日記・コラム・つぶやき

2020年1月25日 (土)

大阪梅田の地下街ぶら歩き

  06599630659955 Img_2414 Img_2411 Img_2394 Img_2397 Img_2384  Img_2409 0659946 始まりまでまだ1時間はある。ここは大阪梅田の地下街。行き先は、地下鉄谷町線の谷町6丁目の笑いのカルチャーセンター。落語の公演やのうて、落語あれこれシリーズの講座。谷六よりここ梅田の方が賑やかやし、せっかくきたんやし、ウロウロしてみよう。

 

 梅田いうけど、あっちも梅田、こっちも梅田。JR、阪神、阪急、地下鉄…駅も百貨店も梅田、うめだ、梅田…。なんか、うめえもんあるか、梅田。昭和17年にJR大阪駅南側に地下街が出来て、だんだん伸びて、百貨店の面積は新宿より広いんやって。どうどこを歩くのか、ややこしい、ややこしい…。迷宮、地下牢みたいで「梅田ダンジョン」ちゅうそうや。

 

 同じ歩くんやったら、面白そうなイラスト見つけて、写真撮りしよう。おっ、あった、あった。偽警官に偽銀行員。曲がった口に黒メガネ、こら偽や。後ろ姿の二人は舞台公演「パリのアメリカ人」。キャッチコピーは~踊るような恋の始まり~。いいやんか。黒猫が出て「フランス生まれの京都スタイル」。新しいどら焼きやって、どらいかナ。舌もつれそう。初診どうぞ!は、髭の医者…、ひげえ、髭。あんなんこんなん、写真撮り、あきひん、あきひん、まだ冬?。

 

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2020年1月24日 (金)

ムクドリの群舞

Img_2540 Img_2534 Img_2527 Img_2525 Img_2532 Img_2529 Img_2538 ちょっとやそっとではない。千、3千、5千、1万…それ以上かな。点々々の塊り、行って戻って、また行って…、夕暮れの空に大きな円を描いて、ブーメランのように飛んでいる。涙の連絡船のカモメ、都はるみでない、飛んで飛んで~のイスタンブール、庄野真代でもない。

 

 白鳥ではないムクドリ(椋鳥)の群舞、ワルツである。京都駅新幹線側の八条口東側、樹高7、8㍍のクスノキが営巣か。新幹線ホーム壁面のひさしにも、ズラズラととまっている。クスノキの葉はざわざわ、ギーギー、キーキーの鳴き声がきつい。幹元が白い。何で?、ムクドリの糞、フーン、なるほど。ブラ歩き帰り、交差点信号、青でも渡らずに暫く見続けた。

 

 ムクドリはスズメより大きく、ハトよりは小さい。成鳥でふつう24㌢、羽根を広げて40㌢という。ネット調べでは、普段は3,40羽で一緒にいるが、夕方になると、この3,40羽があちこちから集まってきて、大集団になるらしい。理由は身体寄せて暖をとり、加えてカラスなどからの外敵対策だという。立ち止まって、ムクドリ空中群舞をデジカメでズーム撮りチャレンジ、一度二度三度…、皆さん、もう少し、ゆっくり、低く飛んでえなあ~。

 

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2020年1月23日 (木)

いまが旬、伝統の「京野菜」

Img_2211 Img_2212 Img_2222 Img_2215 Img_2228 Img_2325 Img_2330 いまが「旬」という「旬」には、栄養がある、健康がある、四季がある、伝統がある。九条ねぎしかり、聖護院大根しかり、海老芋しかり、すぐき菜しかり、堀川ゴボウしかり…。季節の旬、味あいの旬をもっと感じて~というパネル展示に出会い、「旬」の野菜を学んだ。

 

 ゼスト御池地下街。地下鉄東西線の京都市役所前改札出て、西へ西へ延びる。レストラン、100円ショップ、本屋さん…河原町広場、市役所前広場など。ゼスト?熱意とか、風趣とか、妙味とか~の意味という。地上は祇園祭が巡行する。ぶら歩きの行き帰り、よく通って、冬場の今、御幸町広場では、京の旬野菜研究会がパネルで「旬」の大事さを呼びかけている。

 

 京野菜は30種以上。京の土壌が育んだ1200年の伝統、それぞれに旬がある。パネル下の机に~触らないで~と本物5点が出ていた。長くなく丸い聖護院大根、上賀茂の土で300年のすぐき、伏見稲荷創建に時代からの九条ねぎ、秀吉の聚楽第遺跡のごみ捨て場で育った堀川ゴボウ、種は長崎からで形が海老そのものの海老芋…みんな、寒おすなあ~の京野菜。四季折々を感じる「旬」、そらあ、大事どすけど、今年の京都はまだ一度も雪が降りまへんなあ。

 

 

 

 

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2020年1月22日 (水)

大阪梅田、人気の串カツ

 Img_2378 Img_2377 Img_2372 Img_2371 Img_2361 Img_2369 ある、ある。あるっテナモンヤ三度笠?。故・藤田まこと、大阪梅田の股旅シリーズ。牛、海老、玉ねぎ、うずら、豚ひれ、レンコン、じゃがいも、若どりからイカときて、如何にも、如何にも?。大阪は梅田新道食堂街、立ち食い串カツの老舗、松葉総本店である。

 

 減量対策、この3か月ほど、あぶらモンは控えていたけど、効果が出て5、6㌔は減った。この間、夢に出た串カツ。大阪・谷六の「笑いのカルチャーセンター・落語講座」を聴きに行くのにJRで京都早めに出て、昼前に入った。むかし、甲子園球場帰りよく行き、混み具合はわかっている。少し空いている席、割り込んだ。コの字型、皆さん早くから立っている。

 

 ハイボールから入り、何の串からにするか。食べ放題のキャベツ、売るほどある。カロリー対策、これはいい。タレ、衛生上から二度付け禁止はわきまえている。カンカンの中、串カツ各種、ど~んとスタンバイ中。1本抜いた。青唐、皮がパリパリ…ロンドンやない。牛は100円。揚げたては席から直接オーダー。5本は関の五本松?、ゴホン、ゴホンの風邪に注意。合い間にキャベツ、コルゲンコーワ?。9×4で串、うまくてシクシク泣かんように?。

 

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2020年1月21日 (火)

歴史上の人物の病気

 Th Photo_20200120082601  Photo_20200120082603 Photo_20200120082701 Photo_20200120082702 Photo_20200120082703 Photo_20200120082704 「音楽の父」バッハは、白内障だった。加齢でなく、一日4千kcalの大食漢、糖尿病が原因という。40歳頃から見えなくなり、60歳で失明していた。年末「第九」のベートーヴェンは、難聴。原因不明だが、晩年は完全に失聴、自作の名曲は自らの耳に届かずとか。

 

 毎朝、起きる前に聴くNHKマイあさラジオ。新年の健康ライフは「歴史上の人物に学ぶ健康」再放送で、日大医学部の早川智教授だった。音楽家に始まり、画家、政治家の病気を現代なら治って、どう歴史は変わったか~と、それぞれの人物の病歴をテンポよく話した。独裁者・ヒトラーはパーキンソン病、神は死んだ~の哲学者・ニーチェは梅毒で死んだと。

 

 柔らかタッチのルノアールは関節リウマチ。写真見ると、左親指は変形して、晩年はさらに脳卒中、右手一本、30㌢四方にしか絵筆を動かせなかった。それでも78歳で亡くなるまで、画風は衰えなかったと。大胆な色調、人気のゴッホは、黄視症。心臓病の薬、ジキタリスの影響で、なんでも黄色くみえる病気だった。だから黄色い麦畑、ヒマワリの名作が生まれた?。アレキサンダー大王はマラリア、カメハメハ二世は麻疹…、そうだったのかあ~。

 

 ※ 早川教授は岐阜生まれ、江戸時代から続く医家に育って医師になったが、ほんとうは音楽か美術の道に進みたかった。専門は遺伝など細菌微生物。 ※ 健康ライフ「歴史上の人物~」の放送は1月13日から16日まで。

 

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2020年1月20日 (月)

長崎ちゃんぽんと「リンガーハット」

Img_2243 Img_2242 Img_2341  Img_2344Img_2245 Img_2249 Img_2250 長崎ちゃんぽんと「リンガーハット」は、どういう関係なのだろう。去年、羽田空港ターミナルビルに1000店目が出来た全国ネットの「長崎ちゃんぽん・リンガーハット」である。ハットの店名スペルは帽子の「HAT」でなくて、「HUT」。これにまず、ハットした?。

 

 京都駅八条口の複合商業施設「アバンティ」地下飲食店街フードコートにも店があり、メニューの多様化にもハットする。小さなちゃんぽん、小さな皿うどん、しゅうゆ味の尾道風、旭川風ちゃんぽん、味噌スープのカキちゃんぽん。ほかに牛まぜごはん、大葉餃子、薄皮餃子、外国人向け、「ジャパニーズGYOZA」のネーミング。リンガーランチまである。

 

 お持ち帰りも出来て、野菜はすべて国産で、みんな安い。本場の長崎で創業、チエーン化して、東京93店など関東圏で店が増え続け、業績も伸ばしている。去年、京田辺に全国3番目の工場が出来ている。ネット化の推移はネットで調べ、何でリンガーハットかもわかった。有名なグラバー邸に並ぶ英国系貿易商人、フレデリック・リンガーさんの屋敷が長崎にあり、あやかったという。「HUT」は屋敷(小屋)の意。う~ん、そうだったかと、帽子を脱いだ。

 

 ※ 京都には四条河原町店など9店、滋賀にも3店ある。

 

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2020年1月19日 (日)

彫刻「親子の旅立ち」

Img_1985 Img_1987 Img_1988 Img_1991 Img_1990 Img_1984 あの作品は何だったのだろう。改組第6回新日展、彫刻作家の長老・中村晋也さんの「親子の旅立ち」である。親子金箔像を持ち上げ、山車の担ぎ手が太鼓を叩いて群衆の中を行進している。会場の中央、どれだけの人物が彫られているか、如何にも手の込んだ作品だった。

 

 作家の中村晋也さんは、今年94歳。大阪北浜の五代友厚など歴史上の偉人彫刻数々、文化勲章受章の大御所。正月明け、岡崎の京都展で見た中村作品が気になっていた。山車の上は左手に子供を抱え、深編笠に右手をやった親子、下からも覗くと、引き手は提灯かざして、大太鼓4つで、ドドンがドン…、左右から見守る群衆は兵馬俑のように人人人…である。

 

 この作品、青森県五所川原の立佞武多(たちねぶた)だという。高さ20㍍の山車、1998年に15台が復活したときの一つで、中村さんが作品にしたとわかった。山車の文字は右から読んで雲漢、天の川の意味という。彫られた人物像、なんと330体という。秋田能代から日本海側を青森まで走るJR五能線、終着駅が五所川原、太宰治の故郷である。この「親子の旅立ち」は、青森、弘前と並ぶねぶたの町を象徴、JR五所川原駅前にミニュチュアが建っている。

 

 ※ 中村さんは三重県生まれ、全国各地に偉人像多く、鹿児島市には1000体所蔵の美術館がある。 ※ 日展京都展は1月11日で終わり、今月末から名古屋など全国へ巡回。

 

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2020年1月18日 (土)

姓は玉虫、屋号も玉虫

 Img_2184 Img_2182 Img_2183 Img_2209 金色にも、緑色にも、青色にも、どうにも見える玉虫色の「玉虫商店」だという。もう何代も続くのか、襖や表装の材料を販売している。珍しい店名、屋号だけかな~と、玄関へ回って、表札を見たらお名前は「玉虫」さん。いつものぶら歩き、たまたまの?発見だった。

 

 京都銀行本店がある烏丸松原を東に行って、最初の四辻である。ウインドウは今年が子年で、何を申すか、ミッキーマウス。それに金色の帯、凧、七福神、打出小槌とネズミの絵…、縁起のいい飾り。お店は因幡薬師参道前である。「玉虫」姓、ネットの姓氏語源辞典で調べると、仙台藩に由来して、山形、宮城にあるけど、かなりの比率で珍しい姓だと出ていた。

 

 蒲団の中で、よく聴くNHKまいあさラジオ。土曜のいきもの&いろいろで昆虫写真家・海野和男さんが、新年なので~と縁起の良い昆虫、ヤマト玉虫を紹介していた。これも、たまたま~と洒落たくなる偶然だった。玉虫は古来、タンスに入れておくと、着物に虫がつかず、着物が増えると言われ、法隆寺の国宝・玉虫厨子を、レプリカでつくったら玉虫が5348匹も必要だったとか。どうにも見えて、どうとも解釈できて、物事を決着するなら「玉虫色」。

 

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2020年1月17日 (金)

「盆栽」は「BONSAI」

Img_2127  Img_2148 Img_2158Img_2132 Img_2155  Img_2135 Img_2136 Img_2142 日本語が英語になった言葉と言えば、寿司のSUSHI、カラオケのKARAOKE、漫画のMANGAなど数々あって、盆栽の「BONSAI」もである。ご隠居さんの園芸趣味、今や世界に通じ、盆栽女子が登場、盆栽の美術館も出来て、凡にして才あり~の盆栽という。

 

 毎年の正月、京都で全国女子駅伝開催の頃、小品盆栽フェア「雅風展」がある。会場は平安神宮に近い京都市勧業館「みやこめっせ」。第45回の今年も、国内外の愛好家130人が丹精込めた作品を出し合い、席飾りで出来栄えを競った。用はなくても五葉松、梅でなくても梅モドキ…水やり、剪定また剪定…。手間に暇、お金もかけて、小さく育て、風雅を愛でる。

 

 京都が4区16位から中高校生4人が快走、びっくり逆転優勝の日が「雅風展」最終日。会場で着物姿の盆栽研究家・川崎仁美さん(32)の解説があった。~作品は正面へ行って、松は下から覗きこみ、鉢との関係などバランスを点検するんです~と見方を話す。チケット900円、会期3日間で5千人。特別出品は、業者任せ、いらっしゃい!の桂文枝さん、アイドル、あ~やんの山本彩加さんら。世界の「BONSAI」…盆も正月も歳歳の「盆栽」?。

 

 ※ 盆栽研究家・川崎仁美さんは京都工繊大学院卒。京都新聞夕刊連載「現代のことば」の寄稿メンバー。2か月に一度、盆栽について書く。

 

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2020年1月16日 (木)

小松均「雪の最上川」

Img_1983 Img_1982 Img_1981 Img_1980 Img_1953 Img_1950 Img_1947 どこに視点を置いて、筆を持ったのだろう。最上川が左上から蛇行しながら滔々と流れている。画面真ん中、木々と家々が白い。真冬、寒かったのでは。右上に富士のような白い山、鳥海山かな。日本画家・小松均の代表作「雪の最上川」。京近美のコレクション展で見た。

 

 画面の左端から1歩、2歩、3歩…右端まで10歩。縦3㍍、横10㍍以上、上と下、2段に仕切って、すべて墨で描いている。下がって、下がって、やっと全体が見える。昭和54年、第64回院展の内閣総理大臣賞。京近美が買い上げて、所蔵している。小松均、70歳前の作品という。今、4階で「冬の日本画特集」、竹内栖鳳らの作品と一緒に並んでいる。

 

 最上川は山形県中央を流れる。吾妻山の源流から米沢、新庄、庄内の出羽山地を経て日本海へ全長229㌔、県全体の75%という。小松は最上川の中流域、大きな船着き場があった大石田で生まれ、この絵も故郷の山へ入って描いている。近美の作品解説、絵の中に小松が描いたらしい小屋があるという。わかりますか~と問いかける。その小屋がこの絵の視点、どこだろう。素朴に、細かく細かく描いた墨絵、隅から隅へ見たが、わからず、すみません?。

 

 ※ 小松均(1902-1989)山形うまれ、87歳没。川端龍子学校で学び、帝展、院展で入選、特選数々。文化功労章受章。人生後半、京都大原の居住、大原の画仙と言われる。 ※ 今回のコレクション展は3月1日まで。

 

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