壷、壷、壷…「服部遺跡は語る」
掘って、掘って、甕、壷、それに古くても皿?など出るわ、出るわ…だったらしい。滋賀県守山市、野洲川河口近く服部遺跡発掘調査だ。縄文後期から弥生、古墳、奈良へ、発掘は深さ3㍍、時代ごと4層にも出現した。調査は昭和50年から5年間に及んだ~と知った。
流域の長さなどから「近江太郎」と言われる野洲川。何度も洪水被害が出て、昭和46年から下流の北流、南流を閉じ、その真ん中に放水路づくりの改修工事が始まった。その現場で小学生が弥生時代の土器発見がきっかけになって、工事中断しての発掘調査だったという。その時の出土品所蔵で、守山市が現場近くに埋蔵文化財センターをつくり公開している。
JR守山駅前から2時間に1本の近江鉄道バス服部線、25分乗って行った。野洲川服部大橋近く。一帯はサッカー場など野洲川歴史公園。センターは昭和55年完成、2階建て。入り口に「乙貞」(おとさだ)という銅印モニュメント。遺跡から出土、奈良時代の貴族か役所の判子では~と。発行の機関誌も「乙貞」だ。アイデア、乙なもの?である。館内無料、館内見渡して、壷と甕など。所蔵点数200万点。企画展は壷並べ「服部遺跡は語る」!。
※ 野洲川、鈴鹿の御在所岳が源流、流域62㌔。土砂多く、大洪水12回も。昭和46年に河口から7キロ、放水路つくり、改修工事。昭和54年に完成。北流、南流を閉じて河川敷に。
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