安政元年、蕎麦の「ゑびや」
都心のビルの地下に老舗の蕎麦屋さん。創業は静かに静かに?安静、いや、安政元年という。おおまかに浦賀のペリー蒸気船、桜田門外の変のころ。海老のロゴがピンと跳ねた店名「ゑびや」。京都四条通、柳馬場と堺町の間。京都画壇、円山応挙の居宅があった所だ。
京都で老舗の蕎麦屋さんと言えば、だ。蕎麦ぼうろも出す河道屋、嵐山、清水など観光地に出店の吉村、権太郎、終わりでないのに尾張屋…などあって、この「ゑびや」。ビルの中、献血センターとNHKカルチャーセンターが入って、通りに面して円山応挙邸跡の石碑と駒札。応挙が故郷・保津川下り描いて没したのは嘉永7年、ゑびや創業の50年ほど前だ。
ビルの地下店、この所よく行っている。自動ドア前、暖簾のえびが大きい。店内は赤い和傘、4人掛け相席用のテーブルなどあり、ゆったりしている。好きな穴子そば、紅白のえび玉うどん、1450円の天ざるそば…続けて行った。天ぷらのえび、さすがにゑびや、大きなえびや!。店内飾りの額絵は応挙に代わって、絵と詩を描く墨彩画家・渡辺俊明さん。絵の句、山頭火か「自分をすてたりひろったりしてあるきます」。蕎麦はするするして食べます?。
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コメント
60年も前、京の老舗蕎麦屋・尾張屋で初めて食べたにしんそば。以来甘く煮込んだにしんの味の虜に。京都でしか食べられないにしんそばが、今は恋しくなります。
娘が25年近く前、手打ち蕎麦用の桶や麺延ばし棒などのセットをプレゼント。そこから蕎麦打ち道場に何度通ったか~繋ぎなし、水だけで打つ100%蕎麦は水加減と練りが命。失敗を重ねつつ、取り寄せた香り豊かな戸隠、出雲などの蕎麦粉に挑戦。妻、娘、孫らに美味いと、言わせたのは半年も経ってから。
そのそば打ち、もう2年近く打っていない。難しい。
投稿: s.hidaka | 2024年9月 8日 (日) 14時24分