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2024年8月

2024年8月31日 (土)

「暮しの手帖」と花森安治さん

Img_0960_20240827085601 Img_1268  Img_1278_20240827084701 Img_0964 Img_0962_20240827084301 Img_0959_20240827083901 Img_0961_20240827085501 Img_0956_20240827083801  Img_0780_20240827083201 Img_1763 その見出し、えっ!と思わす。「諸君サトーを警戒せよ」「石油ストーブから火がでたらバケツの水をかけなさい」「紳士靴16種延2万3千㌔はいてテストする」…。えっ!とは思うけど、どうなるのか。大胆なレイアウトも目に飛び込む。思わず、日々の暮しを考える。

 

 これ、カリスマ編集長と言われた花森安治さん「暮しの手帖」の広告デザイン。昭和23年(1948)創刊から30年間、企画し、記事書き、車内吊り広告など制作した。それが本になって、よく歩き通る御池ゼスト商店街、ふたば書店のウインドウに見出し広告デザインが貼りだしで並んだ。暮しの手帖は75年目の今も現役、昔の号は古本屋さんにも出る。

 

 花森さんの仕事ぶり、人となりを書いた本を読んだことがある。朝から晩まで仕事また仕事。書き直し、取材し直し~著者は花森さんの薫陶を受けた暮しの手帖の記者。企画した商品テスト。暮らしの立場で、繰り返し、繰り返し…、本が完成して、興味をひく広告のフレーズとデザイン。「天ぷら油とサラダ油は実は同じものでは?」「はじめて赤ちゃんできる人、クーラー買おうと考えている人」…そんな見出しの数々、「ここに暮しの手帖がある」!。

 

 ※ 花森安治(1911-1978)神戸生まれ、松江高校から東京帝大卒。暮し手帖初代編集長。画期的な誌面づくり、初期の広告デザイン賞なんども受賞。 ※ サトー警戒せよ!は1日50㌘以上の砂糖は危険、心筋梗塞の原因に~の戒め。

 

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2024年8月30日 (金)

初めての「食文化ミュージアム」

Img_1423_20240826090601 Img_1356_20240826090301 Img_1343 Img_1359_20240826090301Img_1340 Img_1360_20240826090401 Img_1367_20240826090401 Img_1384_20240826090701 Img_1417 Img_1373_20240826090801 Img_1399 Img_1398 見本だけれど、ある、ある、なんでもある。室内あっちへ、こっちへ、食べるなら何か。かぶら蒸し、かぼちゃの炊いたん、皮一枚残す骨切りの鱧、まったけご飯、栗ご飯。やはり鯖寿司。千枚漬けもいいし、夏場は麺、アアメン、ソーメン?。和食の学び、いっぱいある。

 

 京の食文化ミュージアム「食あじわい館」。いつもの歩き、JR丹波口駅から五条通りを西へ行って、その案内看板を見た。京都中央市場北側、京都青果センタービルの3階。いつでも無料で見学できるという。和食・日本人の伝統的食文化がユネスコ無形文化遺産になって開館して、11年目という。ユネスコ指定は知っていたが、そのミュージアムは初めてだ。

 

 入って、まあ広い。先付け、八寸など京懐石、お雑煮の1月から始まる季節料理…、日高昆布、利尻昆布ホンモノ、出汁の試飲コーナー。包丁各種、魚ヘンの漢字一覧、京料理とは~のビデオ、1回300円でのど飴の掴み取り…、プロが指南の料理教室も。学びで、巻き寿司で京都は丸く、大阪は四角、関東はかまぼこ型、おばんざいの呼称は昭和になって~と新しい。すしの歴史は近江の鮒ずしが始まりなど、ここは知識の宝庫。和食、和を以て貴し?。

 

 

 

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2024年8月29日 (木)

毎日見ているコメの成長

Img_1532 Img_1441_20240825075001Img_1686  Img_1438_20240825075101 Img_1436_20240825075001 毎日毎日見ている。田んぼに水が入って、田植えが始まってからずっとだ。雨の日、風の日、灼熱の日…、鯉のぼりの5月、梅雨入りの6月、祇園祭の7月、パリ五輪の8月…、稲は一日一日と伸びて、時おり、空に秋を感じるいま、実をつけた穂が垂れ始めてきた。

 

 山科、清水焼団地・川田の京阪バスの停留所前。何ヘクタールあるのか、広い田んぼだ。ここへ移り住んで半世紀、田んぼは宅地化もされず稲作が続いている。日々の出歩き、29番で山科駅か、83番で四条河原町か、311番で西本願寺か、その日その日、来たとこ勝負?でバスに乗る前、成長する稲を入れ、2,3枚写真を撮っている。田植えから毎日…。

 

 梅雨の頃、オタマジャクシが小さい尾ひれを動かすのを見るのが楽しみだった。日照りで干上がったおり、どこへ行ったのか。むかし?今もか、ラジオのこども科学電話相談、オタマジャクシは何処へ?と聞いてみたい気がする。いま、お米がないない~とニュースになっている。去年の猛暑、インバウンド、お握りブーム…、なんやかんや言われているけど、秋の収穫まで、もうちょっと待ってえなあ。稲穂の垂れ下がりが日々、低く低くなっている。

 

 

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2024年8月28日 (水)

4色のマーボ豆腐

Img_1449_20240824080401 Img_1448  Img_1447_20240824075201 Img_1468_20240824075801 Img_1469_20240824075201 Img_1470_20240824075201 Img_1474 辛い、辛い…けど、その辛さ具合がなんとも言えない。四川料理の麻婆豆腐、料理の鉄人・陳建一さんの麻婆豆腐。そのままで良し、ご飯に混ぜるも良し。その辛さが好みだけど、この辛さに加え、4種類の色を出す麻婆豆腐の店を見つけた。赤か、黒か、黄色か、青か~。

 

 京都駅八条口の近鉄側。みやこみち飲食街の中国料理「百楽」。完熟トマトの東洋亭や鰻の江戸川などあって、細長い飲食街の中ほどだ。「辛」いの漢字に一を加えれば「幸」で、「幸福麻婆豆腐」だという。幸福の中国語読みは「シンフゥ」。辛さはホルモン分布で、多幸感を味わえる~と説明がある。歩きの店前、さらに見ると、4色の麻婆豆腐を売りにしている。

 

 赤は激辛、青は海風の香り、黄色はカレー風味、黒は大人の味わい。それぞれ辛さの度合いがちがい、色合いは豆板醤の作り方のようだ。どんなんか、入るに入ったが~だ。一度に4色はいくら麻婆好きでもきつい。悩んで青と、比較するのにもう一つ、黒にした。単品二つにご飯も一つ。色が確かにちがう。小皿とりわけ、黒から青、青から黒…どちらも辛い、辛い…、でもええ味、ええ辛さ…。辛さに一足して幸!。幸福、幸福、シンフゥ、シンフゥ!。

 

 

 

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2024年8月27日 (火)

石碑「化粧水」

Img_1487 Img_1488 Img_1489 Img_1490 石碑に大きく「化粧水」と彫り込まれている。資生堂の石碑ではない。「けしょうのみず」と読み、あの小野小町が使っていた水という。石碑の横に町内会の駒札。平安時代、このあたりに小野小町の別邸があって、そこの井戸が小町の化粧水だった~と由緒説明してある。

 

 実は~である。もう15年も前だ。このブログを始めて、元高島屋の知人にネタになるよ~と言われて、現場取材に行っている。履歴調べると、2009年6月29日付け「小町の化粧水と井戸」の見出しで記事なっている。場所は四条通西洞院東南かど。ここの妙傳寺町町内会が安永9年(1780)の都名所図会の掲載を知り、昭和61年8月に建てたという。

 

 石碑との久々対面は、歯医者さんのネット調べからだった。自宅近くより、出歩きを兼ねて、遠くてもいいと見つけたのが、ぐうぜん石碑の近くで、予約入れて、歯医者さんへ行くたびに見ている。西洞院通り、かつてチンチン電車、今は市バスが走る。小町のいた平安時代は、このあたり清流の川も~という。「花の色はうつりにけりな いたずらに 我が身世にふる ながめせしまに」。小町の名句は駒札の最後。歯医者さんへの道筋、ついハハ~ン。

 

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2024年8月26日 (月)

桂紋四郎とトンチ一休

Img_0859 Img_0860 Img_0864 Img_0866Img_0875_20240822075901 Img_0869 Img_0871 上方落語の若手NOワン、桂紋四郎さん(36)が御池ゼストに来るという。お盆入り、無料で高座に上がるという。前々からポスターで出ていて、その紋四郎さんを知ろう?と、ちょっと遅れて行った。高座なく、立って、マンガ絵を出し一休さんトンチを演じている。

 

 語りのテンポがいい。着流しがよく、髪型もいい。上方落語、男前10人のカレンダー、5月に登場という。阪大理工学部、大学院中退して、桂春蝶さん弟子入り。コロナ禍のおり、ユーチュウブで落語を続け、いらいITに強いと人気らしい。落語の枠にとらわれない落語家のようだ。最初の芸名はモンシロチョウ。春蝶さんの蝶から脱皮、いま紋四郎という。

 

 この橋、渡るべからず。一休さん、端を渡らず真ん中を渡った。会場の子どもさんに答えを求めて、正解出ると、中元セールの鐘を鳴らして、お見事!とほめる。今度は殿さんに呼ばれ、夜な、夜な、悪さの虎を退治しなさい。一休さん「わかりました」と縄を持って、まずその屏風のを追い出して下さい。そうでないと、とらまえられません。これまた正解が出ると、カンカンカンカン。一休トンチ頭脳、どうなっとらあ~。紋四郎落語、エンタメ化も知ろう?。

 

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2024年8月25日 (日)

入ったら~都心の穴場

Img_1053 Img_1060_20240821084001 Img_1061Img_1051_20240821083501Img_1058_20240821083501Img_1055Img_1059_20240821083601Img_1063 まあ、入ってみるものだ。入ったら、まあ、なんと、なんと。エレベーターで13階へ上がった客席。テーブルの向こうは東山一望の総ガラス。正面に白い霊山観音がくっきり見える。清水寺、高台寺、南禅寺…「大」が灯る如意が岳…、見晴らしのなんとええことか~。

 

 創業は大正13年(1914)だという中国料理桃園亭。京都の四条河原町下ル、高島屋の駐車場入り口の南側だ。入ったのは随分むかし、記憶が薄れている。中華は好きなので、あちこち行くが、ここは通り過ぎるばかりだったが、店前の日替わりランチ1100円の立看板が目に入った。いつもの六波羅飯店が満員で、ここまでずいぶん、歩いて来て~である。

 

 広い客席ぜんぶが八人掛けの円卓。そこへ1100円ランチの一人客。ええのかなと奥の後ろ円卓に座った。麻婆豆腐か、かに玉か、最後まで悩んだランチはかに玉ランチ。出てきたら、だ。大きな唐揚げ、杏仁豆腐、シナ竹、玉子スープ…かに玉の餡はたっぷり、ご飯…これで1100円。円卓は一人占め、立ち上がり窓際行って景色代込み…。京都の真ん中の繁華街、老舗の中華料理店、安くて、量よし、味よしのランチ。まあ、入って、穴場かな~だった。

 

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2024年8月24日 (土)

オーレ、オーレ…サンバグッズいっぱい

Img_1241_20240820082001 Img_1286 Img_1289_20240820082101 Img_1294 Img_1297 Img_1230 Img_1236_20240820082101 オーレ、オーレ???だれだ。オレオレ、わしやわしやがな。オレオレ詐欺?…ちがう、ちがう。時代劇スターから、南の国のサンバのリズム、ちょん髷、金色の着物姿で、いまや踊るスターになったわしやがな。♪~オーレ、オーレ、マツケンサンバ~♪の松平健やがな。

 

 何が時代を、そうさせるのか。ヒットまたヒット、ブレイクまたブレイクだ。まあ、人気だ。ブームだ。いつものブラ歩き、京都駅2階の改札口前で、マツケンサンバのグッズ販売会場。JRで山科駅へ乗車5分で帰るおり、見に入ったら、ある、ある。入り口はケンさん等身大の立て看板、店内は歌って踊ってのビデオ、缶バッジ、タオル、ペンライト、CD…。

 

 松平健さん、70歳。愛知県豊橋市出身。TVの「暴れん坊将軍」でデビューして、今はマツケンサンバ。NHKの紅白まで出た。最初にCDが出たのが2004年だから、20年もブームが続いている。ケンさん出身の豊橋は、幕末に流行した「ええじゃないか踊り」発祥の地、どこか因縁めいている。そのグッズ、板のスケボーあり、1回300円、何種類ものガチャポンコーナーも、オーレ、オーレ!。どうしてこうなるのか、時代なのか。オーレ!。

 

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2024年8月23日 (金)

池田屋跡と近江屋跡の今

Img_1096_20240819074901  Img_1098_20240819074901 Img_1089_20240819074801 Img_1093_20240819074801  歩く通るたび、幕末の事件を思い、その今を見る。三条大橋からすぐの池田屋跡と河原町通り近江屋跡だ。池田屋で新撰組襲撃、近江屋で坂本龍馬と中岡慎太郎暗殺。ふたつの事件、維新への歴史の流れの中だった。かれこれ250年、その池田屋跡と近江屋跡の今である。

 

 暇なもんで、ぶらり一日一度は出歩く。鴨川堤から三条大橋を渡って、北側に池田屋。今は居酒屋はなの舞。旅籠茶屋池田屋ともいう。店の前に「維新史蹟・池田屋騒動之址」の石碑がある。店前は商店街が、文久3年(1865)祇園祭宵々山に起きた事件の詳細、攘夷派死者を書き、毎年宵々山の日は焼香台、歩く人にも線香あげてもらって、供養している。

 

 供養は攘夷派、新撰組、佐幕派の区別はないという。けん騒の宵々山の日、良いことだ。四条河原町の高島屋から河原町の西側歩道、蛸薬師通南が近江屋跡。今日8月23日からジャンカラ屋になる。それまでは、回る寿司かっぱ。龍馬・晋太郎遭難の地の碑と駒札、二人の写真があり、慶応3年(1867)11月の事件はここ!とよくわかる。池田屋から2年後だった。カラオケ、♪~加茂の河原に千鳥が騒ぐ、またも血の雨、涙雨~♪。歌われるだろうか。

 

 

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2024年8月22日 (木)

京都綾部に「幻の画家」

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 綾部出身か、縁のある知人から、何枚も案内が届いた。京都市京セラ美術館で開催、没後40年有道佐一回顧展である。戦前、関西画壇の鹿子木孟郎画伯に師事、渡欧したパリで写生中、その作品で彫刻家ジャコメッティを驚かせ、帰国して洋画家小磯良平の誘いを断り、綾部に戻って生涯、ふるさとの山や川や、草花を魂こめて描き続けた「幻の画家」だという。

 

 ご遺族所蔵の作品140点。展示会場は春夏秋冬と風景画が並ぶ。これほどまでと思う精緻な点描画。「描いている山が、わたくしにもっと来い、もっと来い~とひきずっていくのです」の言葉がある。虫の淡墨画に添えられた一句。「虫きいておのれも虫になりにけり」。山を描けば、自ら山になり、紅葉描けば、自ら紅葉になり~なのだ。大自然に身を任せば、生もよく死も亦なつかし~が根本愛という。感動、あれもこれも~の展覧会だった。

 

 ※ 有道佐一(1891-1983)※ 展覧会は8月18日で終了。

 

 

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2024年8月21日 (水)

矢田寺の送り鐘

Img_1105_20240817092101 Img_1101_20240817092001 Img_1102_20240817092201 Img_1106 Img_1109 Img_1120_20240821063701  今 日はいつもとちがう。棒の先に白い布だ。撞いた鐘の響きが垂れ下がった布を通じ、ご本尊の地蔵菩薩に伝わるようだ。京都市寺町三条上ル、矢田寺。毎年の8月16日は、恒例送り鐘。お盆で帰って来た精霊さんたち、鐘がガァ~ン、ガァ~ンと鳴って、あの世へ戻る。

 

 お盆の行事は、地方地方でそれぞれ。京都の中でも色々だが、東山・六原の六道珍皇寺では、綱を引っ張って、鐘を鳴らして精霊さんを迎え、この矢田寺では棒で鐘をついて、お送りする。迎え鐘と送り鐘。どちらのお寺もこの2,3年前から歩きコース、馴染みがある。今年は知己を多く亡くし、六道珍皇寺で迎え、矢田寺で送りに行き、追悼の鐘を鳴らした。

 

 矢田寺特別の白い布は、三途の川か。本堂の前は、なで仏の賓頭盧さん。もう遅いとわかっていても、よく頭をなでる。線香3本と蝋燭1本100円。賽銭あげて鳴らす鐘は、響きがいい。ガァ~~~ンの「ン」が終わるまで手を合わせていると、心まで落ち着く。室町時代、南北朝のころ鋳造、665年も経つという。8月16日朝から鳴り続けた矢田寺の送り鐘は夜8時に終わり、今度は五山の送り火「大」の点灯。あの世へ精霊送りバトンタッチである。

 

 

 

 

 

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2024年8月20日 (火)

ヒマワリとキチョウ

Img_1016_20240816071101 Img_1014_20240816071201 Img_1009 Img_1012_20240816071101 Img_1011_20240816071301 Img_1007 ヒマワリが一輪、こっちを向いて咲いている。今日も35度、36度…毎日毎日暑いなあ~と歩き見たヒマワリ。背はそう高くない。いつもの歩きコース、東山の大仏殿跡緑地公園の中だ。ヒマワリは一輪だけだし、歩きも一人だし~と仲間意識が芽生えて、そばへ寄ったら、だ。

 

 どこからかチョウが一匹、よせてと、飛んで来た。暑いばかりの真夏の公園、静かだ。一輪と一人と一匹…、観客なしの競演と言えば競演。そうは見られない。そのチョウ、黄色い。夏にキチョウとは珍しい。だいたい、キチョウはモンシロと同じで春に飛ぶ。秋にも出るが、今は真夏なのに…、どうしてだろう。ちょっと洒落たくなる。夏にキチョウ、貴重だ。

 

 黄色く咲くヒマワリと黄色いチョウ…、これは春から、いや、夏から縁起がいい。今日は宝くじ、ロト6を購入しよう。映画「幸せの黄色いハンカチ」も思い出す。ヒマワリとチョウ、黄色の二重奏だ。貴重な写真、撮らねば~。チョウが止まったヒマワリのそばへ行くと、チョウは、舞いあがる。熱中症警戒アラートが出ている。じっとしていれば~と思うけど、チョウは元気だ。ひと回りして来て、またとまる。ヒマワリは完熟のようだ。三者三様の夏はつづく。

 

 

 

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2024年8月19日 (月)

緑陰、納涼、恒例古本まつり

Img_0776 Img_0818_20240815080701 Img_0819 Img_0820 Img_0805_20240815080601 Img_0794 Img_0817_20240815080701 Img_0789_20240815080501 Img_0803_20240815080601 Img_0781_20240815080501 緑陰、流鏑馬が走る道に沿って、テント、テント、本、本、本…今年も50万冊はあるという。世界遺産・下鴨神社糺の森、真夏恒例の古本まつり。高齢でぶらり行くのも恒例?。夏風邪、ゴホンと言えば、龍角散!だけど、ここはあんな本、こんな本、ほんとうに本?。

 

 今はない「季刊京都」。いつごろ?1974年夏号で50年前。発行は下鴨宮崎町の市民書房、野崎印刷。目次は「夏・今に残る京の味~山菜とあゆ」「京への街道を歩く」「血ぬられた京の街」「地蔵盆と京わらべ」…、充実している。広重木版画は近江八景。「唐崎の夜雨」「矢橋の帰帆」…。井上靖の色紙は「誌は志なり」。どちらも本でない。これ、不本意?。

 

 司馬さんの「街道をゆく」。未読の8巻・種子島、17巻・島原半島があった。値段200円と300円。男のちがい、本のちがい、わからないけど、中味が一番。司馬さんの旅に同行、洋画家・須田克太氏の画集。ぶ厚いカーバー1万円、画集抜き出し、モンゴルの女性二人が出た。司馬さん街道5巻・モンゴル紀行の時にちがいない。司馬さんの「項羽と劉邦」は中と下、上がない。上から読みたい。上はどこか。50万冊中の探し、冗談じゃない?。

 

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2024年8月18日 (日)

「あっ!髪を切らなきゃあ」

Img_0754 Img_0755 Img_0884_20240814065401 Img_0885_20240814065401 Img_0926 来てね!見てね!、知ってね!食べてね!と、ポスターは出ている。その呼びかけ方、イラストあり、キャッチフレーズあり…それが歩き行く人の目にとまり、心に響けば響くほどいいとは、よくよく理解しているが~である。時に、ドキッとして、見ていて辛いのもある。

 

 あの一枚のポスター、忘れもしない。今も頭をなでて、思い出す。久々神戸へ行っての京都帰り。JRにするか、阪急にするか、三宮の高架下を歩いていて~だった。高架だから効果あるというわけでもなかろうに、そのキャッチとイラストが刺激的だった。「あっ!髪切らなきゃあ」のフレーズ、髪が伸びた若者が驚いている。ヘアカット専門店のポスターだ。

 

 床屋さんのとこにもありそうなポスターだけど、見る方にすれば~である。京都の山科駅前、いつも行く全国ネットの理容室「プラージュ」、よく利用している。丸坊主は1870円、15分。安くて早い。バリカン刈り、いつも何ミリにしますか~と聞かれて、ツルツルの極限、じゃあ~0・5ミリと答えている。最初からないけど、少しは伸びている。多少のプライド。聞かれるのは嬉しい。「あっ!髪を切らなきゃ」~、そうや、昔はいっぱいあったのだ。

 

 

 

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2024年8月17日 (土)

美カエル、サンスター、青りんご…

Img_0656 Img_0669_20240813081101 Img_0670 Img_0672_20240813081201 Img_0674_20240813081601 Img_0683 Img_0685 Img_0688 Img_0697Img_0699 Img_0701_20240813081801 Img_0705 Img_0707 緑色と黄色、巨大な風船のカエルくんはいるかな。いつもの美術館の屋上、あっ!いる、いる~。風が強いと屋内に引っ込むけど、今日はいい天気、いた、いた。会えてよかった。名前は「美カエル」。展覧会見て、帰るおり、振り返って「美カエル」というだってねえ。

 

 安藤忠雄設計の兵庫県立美術館、わりに行っている。北側に六甲の山並み、南側の大階段前はタンカーが行く運河。歩道前、ヤノベケンジさん制作のサンスターだ。希望の象徴・太陽の光を右手に目を輝かせている。ブルーと黄色を交差させた元永定正さんの彫刻もある。暑いけど、お盆の一日、階段に座り、運河と空を見て、ボンヤリしたくて、久々に行った。

 

 展覧会はいま、人気まんが、ガンダム戦士などを「描く人・安彦良和」展。入り口の4面看板で、こんな展覧会かと見た。大阪・住吉の長屋に始まる世界の建築家・安藤忠雄ギャラリーは入場無料。ベランダ、やはり安藤さん着想の青いリンゴ。サミュエル・ウルマン~青春とは何だ。心模様だ~。通路、パリ・エッフェル塔廃材で制作の作品は「再生」。震災から神戸復興を意味する。日本が金20個のパリ五輪も甦る。美カエルくん、帰るよっ!。

 

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2024年8月16日 (金)

わからないまま、木精オムそば

Img_0642_20240812071601 Img_0640 Img_0641 Img_0637 Img_0621_20240812071201 Img_0623Img_0624_20240812071501Img_0615 Img_0618  わからないまま入って、わからないまま注文した。「あぐり・キッチン」の木精オムそば。それが、なんと、なんと~である。生産農家とコラボしたお店だ。オムそばと一緒に黒豆にジュースにヨーグルトまで出てきた。飛び込み入店、思いつき注文、わからないものである。

 

 盆のお寺参りで久々、神戸へ行って~の昼食だった。三宮へ出て、斜め板の明石焼きか、穴子の専門店か~だったが、お寺さんから阪神電車新在家駅まで歩いて、正午の鐘すんで腹の鐘が鳴っている。駅の真ん前の店、野菜、農家のノボリが目についた。メニューの一つ、オムそばに「木精」の冠がついている。まあ、花時計、美術館の三宮行くまでに~と入った。

 

 真ん中のテーブル座って、「木精」を「もくせい」と読んで、~もくせいオムそばお願いします~。店主さんか、変な顔をしていたが「ああ~こだまオムそばですね」。木の精は、こだまなのだ。わからなかった。ケチャップで波をひいた、その木の精のオムそばが出て来て、黒豆など3点も~だ。大阪の能勢直送という木谷さんの卵で巻いたオムレツ、中からそばに加えて玉葱やほうれん草や…。食べて◎というより花◎。わからないこと、知るはじめだ!。

 

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2024年8月15日 (木)

神戸へ行ったら花時計

Img_0747_20240811073801 Img_0742 Img_0743_20240811073601 Img_0744_20240811073701 Img_0745_20240811073701 神戸に行ったら、楽しみは花時計だ。三宮、前は神戸市役所北側の広場だったが、今は再開発で、ずっと南の東遊園地に移っている。シアトル市と姉妹都市提携に始まり、ことし67年目。四季折々の花でタイムリーな模様を描き、長針、短針、秒針と時を刻み続けている。

 

 あの阪神淡路大震災を知っている。1995年1月17日、花時計は5・46で針を止めた。あれから29年経って、今は安藤忠雄設計の子ども本の森図書館前で、静かに動いている。一人暮らしの叔母が神戸で存命中は、暮れに干支の交代デザイン、いつも見に行っていた。叔母のお寺へお参り、今はどんな模様かと久しぶりに足を運んだ。

 

 時計の針はおおかた午後3時を示している。直径で5㍍か、大きな文字盤だ。デザインは横文字「R KOISO」、神戸が生んだ著名な洋画家・小磯良平のサインだという。緑のタマリュウ(玉竜)の象り。バックは緑のサインが浮きたつよう白色のベゴニア。六甲アイランドにある小磯美術館がリニュアルになったのを記念して、PRを兼ねて~と説明。8月末、また新デザインと代わる。日本初の花時計、神戸のシンボル、いついつまでもである。

 

 

 

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2024年8月14日 (水)

小さな青い実は?ベンベン

Img_0472_20240810065801 Img_0468 Img_0463_20240810065801 Img_0470 Img_0464 この小さな青い実。これは何かと尋ねたらベンベン。ビワのようでビワでない。ベンベン。イチジクのようでイチジクでない。ベンベン。それをスマホのグーグルレンズで調べたら、それは、イヌビワ、イヌビワ…ベンベン。歩いていると何と出会うかわからない。ベンベン。

 

 河原町グリーン商店街。国道1号の五条通りから高島屋の四条通りまでだ。人通りで賑わう四条通り北側に比べ、多くはないが、中華の桃園亭や冬場だけ営業するカニの山よし、画材揃う画箋堂など店舗ビルは少なくない。ベンベン。いや、もうベンベンはいらない。その商店街、五条通りから東歩道を北へ歩いて、松原通り手前の植垣だった。やはり、ベンベン。

 

 最初に青い実一つ、目に入って、立ち止まって、なんやろうとよく見ると、あるある。イチョウの木と隣り合って、高さ2㍍ほどの低木。大きな葉と小枝の間から、まあ、鈴なり思わすほど成っている。漢字で「犬枇杷」と書くクワイ科イチジク属のイヌビワ。実は小さいが、イチジクにもビワにもよく似ている。「犬」は小さいからでなく、味が劣るという意味もあるからだそうだ。もぎって一つ~の衝動にかられたが、それはいけません。それは南京玉すだれ…ベンベン!。

 

 

 

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2024年8月13日 (火)

日替わりランチ4日続けて~

Img_0071_20240809083601 Img_0330 Img_0455_20240809084401 Img_0241_20240809083801 Img_0238  Img_0072 Img_0236 Img_0460_20240809084301 Img_0069_20240809083501 昨日は豚のロースカツ、今日は鯵の大葉フライ、明日はハムカツ…明後日は~。昨日もコロッケ、今日も明日もみたいに日替わりランチ注文を続けた。店は地下でも「天」。店名デザイン、大文字の「大」みたい。昼はランチで、メーンは夜の居酒屋、馬刺しが出るらしい。

 

 馴染みの店でもなんでない。日替わりどんなん?で、この夏、初めて入った。国道1号の五条大橋、牛若・弁慶像の前、河原町五条東北、山科行きバス停の前だ。狭い入り口は、表側と裏側に二つ。地下の重いドア開けると広~い。カウンターと靴脱ぎの畳テーブル席。計4日続けて行った。バイトさんか、店員さんも日替わり。御飯、味噌汁、お代わり自由という。

 

 ランチ後コーヒー100円。全席、喫煙可という。冷えた水ボトルにコップでなく茶わんで、セルフ。日替わりのメニュー、その日ごと書き込み。夏は味噌汁代わりの冷やしソーメン、おつゆがやけに辛い。茶わん水がすすむ。一品も付き、漬け物は気持ちだけ。御飯は大あり、小あり。値段は800円。食べログ評価は、3・1だけど、常連客が多そう。カウンター席、喫煙客から離れて、4日続けて日替わりまた日替わり。これもまた、ひと夏の経験。歌は山口百恵???。

 

 

 

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2024年8月12日 (月)

ぼやっと歩かず、発見色々!

Img_0324 Img_0293_20240808075801 Img_0376_20240808080001 Img_0373_20240808080001 Img_0379_20240808080301 Img_0385 Img_0387_20240808080501 Img_0388 Img_0360 Img_0361 Img_0364 Img_0386 ポン酢会社の小型トラック。「わしがつくったんじゃ」と信号待ち。荷台壁面に鉢巻きの大将イラストが描いてある。搬送兼ねる自社広告キャッチが面白い。シャッターに臨時休業の手書き貼り紙。「妻に誕生日プレゼント何がと聞くと、休日が欲しいと言いまして~」。

 

 元気や、元気や~言われて、そうかなあ~と出歩いている。NHKのチコちゃん、ぼやっとしてんじゃないよ~と言われないよう歩いて、発見がイロイロ。夏祭り?天ぷらまつり、冷や汗?でなく、宮崎名物で冷や汁。黒毛和牛のサーロイン、漫才コンビの和牛でなく、宮崎の和牛。生ビール何杯でも半額290円の目立つ看板。何杯でも~の文字だけがだいぶ小さい。

 

 「墓掃除、清められるのは私。」「心はみえない、心づかいは見える。」お寺の伝導掲示、いつもなるほど。旧暦、京の七夕イベントは、天に届け!と希望を記す短冊。「あすも日曜でありますように」「ウルトラマンになりたい」…。純な気持ちそのまま。読むだけで心が和む。「よく眠る」「よく食べる」の次は「よく歩く」。歩くのは一日たった30分で、からだの調子がよくなるという。毎日、その3倍だけど、ほどほどがいいかも~。猛暑の〆は「みなさま、おつかれサマー!」。

 

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2024年8月11日 (日)

六道珍皇寺の「迎え鐘」

Img_0296_20240807081401 Img_0318 Img_0302 Img_0303 Img_0304_20240807081501 Img_0306_20240807081501 Img_0312 Img_0317 お堂の穴から垂れ出た綱を曳く。綱はわりに太い。曳くというより、強く引っ張ると、鐘が鳴る。境内にこだますようにゴオ~ン‥‥、余韻がずいぶんと長い。鐘が鳴るたび、あの世から一人、また一人…精霊さんが戻って来る。お盆の恒例、六道珍皇寺の「迎え鐘」だ。

 

 いまや、歩きのホームコース。週にどうだろう、二度か三度は行く。五条坂でバス降りて、下り坂を北西へ斜めに3分ほどで松原通り。あの世とこの世の分岐点、六道の辻の碑が山門前にあって、六波羅珍皇寺だ。いつもはマチ中華の六波羅飯店ある西側、この世側を歩くが、お盆の最中は通りに「六道まいり」の横断幕が出る。お参り混雑、あの世が一緒になる。

 

 お寺に閻魔さん、その仲介役の小野篁さんも。臨済宗・建仁寺の塔頭の一つ。六道とは、飢餓道やら畜生道やら人間道やら…、六道まいりとは、あの世の精霊を迎える作法。駒札読んだり、ちょっと境内入ったり、お寺はまあ馴染み。まだお参り少ない準備中に入って、3本100円のお線香で、綱をエイッと引っ張って、ええ音がした。お薬師さんのご本尊、閻魔さん、篁さんの重文像も特別公開中。鐘でお戻りの精霊さんたち、この猛暑、どないなっているんや!かな。

 

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2024年8月10日 (土)

清水寺・田村堂と南部風鈴

Img_0243_20240806075101 Img_0245 Img_0210_20240806071401 Img_0212_20240806071401 Img_0222 Img_0223 Img_0224_20240806074901 始まりは京都高島屋正面入り口だった。天井のアーケード二か所に二列になった風鈴が吊り下がって、猛暑の中、時おり吹く風にチリン、チリンと鳴っている。その一瞬の涼、その透き通るような音がいいなあ~と店前の掲示を見たら「清水寺と南部風鈴」と出ていた。

 

 バリっと割る岩手名物、南部煎餅も好きだが、南部鉄でつくった風鈴も有名だ。特販のPRかと思ったら、そうでもない。清水寺・田村堂に毎年の8月じゅう、吊り下がる南部風鈴に先がけて~という。高島屋では今もだが、見たのは7月中ごろ、祇園祭の提灯が下がっていた頃だった。その清水寺・田村堂は開山堂とも言われ、開祖・坂上田村麻呂を祀っている。

 

 清水寺の裏門は自宅の山科から近い。8月に入って、子安塔から音羽の滝見て、舞台前の田村堂へ風鈴を見に行った。南部との関わりは、田村麻呂が征夷大将軍として、岩手遠征、蝦夷のアテルイ・モレを破って~だ。二人の敵将にほれ込んで、田村麻呂が助命嘆願しており、境内に二人の顕彰碑がある。その岩手、南部とのご縁で、毎夏の風鈴吊るしだという。重文・田村堂の前、風鈴説明とともに、熱風を突き抜けて、鎮魂の音色が優しく鳴っていた。~チリ、リリーン~。

 

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2024年8月 9日 (金)

松原橋ヒストリー

Img_0082_20240805070801 Img_0079_20240805070701 Img_0080_20240805070701 Img_0083_20240805070801 Img_0120_20240805070701 いつの時代、だれがどう架けたのか、今、それがどう変わったのか。橋、ブリッジには橋の歴史、ヒストリーがある。鴨川の堤を歩くのが好きだ。その鴨川にかかる橋、お江戸と結んだ三条大橋は名前が通っているが、そのずっと下流に架かっている松原橋はどうだろう。

 

 それどこ、それがどうした~と言ってしまえば、おしまい。橋は、南座横の四条大橋と国道1号兼ねる五条大橋の間にあって、歴史は三条大橋よりうんと古く、平安時代に嵯峨天皇の勅命で架かった。清水寺への参詣道、両側に松並木、都大路の中心で、当時は「五条松原橋」と言われ、実はここが♪~京の五条の橋の上、牛若丸と弁慶が~♪と歌われる決闘の舞台だった。

 

 最近、ちょくちょく、昼にマチ中華・六波羅飯店によってから、この橋を渡る。白線だけの歩道、クルマと自転車に気を付けて、渡った西北詰め、京都市の建てた駒札がある。擬宝珠の前だ。そこにしっかり、橋のヒストリーが書きこまれている。秀吉が東山に京大仏の方広寺建てるおり、今の五条大橋を架け、「五条松原橋」から五条の二文字を抜いて、今の至っているという。昭和に出来た牛若・弁慶の像も、現在の五条大橋西の分離帯で戦っている。

 

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2024年8月 8日 (木)

新紙幣のかき餅販売中

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 朝日新聞社会面の世相コラム「青鉛筆」に目が行った。京都西陣のあられ専門店「菓匠宗禅」が食用色素でかき餅の表面に新紙幣3種類の図柄を描いて、記念販売しているという。10万枚つくり、売り上げ100万円は、こども食堂に寄付。ひと箱1080円、10枚入り。いま、JR京都駅などで8月中、売り出していると読んで、すぐ買う気になった。

 

 京都駅のどこで販売か。お土産売り場は3か所。多分と行った1階正面入り口の西側、持参の新聞を店員さんに見せると、即「ここです」。~読売TVすまたんでも紹介されました~の貼り紙つき。本物の新紙幣、北里さんは2枚持っているけど、津田さんも、渋沢さんもまだお目にかかっていない。箱の中の10枚、津田さん、北里さん3枚ずつ、渋沢さんが4枚入っていた。本物に換算すれば、ぜんぶで5万8千円…しばらくは見ているだけにするかなあ。

 

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2024年8月 7日 (水)

夏、サルスベリへの問いかけ

Img_0050_20240803081601 Img_0056_20240803082001 Img_0058 Img_0059 Img_0087 Img_0090 Img_0091 Img_0093 木肌がツルっとして、猿も滑り落ちるので、サルスベリ。一目瞭然、それはそうかとわかるが、「百日紅」と漢字で書いて、どうして「サルスベリ」と読むのだろう。また、特段と暑い夏には、赤、ピンク、白の色がより濃く咲くとも聞いた。なぜだろうと現場へ行った、

 

 大阪の長居植物園へ行けば、入り口にサルスベリの広場があるのは知っているが遠い。京都で近場となると、秀吉の豊国神社界わいと鴨川堤だ。色の濃さを知るには、猛暑日、気温が上がる昼からがいい。危険な暑さ、そこまでしなくても~だが、普段の歩きコース。探究には努力も?と行って、色ぐあいはどうか。確かにこの異常な猛暑、どれも際立って目立っている。

 

 しかし~平年の夏との比較ができない。いつになるか、まあ宿題だ。もうひとつ「百日紅」はどうして「サルスベリ」と読むのか。夏から秋へ、紅い花が百日も咲き続けるという意味の漢名が「百日紅」だが、和名の「サルスベリ」と一般化したという。漢名「百合」も数字とかけ離れて、和名で「ユリ」読ます同じケースだそうな。まあ、わかったような、わからないような。鴨川歩きの四条大橋北東、歌舞伎発祥の地で出雲の阿国の像とサルスベリが競演していた。

 

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2024年8月 6日 (火)

光の風景画家、奥村厚一展

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 ポスター見た時から、行きたかった展覧会。モネのように光に魅せられた~という日本画家、奥村厚一の回顧展だ。入場料1800円、京都市京セラ美術館で開催。京都市出身、明治生まれ。京都絵画専門学校、いまの市立芸大で、西村五雲に学び、25歳で帝展入選して、戦後は上村松篁らと創画会で活躍している。絵専の前、京都三中というから大先輩でもある。

 

 展覧会もよく行くけど、正直、こんな絵描きさんがいたのか~だった。昭和10年代ころ、緻密な描写から戦後は大胆に。どの絵にも人物は登場しない。海、海、海、山、山、山…。滝、樹木、川もある。四季の景色もある。海外旅行、オランダの空がいい。奥村さんが京都新聞夕刊(1967年4月)に寄せた言葉が出ていた。「風景の魅力は自然。宇宙にうようよしている人間には解決できない不思議さ」だと。風景と光…奥村展の残像がなお去らない。

 

 ※ 展覧会は9月8日まで。 ※ 写真は展覧会会場から。

 

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2024年8月 5日 (月)

ふた切れの鯖寿司

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 福井からの鯖街道の終わり、京都の出町柳桝形商店街。鴨川側の東口から入ってすぐ、すし・めんるいの「満寿形屋」さん。しろい暖簾は青背の鯖、横文字は「SABAROAD」の鯖街道だ。ここの鯖寿司とうどんメニュー、人気があって名物。「上海ラジオ」という古本屋さん、細巻が自慢のスーパー、ゑびすやへ行くおり、いつも店前に客が並んでいる。

 

 もう100年もの老舗。気温39度、危険な暑さの日、昼過ぎの並び少なく、チャンス!と待って、入った。店内は4人掛けテーブル6つ。店の流儀か、相席はない。24人でも、6人でも満席になる。TV下の席へ、ひとりで座って、鯖寿司ふた切れとかけうどん1100円。鯖のすし飯の甘さが好みにあう。鯖に山椒の葉、味わいが深くなる。カツオと昆布出汁のうどん、蒲鉾はいつ食べるか。うどんと鯖寿司との兼ね合い…。その、少し、少しが、美味しいのだ。

 

 

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2024年8月 4日 (日)

ぼくとわたしの~お絵描き

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 ことしは何時かなと、NHK京都放送局フロア入ったら、やっていたね。第83回の京都美術教育展、ぼくの絵、わたしの絵展。大画面、8Kヴィジョンの隣、京都の保育園、幼稚園、小中学生の作品が迷路のような衝立にいっぱい。「たんぽぽ」は、これはうまいなあ。上と下で、唇を尖がらせた二人、ひゅっと吹いて白いの飛んで飛んでイスタンブールやねえ。

 

 お口の中、虫歯はどれや。やっつけるぞ!か。回りでみんな応援しているね。おじさんも今、病院通いしてけど、頼もうかなあ。「いもむしれっしゃ」だって…。団子かとおもった。ごめん、ごめん。先頭の顔、新幹線なんやね。大きなカブトと遊んだんだってねえ。ハサミの中まで探検?すごいねえ。赤くて「ふしぎな魚」だねえ。トンボ、捕れたかな。そら豆、キャベツでっかいねえ。顕微鏡のわたし、ヘチマとわたし…、ぼくとわたしの楽しいお絵描き、沢山ありがとう。

 

 ※ 展覧会は8月21日まで。

 

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2024年8月 3日 (土)

デパート画廊はIMA琳派

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 むかし、新聞記者は時代の流行を知るにはデパートへ行け!と言われたが、今も変わりはない気がする。暇つぶし、息抜き、真夏は汗抜きにもいい。コロナ禍あってか、企画展がうんと減ったが、代わって美術画廊の展示が充実している。この間は、IMA琳派、花鳥画の重岡良子さんの「古希に想う」展。屏風の大作や小品や、ずらり50点も並んでいた。

 

 写真撮ってもいいという。花あり、鳥あり…作品とってもいい。4曲一双の屏風、丹頂鶴がいて、桜が咲いて、うっとり見る。タイトルは、夏野、うららか、野分け。ぜんぶ、売り絵。下に値段表示。売れると赤〇の印がつく。鑑賞、作品もだけど、その値段も、赤〇も気になる。値段は作家さん評価のバロメーター。4曲1双の大作、いくらやろう。11,000,000円。赤〇はどうか。屏風絵4点、ぜんぶ付いている。IMA琳派が「今」になっている。

 

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2024年8月 2日 (金)

駅弁は「湖北のおはなし」

Img_8830_20240729084501 Img_8834_20240729084601 Img_8837_20240729084601 Img_8839 Img_8838_20240729084601 Img_8841 Img_8842 Img_8844 唐草模様の紙風呂敷で包んだ駅弁、米原駅名物の「湖北のおはなし」。駅弁にどんな話が入っているのか。包みを開くと~である。小鮎、川えび、いさざの琵琶湖名産が入り、主役は鴨のローストだ。御飯は桜の葉を敷いた近江米のおこわと豆。いろんな話が聞けそうだ。

 

 新幹線へ乗り換え口に近い駅構内。創業130年の老舗、駅弁は明治22年から~の井筒屋さん。「湖北のおはなし」は、国鉄からJRへ変わった年の記念弁当で、それが30年以上続く。唐草模様包み、どろぼう弁当とも、~まあ、イロイロあらあな~と唐草風呂敷で登場した漫談師・東京ぼん太を思い出す弁当とも。弁当の具もまた~イロイロあらあな~だ。

 

 米原の文産会館で明治の芝居小屋・長栄座の公演。発足当初に関わり、久々に行った。開演まで、どこかで昼食。冷房効く5・6番ホームの待合室。食べるのは二度目、物価高か1400円に。弁当箱の内側、具材の一つ一つが湖北のおはなし。永源寺修行僧のこんにゃく、鶏肉は湖北のスキ焼き・じゅんじゅん、15夜お供えの小芋丸煮、葱とおあげの「ぬた」、玉子焼き、赤カブ、山ごぼう、気になるサイコロは〆、中に醤油のたまり糖。おはなしの数々、湖北はうまし。

 

 

 

 

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2024年8月 1日 (木)

夏の雲の写真撮り

Img_8265_20240728084301Img_8713_20240728083301Img_8717Img_8270_20240728083801Img_8304Img_8379_20240728084601Img_8533Img_8568Img_8585Img_8586Img_8748Img_8787_20240728083501Img_8795_20240728083401 どこで撮った雲がいいかなあ。暑くても、毎日毎日、出歩いて、空を見上げて、夏雲の写真を撮っている。梅雨あけ以来、パソコンに取り込んだ写真がずいぶん貯まってきた。パソコンのデスクトップ画面、前に神戸三宮で撮った入道雲にしている。変幻自在、夏の雲は好きだ。

 

 今日も暑い。山科の自宅を出て、国道1号の気温計は昼前で35度。地表の空気は暖められると、上空との気温差が大きくなり、上昇気流が起こりやすい。雷ゴロゴロの積乱雲、入道雲の積雲など、高く、低く湧いて、色んな形になる。夏の雲は「十種雲形」というらしい。ゲリラ豪雨や線状降水帯などを誘う迷惑な雲は要注意だが、気持ちがワクワクする「元気雲」はいい。

 

 パソコンに取り込みの雲、デスクトップ画面の交代要員だ。鴨川歩き、ポコッ、ポコッと浮いているのは、まだら雲の高積雲。どこだったか、秋のわた雲のような巻雲も撮った。歩き帰りのJR山科駅は、これぞ、モクモク入道雲。♪~雲はわき 光あふれて~♪。栄冠は君に輝く~高校野球の雲だ。京都タワー、植物園、JR車窓…、サルスベリと雲や大津駅のゲリラ豪雨なども撮った。デスクトップ入れ替え、夏雲の写真いっぱい、くまる?ことはない。

 

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