殿が富士山の如く見える。鯉のぼりが上がる5月に大例祭。神殿は3千人以上収容の大ホール。毎年、坂東玉三郎、森山良子ら公演があり、今年はオペラのテノール歌手笛田博昭さんのコンサート。椿姫より「乾杯の歌」だ。

 

 JR南草津駅から送迎バスで新名神の側道を行って40分。GW、招待状が届くと、まあ行っている。神殿を建築したミノル・ヤマサキさん。同時多発テロで惨劇のNYのツインタワーの設計がそうだ。信楽の神殿は、思い出多い大プロジェクトと生前語っていたという。送迎バス降りて、神殿までは藤棚、赤いノムラツツジなどの参道、流政之氏の石彫刻、MIHO設計のIMペイ氏のベル塔など…。見上げた富士山神殿、貴重な写真撮り、1枚2枚3枚…。

 

 ※ ミノル・ヤマサキ(1912-1986)祖父は富山県から移民。シアトル出身、セントルイス空港など設計。アメリカ建築協会賞など。

 

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2026年5月12日 (火)

「幻の青いケシ」開花

Img_5878 Img_5899 Img_5900_20260509081601 Img_5904_20260509081601 Img_5903_20260509081501 Img_5917_20260509081701 Img_5918_20260509081701 Img_5919 Img_5920 Img_5939_20260509081801 咲いている、咲いている。これだ。京都新聞に出ていた「幻の青いケシ」だ。標高3千、ヒマラヤか、中国奥地の秘境でしか咲かない花。府立植物園、日本一大きな観覧温室の中だ。正式には「メコノプシス・ベトニキフォリア」。めったに見られない「幻の青い花」、これだ。

 

 初夏の植物園、つい4,5日前に行って「ハンカチの木」みたばかりだ。その時は観覧温室に入らずだったが、新聞記事になった「青いケシ開花」はそのあとだったのだろうか。ともかく、幻の花とあっては~行かねばならぬ大利根無情、止めて下さるな、妙心殿~だ。北山門エリア、母の日までの青紫カーネーションの熊モニュメント、これもこの前はなかった。

 

 熊はあとにして、三波春夫、平手造酒(ひらてみき)だ。前庭にポピー咲く観覧温室、ここも年間パスポート通過。誘惑する唇、ホット・リップスをチラっと見て、暑くも寒くもない温度設定、植物園苦心の部屋、ここだ。新聞の「青いケシ」、砂地から伸びている。青みが少し薄く、直径12㌢ほど2株、これだ。植物園が咲かせた幻の花。この目でしっかり見た。帰りの北山口は、カーネーション3千の怖くない熊もゆっくり見た。幻のケシ、けっしって忘れない?。

 

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2026年5月11日 (月)

こってり、こってり、こってり…

Img_5587 Img_5579 Img_5577 Img_5586 Img_5582_20260506091401 Img_5580 Img_5583_20260506091801 Img_5584 こってり、こってり、こってり…店じゅうが「こってり」している。壁貼り「LOVE&PEACE&こってり」「こってりで世界を笑顔に」。メニューに「MAXこってり」「コップdeこってり」。店員黒シャツ、背中は白抜き「KOTERI」。こってりイズムの徹底だ。

 

 昭和47年(1972)、京都北白川の屋台が発祥のラーメン「天下一品」。~お客様は神様です~の三波春夫から半世紀経つ。鶏ガラと野菜10種を煮込んだこってりスープの天下一品。今や全国200店舗以上。祇園でバス降り、東山通りの知恩院前店、昼に久しぶりに入った。開いたメニューは、こってりか、屋台の味か、あっさりか。あなたな~らどうする。

 

 天下一品へ来たからには「こってり」だが、豚骨ほどでないにしても、野菜煮込みと言っても、カロリーは高い。「屋台の味」はこってりとあっさりの真ん中。「あっさり」なら、こってりのコクがあって、カローリ―は半分という。それなら、あっさりだ。チャーシュウ、細麺、色濃いスープ。天下一品では「飲むスープ」でなく「食べるスープ」とも言う。そうか、そうか~とすすり鉢の底。そこに「明日もお待ちしています」。お客様は神様です!。

 

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2026年5月10日 (日)

初夏の山は笑う

Img_5589_20260508080601 Img_5590_20260508080601 Img_5593_20260508080601 Img_5791 Img_5821 いまは初夏、山が笑っている。日々出歩いて、正面を見て、ちょっと振り返って、そう遠くない山だ。黄緑色の樹々がこんもりしていたり、斑でパッチワークみたいだったり…。その樹々はブナ系、黄色の色素・カロチノイドが多いスタジイ、コナラなど、若さゆえだ。

 

 芭蕉は東北、奥の細道を歩いて「あらたふと青葉若葉の日の光」と詠んでいる。この一句、初夏のころ、黄緑色か、萌黄色の山を見たのではないか。どうして、山の色がこんなのか、ネット調べで森林雑学研究室に出あって、この一句だった。もう一句あった。山頭火の「分け入ったも分け入っても青い山」もだ。やはり、初夏の山歩きではないか~と分析している。

 

 三方よしは、近江商人だが、盆地の京都は三方が山。昼に出歩いて、東山三十六峰の山々。知恩院の後ろは華頂山。国宝三門の巨大扁額は「華頂山」。参道歩いて、正面みると、黄緑色がモコモコしている。五条坂でバス降り、五条通を西へ歩き、振り返ると清水寺の後ろが音羽山、黄色のグラデーションだ。朝歩き、山科の山もそうだ。やがて光合成、緑の色素・クロロフィルム登場、黄色の色素を圧倒、全山は緑一色に。黄緑色の笑う山を見るなら今だ。

 

 

 

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