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2022年10月11日 (火)

石田三成の生誕地へ行く

Img_8886Img_8980Img_8981Img_8983Img_9006_20221006072501Img_9016Img_9005Img_9015Img_9045Img_9076Img_9090_20221006073201Img_9075_20221006074001 滋賀県広報課は7、8年前だったか、石田三成の動画を流し、ブレークした。関ヶ原の戦い、家康方の東軍メガネをかけて三成を見ていませんかと。かたい、冷たい~の三成が、メガネ外すと、やさしい、かしこいと。東軍メガネの逸話、三成イメージの払しょくに貢献した。

 

 石田三成は1560年滋賀県生まれ。生誕地は秀吉が賤ヶ岳攻め拠点にした横山城跡の麓。鷹狩の秀吉にヌルイから始まる三献の茶を出したお寺もまあ、近い。生誕地に石田会館、一族の菩提寺、本人像があるという。季刊誌の連載取材、JR北陸線の長浜駅から歩いて行った。観光案内所で行き方聞くと、歩きは無理では?と言われたが、6㌔ならいつも歩いている。

 

 駅前、秀吉と三成像「出逢い」は、彫刻家・山田良定さん作。まずは写真撮って、駅前通りを東へ東へ。1時間1本、湖国バスが走る。人気の親子丼・鳥喜多、京都新聞長浜支局、改修中の長浜タワー、合併の新市役所、アルプラ、北陸自動車道の高架下を過ぎて、伊吹山が正面に。ススキ、コスモス咲き、バス停で宮司、七条、石田だった。郵便局側から生誕地の集落へ入った。旗印、大一大万大吉の三成くん看板、歴女人気の男前三成像、西軍メガネかけずとも知的だった。

 

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