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2024年2月 3日 (土)

大老井伊直弼の銅像と対面

Img_5412 Img_5372 Img_5389 Img_5391 Img_5397 Img_5399 Img_5400 Img_5407_20240130074201 Img_5409 ここだ!、これだ!会いたかった大老、井伊直弼の銅像だ。国宝彦根城を真上に見上げるよう、高い台座の上、正装して、立っている。金亀児童公園の中だ。等身大、全身が青錆びている。立ってどれくらいなのだろう。日米修好通商条約、開国、桜田門外の変…、その人だ。

 

 何度も彦根へ行っているのに対面はまだだった。JR駅前、家康の四天王で初代彦根藩主・井伊直政の騎馬像からだ。市役所、護国神社、お濠沿いのいろは松…。銅像の場所、駅の観光案内所で地図をもらった。途中、直弼の歌碑と狩野永岳が描いた画像、さらに15歳から15年間、茶道、歌道などで文化度を高めた埋木舎(うもれぎのや)の門塀も見た。

 

 外濠を超え、重文馬屋前から内濠の間の道を行き、屋形船乗り場、玄宮園前に公園。駅から15分歩いてだった。もう160年以上前、桜田門外で暗殺された3月3日も春雪。何かの縁があったか、行った日も2日前に大雪、銅像回りは白かった。琉球王朝の流れをくむ孫嫁、歌人・井伊文子さんの句碑。~一身に責負ひまして、立ちましし、大老ありてこそ開港なりぬ~。公園で親子の雪だるまづくり。第1回大河ドラマ「花の生涯」の記念石碑も見た。対面へ、長い道のりだった。

 

 ※ 井伊直弼(1815-1860)。11代藩主直中の14男で生まれ、16代藩主。幕末の安政5年、徳川家大老に就任。開国、近代化へ舵を切るも、登城中、桜田門外で暗殺される。46歳。銅像は明治時代、元彦根藩士らが立てた。

 

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