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2022年2月

2022年2月28日 (月)

応挙の虎はネコトラ

Img_3203 Img_3201 Img_3205_20220223093801 Img_3212_20220223093101 Img_3219 Img_3223 Img_3224 Img_3234 Img_3230_20220223093501    展覧会のタイトルが面白い。寅年記念「トラ時々ネコ~干支セトラ」という。京都嵐山の福田美術館で開催中だ。江戸から昭和初期のトラの絵50点余りを並べる。見どころの一つは、あの円山応挙が本物を見ずに描いた「虎図」だという。どんなトラなのか、見に行った。

 

 どう見どころなのか。眼がネコの眼、前脚に関節がない。首の後ろが猫のように盛り上がっているという。でも、しかし…、縞の体毛と尾は虎そのもの。江戸時代に日本に虎は居ず、応挙は中国から輸入の毛皮などを模写し、精密に描いている。応挙の虎絵がチケット。会場2階の第1章は「トラ、ネコ、ネコトラ」。応挙の絵もネコトラかな~と入った。

 

 曽我蕭白も長沢芦雪も岸竹堂も、ネコトラになってる。江戸の日本画家は、まだ見ぬ想像のトラ、瞳孔の細いネコ眼で描いてる。応挙トラは、まっすぐポーズをとる。蕭白トラはニンマリ笑う。芦雪トラは尾っぽをナメナメしている。どれも可愛いネコトラ。展示は企画タイトルどおり、ネコ絵も時々見せる。本物のトラは明治の時代、大橋翆石が実物を見て描いた虎。眼が鋭く、威厳がある。これぞ、トラトラタイガース!。

 

 ※ 展覧会は4月10日まで。応挙の虎図は3月7日の前期で展示終了。

 

 

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2022年2月27日 (日)

京都の「餡掛け」とは~

Img_3653_20220226085301 Img_3651Img_3662_20220227070301 Img_3655 Img_3661 Img_3664 Img_3677 Img_3723_20220226085701 Img_3715 Img_3713_20220227070301  今更ながらではあるが「餡掛け」とは何だろう。時代劇なら沓掛時次郎だけど、京都人が好む「餡掛け」とは~である。答えは、葛粉か片栗粉を出汁に入れ、とろみを出し食べ物に掛ける。こうして食べると、底冷えの寒いとき、身体が温まり、ホカホカして、汗まで出る。

 

 秋田のNさんからメールが届いた。「秘密の県民ショウというTVで、京都の餡かけ特集見たけど、食レポを」とリクエスト。ちょうど、今日の昼食は?と思っていたおりである。渡りに船のヒント、餡掛けを求めて歩きに出た。餡かけは丼物もだけど、うどんがいい。山科からトンネル越えバスで10分。祇園八坂神社近くのうどん屋さん「味味香」へ行った。

 

 創業1969年、カレーうどんが国のクールジャパン事業で、日本が誇る産品に選ばれたという。店名「みみこう」。刻み揚げに餡をかけた「たぬきうどん」にした。餡かけ無しなら「きつねうどん」である。生姜に葱、中太麺。レンゲと箸でフーフー、食べ進むほどに額に汗が浮かんだ。うま味もある。番組では権太郎の「けいらんうどん」マルシン飯店の「天津飯」が紹介されていたようだけど、ここは「たぬき」。秋田のNさん、以上食レポでした。

 

 

 ※ 「秘密の県民ショー」は日テレ系、毎週木曜夜の放送。 ※ 餡かけメニュー、京都では多く、餃子の王将で「五目あんあけタンメン」、老舗おめんで「蕪蒸しあんかけうどん」、三条の篠田屋では、「あんかけ」だけのメニューも。

 

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2022年2月26日 (土)

あれもこれもの~城南宮

Img_3324 Img_3325 Img_3338 Img_3370 Img_3371 Img_3378_20220222092601 Img_3385 Img_3400  Img_3392 Img_3403_20220222093001 Img_3424 Img_3425_20220222093401 Img_3426 Img_3430 Img_3422_20220222094101  あれもこれもだと、何をどう見定めるべきか~と思う。参道は維新への始まり、鳥羽伏見に戦い跡。駒札が立っている。朱の鳥居の向こう、京セラ本社の100㍍ビルが見える。源氏物語の花の庭。しだれ梅、椿が多い。平安京の守り神、方除けの大社。流鏑馬、曲水の宴…行事も色々とある。

 

 城南宮は境内と庭園が広い。所在は、京都市伏見区中島鳥羽離宮町。鳥羽離宮の名は、鎌倉幕府に一矢報いた承久の乱、鳥羽上皇の離宮跡を示す。地下鉄竹田駅から歩き15分。NHKマイあさラジオで早咲きの椿が見ごろと聴いて、一日一万歩の歩きを兼ねて行った。境内には何度か行っているが、800円払っての神苑は初めて。同じ神苑、平安神宮は600円だ。

 

 どっちがどうかなあ~と入って、まず古典椿の道。春の山に紅白のしだれ梅、つぼみ膨らむ。平安の庭、室町の庭、桃山の庭と続く。作庭は昭和随一という造園家・中根金作さんという。苔むした築山に赤い椿がポトり、落ち椿はシャッターチャンス。広大な芝地は海の表現。黒松、赤松、灯籠…、竹藪を狙うカメラマンあり、岩山あり、滝あり、錦鯉の池あり…。蝦夷椿もええぞ!と咲く?。あれもこれも撮って、写真は100枚以上、もうええぞ??。
 

 

 

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2022年2月25日 (金)

看板見続けて、いま、穴子天丼

Img_2978 Img_3563  Img_2991 Img_2988  Img_2987_20220221082901 Img_2990 Img_3565_20220225065401 いつも、いいな、いいな~と店前の看板見て、歩き通っていた。好きな穴子に海老の天丼、だし巻き付き。店のおススメという。京都らしい、ちょっと高級そうな店構え、それなのに値段は税込み1500円。だいだい、客が並んでいて、いつも通り過ぎて~だった。

 

 琵琶湖疎水から分水の白川が、店裏に流れる「白川・京とみ」。東山の高台寺にある京懐石店の出店、開店祝いの胡蝶蘭を見てからもう5年になる。地下鉄東山駅降り、祇園饅頭、蕎麦屋さんの並び。平安神宮、岡崎の図書館、美術館へ行くたび、穴子の看板を見るだけで、ずっと、ずっと通り過ぎてきたが、コロナまん延防止で観光客が減って、やっと入店が叶った。

 

 舞妓さんの絵がある部屋、昼前の一番客だった。若い女将か、天丼は乗せるか、別々か~と聞く。別々で注文したら、丸まったご飯丼と、穴子、海老、南瓜など天ぷら皿が別々に出た。出し巻き、沢庵、赤だし。おろしと天つゆも別々。どこからどう天丼にするか、思い焦がれた穴子はどうか、天つゆのタイミングは?~。穴子天、まずそのまま、いい味や。次にご飯に乗せ天つゆかけて…これもうまい。看板で見続けてきた穴子天丼、いまここに~。あなかしこ、あなかしこ!?。

 

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2022年2月24日 (木)

言動力は「無窮」

Img_3168 Img_3169 Img_3172 Img_3171 Img_3170 Img_3174 いま、米寿だという、その白髪が輝かしい。書家の大御所、杭迫柏寿(くいせこ・はくじゅ)さんである。顎から垂れる白い髭と右手に持つ太い筆の白い毛が対になっている。画仙紙という畳一畳もある紙へ踏ん張る足袋もまた白い。書き始めた一筆、それが力強い。

 

 京都中央信用金庫の企業PRを兼ねた文化ポスター「わたしの言動力シリーズ」の第11回、登場は杭迫さん。その言動力は、究めても究めても~の「無窮」という。いま、京中信のどの支店にもガラス掲示板の中に貼ってあり、出歩くと、つい立ち止まって見てしまう。四条烏丸西北側、祇園祭りの函谷鉾を支援する本店へも行って、支店より大きな写真を見た。

 

 杭迫さんの書室だろうか。書聖・王義之らの並ぶ書棚、筆も沢山ぶら下っている。上下揃い、紺の縦縞絣を着た杭迫さんが、筆壷を左手にして、「無」と筆を走らせた瞬間。この道70年を超す。座右の銘は「行雲流水」。~書は線の芸術、線の切り口から清水(せいすい)がほとばしるような書が理想~という。~道はきわまりなく、たどり着いたと思ったら山のふもと、まだまだ、無窮だ~という。書の、きわまりない深さとは、しょうだったのか?。

 

 ※ 杭迫柏樹さん、1934年静岡県生まれ。京都学芸大(現京都教育大)美術部卒。三島三島に師事、日展では総理大臣賞など審査員、特別会員、芸術院会員。

 

 

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2022年2月23日 (水)

東本願寺アオサギくん七態

Img_3052 Img_3051 Img_3053 Img_3057 Img_3060_20220219083701Img_3063 Img_3069 Img_3129 Img_3130 Img_3133 粉雪が舞い寒くても、アオサギくんがいる。東本願寺筑地塀ぞいの堀端あたり。歩き通って、何度か見ている。北陸に大雪の日にもいた。前に見たアオサギくんか。長い首を堀端で寒そうにすくめたり、屋根瓦の上で天下を睥睨する如く首を伸ばしたりして、いた。

 

 虫を食うのか、魚を食うのか、平然として人を食うのか…アオサギくんが近い。見ていて、デジカメ向けても、我関せずのような。ユーラシア、アフリカに分布、おおらかな大陸育ちの性格だからか。体重90㌔、身長1・8㌢ぐらい。日本にいるサギ仲間では一番大きい。羽根は灰色も青みがかっているので、アオサギという。ペリカン目のサギ科に属している。

 

 一夫一婦制、初夏の繁殖期ほかは、単独行動が多いらしいが、あの日は堀端の柴垣にもう一羽、隠れるようにいた。オスが大きいというから、小さいのでメスだろうか。彼女か、奥さんか、少し距離を置いて並んだツーショット。餌獲りでバサッと飛んだ一瞬。カメラマンにポーズの場面。堀端の石橋歩きの長い足。屋根の上に飛びあがったところ。その長~い首など、いろいろと撮った。以上、寒い中、東本願寺で久々に出会ったアオサギくん、その時の七態!。

 

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2022年2月22日 (火)

「虎穴図」にトライ!

Img_2957 Img_2959 Img_3005  Img_3003 Img_3008_20220218090501 Img_3002 Img_3011 危険を冒しても、挑戦しなければ、成功は得られない。中国後漢書に出て来る故事「虎穴に入らずんば虎子を得ず」である。勇気ある行動、挑戦、つまり、トライ&トライ。大正、昭和の南宋画家・水越松南は、墨画の虎穴図に何度もトライ、その作品は評価を得たという。

 

 岸田劉生展は3階、コレクション展は4階の京近美である。コレクション展は令和3年度の最後、最初のコーナーは冬の日本画。福田平八郎の紅梅図などと並んで、水越松南の虎穴図2点が出ていた。昭和11年と昭和25年、軸になった縦長の作品である。「虎穴」は「こけつ」、虎の住んでいる洞穴を示し、「狸穴」は「まみあな」、東京麻布などの地名を示す?。

 

 虎穴図、~虎穴に入らずんば~の故事を思い出し、軸図を眺めた。上から見下ろす虎、穴から覗く虎、じゃれあう二頭の子虎。その描きよう、虎なのに飄々(ヒョウヒョウ)としている。デジカメ撮り、全体を撮って、虎それぞれのアップにもトライした。ドゴール時代の仏文化大臣、作家のアンドレ・マルローは、この虎絵にトレビアン、トレビアン!だったと言う。写実表現に飽き足らず、独自の主観表見へ挑戦~、松南の絵画人生はトライ&トライ?。

 

 ※ 水越松南(1888-1985)神戸生まれ、京都絵画専門学校中退、写生画から富岡鉄斎らに憧れ、南画世界へ。京博は村の郵便配達など水越作品の所蔵多数。

 

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2022年2月21日 (月)

平安京、西寺跡へ行く。

Img_2920 Img_2926 Img_2929 Img_2933 Img_2934 Img_2938_20220217084301 Img_2939_20220217084001 Img_2943 Img_2945 Saiji04 ここが平安京の南の入り口、東寺と対を成して建っていた西寺だったのか。ブランコも滑り台もない広いだけの児童公園。真ん中に高さ3㍍、土盛りの土壇、埋文調査で講堂跡だったという。そこに欅の古木と並んで「史跡西寺跡」と刻まれた石柱がポツンと建っていた。

 

 弘法さんの東寺、五重塔の東寺、世界遺産の東寺は、何度も何度もなのに、西寺跡あるのは知っているのに行ったことがあるような無いような。ヒマな歩き万歩、スマホのグーグルマップ見ながら行った。東寺境内へ入り、小さな西門を出て、西へ西へ16分、1㌔と出た。手づくりおはぎ巴屋さん前通り、かつて朱雀大路、今の千本通り、バス停八条中学前を過ぎて~だった。

 

 東西250㍍、南北510㍍。九条通りから北へ南大門、中門、金堂、講堂、僧坊、食堂とあって、南西に五重塔だったという。東寺とは、朱雀大路、羅生門を挟んで、瓜二つの並び。平安京はこの二つ以外の寺院は認めずの、官営寺だった。今も京都のシンボルとして残る東寺に対し、西寺の存在は400年余り、火事、落雷で焼失、再興のないまま姿を消した。南側の唐橋小は丸ごと西寺跡だという。悠久の西寺、来て見て、土壇に立ちて…、こんにちは!。

 

 ※ 西寺の国史跡指定は大正10年、昭和41年にも追加指定。

 

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2022年2月20日 (日)

完全養殖「近大マグロ」

Img_2849_20220216082801 Img_2851 Img_2853 Img_2855 Img_2857 Img_2861 Img_2862 「近大マグロ」と黒板が出ている。~本日、入荷しています~という。赤身500円、中トロ680円。天然なら青森大間だけど、養殖なら近大である。京都駅八条口、イオン4階の海転寿司・魚河岸へ行っての出会い。食べたか、まだだったか、まずは躊躇せずに入店した。

 

 近大は「マグロばかりじゃない」というが、受験の志願者数は毎年10万人を超す。その数、私大で1、2を争う次第?。卵の孵化から完全養殖へ、研究に研究重ねて苦節30年、いまや近大マグロは年間6000匹という。海外の市場にも出て、豊田商事と組んで株式会社「アーマリン」。ブランド化が定着、専門店は大阪梅田に始まり、東京銀座にも進出して人気がある。

 

 平日の昼どきがすんだ魚河岸さん、空いている。回転ずしは煮穴子が気に入っている「長次郎」が多く、久しぶり。店長は初代の桑原さんから二代目までは知っているが、代わっている。近大の養殖、マグロだけでない。タイはどうだい!とあり、ハマチ、ヒラメ、ウナギの養殖も研究中という。品書きにバド女子複合、フクヒロペアの如く、ブリヒラ。ブリとヒラメのペアという。中トロと合わせ注文した。食べて、荒波にもまれず、上品な囲い込みの味わい。

 

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2022年2月19日 (土)

寅年、7代目アニマル園長は?

Img_2619 Img_2618 Img_2626_20220215083501 Img_2620_20220215083601 Img_2621 Img_2622 Img_2623_20220215083501 Img_2624 Img_2625 Img_2627  マニアルか、アニマルか、発音はややこしいけど、動物園の今年の顔を選ぶアニマル選挙がマニアルどおり始まった。7代目京都市動物園アニマル園長選挙である。立候補は寅年に絡む園内に暮らす動物たち6頭。6代目のキリンのメイが、首長く引き継ぎを待っている。

 

 届け出順に名前を紹介しよう。カーナ、キイチ、ロック、ロキ、アオイ、アサヒの皆さん。園側が命名した名前だが、これではどんな動物なのかわからない。園正面の投票箱とともに設置の写真入りポスターで、さらに詳しく候補者紹介すると~である。カーナは鳥のトラツグミ、性別不詳という。名前が寅年のトラなので立候補らしいが、さてどうカーナ??。

 

 キイチは絶滅危惧種のツシマヤマネコ。あなたの一票が対馬の自然を救うという。ロックはネコ科のミーアキャット。地下道を掘ったり、高みから監視したり、仕草が可愛い。ロキはオオヤマネコ。見るからに眼光鋭く、そこドケ、ロケ、ロキ?。次のアオイが寅年本命のアムールトラ。虎視眈々とトップ当選を狙う。最後は昼でも夜でも~のアサヒ、南アフリカ代表のジャガー。じゃ、一等になる一頭は何か?。投票は3月6日まで、お早めにどうぞ!。

 

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2022年2月18日 (金)

アレクサンダーさん経営「曼荼羅茶」

Img_2794 Img_2801 Img_2798 Img_2803 Img_2796 Img_2789 Img_2781 Img_2799 Img_2782 Img_2804  はじめまして!。お名前、ニコラウ・アレクサンダーさんですか。お国はフランス、グルノーブルですって。スイスの国境、むかし冬季五輪開催でしたかねえ。いま、コロナで帰れないんですか。各国回って日本で10年、お茶の専門店、京都で1年半前に開店ですって!。

 

 えっ!店名は「曼荼羅茶」。密教の、幾何学模様の、悟りを開く曼荼羅とお茶ですか。フランスはワインも、日本はお茶の文化ですって。煎茶、抹茶、ほうじ茶…日本に色いろ、栽培も静岡、京都など日本じゅう。煎れ方、飲み方が多く、何といっても、こころが落ち着く。お茶体験などの専門店、世界にその魅力広めたいですって…。いや、ありがとうございます。

 

 お店は、茶祖・栄西さんの建仁寺にも、花街・宮川町にも近いですねえ。床下に枯山水の庭、畳み部屋に三味線、写真は着物女性のお点前…、日本文化が揃っていますね。化学専攻、日本の飲料メーカー勤めがきっかけですか。日本語もお上手。月刊誌茶の間にも掲載ですか。ぶら歩きの途中、せっかくです。煎茶を煎れて下さい。一煎目は熱く、二煎目、三煎目はぬるく、心が穏やか、いいですね。「曼荼羅茶」、まんだ、まんだ?で、がんばって下さい。

 

 ※ 「曼荼羅茶」は2020年10月開店、京都市東山区山城町278-1、京阪五条駅から北東へ徒歩5分。 喫茶室、茶舗、お茶を体験。日本全国のお茶を取り揃える。お茶の効能、お茶の淹れ方などワークショップ開催。 ※ アレクサンダー、 年齢?。30か国を渡り歩き6か国に住んだ経験、2011年から日本在住。

 

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2022年2月17日 (木)

鰻の「八幡巻き」

 Img_2527 Img_2529 Img_2528 Img_2538 Img_2539 Img_2541 牛蒡に鰻を巻いて、どうして「八幡巻き」なんだろう。そうは思いながら、何かおいしそうなんで、通りがかって、そのうちそのうちで、ついに買った。牛蒡で一本か、鰻で一匹かと値札を見ると「一本千九百八十円」で、牛蒡の一本を優先している。値段は鰻が勝っている。

 

 秀吉祀る豊国神社へ向かう正面通り、川魚店、炭焼きの大国さん。出歩いて店前立って、鰻の肝、モロコ煮、鮎飴炊き、1本2千円の蒲焼きも買っているが、八幡巻きは初めてだった。コロナ禍、宴会なく財布に少し余裕あって~だった。三河一色の鰻だという。牛蒡の産地は聞き忘れていたが、長い一本を切ってもらい、早く写真撮りたくて、近くのマクドへ入った。

 

 マクド店は客のいないテーブル。大国の包みをそっと開けた。鰻の脂がジュワッ、上からと牛蒡見える横からと撮った。なんで「八幡巻き」か、スマホ調べ。八幡は、石炭の北九州・八幡でなく、大阪の枚方と接する京都の八幡だった。桂川、宇治川、木津川の三川合流地、砂地で牛蒡が育ちやすく、鰻も獲れての郷土料理が始まりという。包み紙、また閉じて持ち帰って、夕食のテーブルに並べた。牛蒡と鰻、長いモノが長いモノに巻かれ、無難な味であった。

 

 ※ 八幡巻きの料理レシピ、いまは牛蒡に鰻とは限らず、牛肉、豚肉、鶏肉、穴子などなんでもあり、牛蒡と人参もあり。牛蒡はまっすぐ地中に伸びて根をはり、家の基礎によいというので、お節料理にも~という。 ※ 京都八幡市には、石清水八幡宮、エジソンの竹、飛行神社、松花堂庭園などあり。

 

 

 

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2022年2月16日 (水)

京都の路地は「ろうじ」

Img_2753Img_2780 Img_2772 Img_2769 Img_2761_20220212083601 Img_2759 Img_2758 Img_2755 Img_2749 Img_2745 Img_2742 Img_2728 Img_2725 Img_2723 京都では「路地」は<ろじ>と言わず<ろうじ>と呼ぶ。庇が触れ合うような裏長屋、突き当りが多い。道がうんと広い東大路、西大路は朱雀大路などあった平安京の名残り、狭くなると錦小路、綾小路など、二つ合わせて「大路小路」、もうひとつ加えて「路地」である。

 

 条里制、碁盤目の京都市内、今は新しい道も増えているが、まだまだ昔からの路地(ろうじ)は多い。清水寺から西、五条坂から空也上人創建の六波羅蜜寺へ行くと、その界わいに六原自自治会がここは小路、そこは路地と表札を掛けている。小路なら、昭和小路、ののさん小路があり、路地なら、南天路地、八軒路地、笑い路地、八朔路地、石畳路地などいっぱいある。

 

 その表札写真を撮り回って、ちょっと路地を覗いだりして、歩いた。かつて平家の邸宅、鎌倉幕府の京都探題があったところ。いま遺跡も面影もない。スーパーはハッピー六原。広告の品でバナナひと房100円と出ていた。「この奥に喫茶店あります」「自転車、バイクは押して通って下さい」。町名の池殿町にみやびを思い、髑髏町に恐怖を感じる。かつての松原署はいま交番、向かいの表札は「松原交番前路地」。通り抜けは出来ず、逃げ切れない。袋のネズミ?。

 

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2022年2月15日 (火)

フクロウの名前

Img_2589_20220211081401 Img_2592 Img_2596 Img_2599_20220211081801 Img_2603 Img_2606 2f8f4092e9fd4df36cc2329edd89c700_s Shutterstock_604510448e1523019791712 シュウタだという。アニーだという。ワッシーにミミだという。フスコもイワン・トーもいる。京都市動物園のフクロウたちの名前である。ハイチなど異国から来て、みんな種類が違うが、どうしてそんな名になったのか。アニーよ、銃をとれ!か、ワッシはしりません。

 

 このところ、京都市動物園をよく通り抜ける。地下鉄蹴上でおり、南禅寺側へ行って琵琶湖疎水記念館の隣から入る。西へ行って正面口、出れば京都市美である。いま何時?と見上げる時計塔、動物絵が文字盤になっているのを知った。この前はカバの食事撮影中を見たが、行くと何か出会いがある。福があるフクロウたち、その名前もだけど、顔もまた微笑ましい。

 

 丸い顔に凹凸がなく、ぺちゃんこで平たい。頭は富士額のワイド版、ハート型。眼はいつも正面を向いている。その名の漢字は、福籠、不苦労、その表情は森の哲学者、その習性は夜の狩人…。その福に肖り、上方落語家に森之福郎さん。ミミヅクもフクロウの一種、その違いは頭に耳のような羽の有無、耳付く?。動物園のフクロウ、檻前で写真付き自己紹介。メガネ、穴掘り、白…。夜行性、昼間は睡眠中。♪~そっと、そっと、おやすみなさい~♪。

 

 

 

 

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2022年2月14日 (月)

御苑クスノキの枝がなが~い

Img_2220 Img_2231 Img_2221_20220210081201 Img_2222 Img_2223 Img_2224 Img_2227 Img_2237 Img_2238 根っこがゴボッとして、漫画のゴボちゃんだったり、幹を見上げて高い高いバア?だったり、朽ちて穴があいているのに新芽、アナア!と思ったり…。出歩いて、そんな老木、巨木、珍木に出会うと気になる。CMソング、つい~その木なんの木、気になる木~と、口ずさむ。

 

 東西700㍍、南北1300㍍の京都御苑の中、樹木は5万本という。これまでどれだけ歩きに行ったか~と思うけど、そのたびに気になる木が登場する。吉田神社の節分へ行って、万歩計のカウントアップで、御苑歩きしていてだった。紫宸殿建礼門南側の芝地を通り抜けて、クスノキの枝との出会いである。幹から東へ1本、水平に伸びて伸びて、支柱まである。

 

 その長さ、長い足幅で1歩、2歩、3歩と数えて20㍍以上、いやまあ、なが~い。御苑歩き、気になる木を見つけては写真を撮ってきたけど、これだけ長いのは、初めてである。苑内地図によると、旧有栖川邸のあった芝地。西に禁門の変の蛤御門、東に大宮御所、東山連峰に大の送り火を灯す如意が岳が見える。これだけの長さ、御苑の名木珍木をネット検索して見た。なぜか出ていない。気分は新発見。写真を撮り回って、ロングロングでアロウ!。

 

 

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2022年2月13日 (日)

新と旧で一つの京都市美術館

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 日本で現存する最古の公立美術館だという。その証、登録有形文化財の銘板がある。建物は、むかしのレンガ色、外観にそう変わりない。新しい入り口は、スケボーが出来そうな緩やかなスロープ降り地下から入る。1階へ上がると、パアッと広い。天井が高い。展覧会見ずにまっすぐ進むと第7代小川治兵衛さん作庭、東山借景の庭、無料で通り抜けできるのがいい。

 

 銘板もう一つ、2021日本建築学会賞もある。新旧館名は平安神宮側の道路沿いに並ぶ。大礼のおりの京都美術館、50億円の京セラ美術館。もう開かなくなった1階の玄関とその裏側へも行った。みんな見ろ!とミロのヴィーナス展で89万人、ツタンカーメン展で107万人が並びに並んだ玄関、そのままである。館内は新あり、旧あり。東山キューブ、光の広間、天の中庭、本館の北廻廊、南廻廊とつづき…、もう十分写真撮り、もうかいろう??。

 

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2022年2月12日 (土)

「ラーメン」

Img_2497 Img_2457_20220208080601 Img_2501 Img_2499 Img_2502 Img_2503 Img_2460 Img_2466 「ラーメン」―、その響きがいい。漢字で「拉麺」、日本では「中華そば」だけど、カタカナで「ラーメン」が似合っている。豚骨か、鶏ガラか、煮干しか、醤油か、塩か…細麺か、太麺か、こってりか、あっさりか、ニンニクはどうするか…「ラーメン」の選択肢は多い。

 

 鶏ガラ、こってりの「天下一品」が創業50周年という。本屋の丸善を出て、河原町通りを歩いていて~である。ビル壁面に「おかげ様で50周年、創業者木村勉50年の軌跡」と表示看板。正しい努力との創業理念、年表あり、モノクロ写真、全国234店舗のネット網示す地図…。資金3万7千円、屋台からスタート、売り上げ200億円の現在に至るという。

 

 「天下一品」ラーメン、ご無沙汰している。こってりだけど、意外にあっさり。玉ねぎ、人参など11種で作った秘伝のスープという。記憶にある、あの味思い出して、久々に南座前店に行った。控えめにミニラーメン690円。見上げた席の上にラーメン一代木村勉物語。勤めの会社が倒産、36歳から廃材づくりの屋台ラーメンだったという。焼き豚、しな竹、ネギたっぷり、まずはレンゲでスープ…、これこれ、この味わい、これが「ラーメン」!。

 

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2022年2月11日 (金)

譲葉、ユズリハ

Img_2450 Img_2414 Img_2413 Img_2398 Img_2397 Img_2394 Img_2416 「古い葉は決して散り急ぐわけではない。若い葉が育ち、一人前になるのを十分に見届けてから、ある日、さりげなくハラリと散る」。いい書きようだし、書かれている樹木もいいなあ~と読んだ。朝日文庫・天声人語、その項は「譲葉」。常緑高木の「ユズリハ」である。

 

 文庫本は「辰濃和男の天声人語Ⅰ」。辰濃氏、昭和59年代に深代淳郎氏没後に天声人語を長く担当して、四国遍路などの著書も。去年だったか、寺町通りの古書店で買った3冊300円の1冊目。昭和55年12月15日付けの天声人語。辰濃氏は文を続けて~ああ人間性会の譲り方も、こうありたいものだ、と散る葉をながめるたびに思う」と感慨して綴る。

 

 小雪舞う日、例の植物園へ行った。正門に近い植物園会館前、キンモクセイと隣り合っていた。樹高にして7、8㍍、若い葉が育つまで頑張るという葉は長さ20㌢ほど、ほそ長く楕円形。葉の新旧交代劇は春先、新芽はまだ見えない。親が成長した子に後を譲るにたとえ、めでたい木と言われ、京都では正月飾りの鏡餅に使う。「譲る」~辞書は、自分を後にして他を先にする、謙譲の美徳などと出る。若い葉が育ち、落ち行く古い葉、忘れずにいたい。

 

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2022年2月10日 (木)

「Artfor Tomorrow」

Img_2337Img_2317Img_2307Img_2326Img_2329Img_2340_20220206080101Img_2362Img_2358Img_2354_20220206080401Img_2349 Img_2346Img_2316 もしも、かりに現代美術でこんな問題というか、クイズが出たら、どうだろう。「上に並んだ写真の作品と以下の中から作品タイトルを探し出して、重ね合わせましょう」。タイトルから生まれた作品なのか、それとも作品あってのタイトルか、それが悩ましく思うからだ。

 

 京文博の京都府新鋭選抜展へ行って~である。副題は~Artfor Tomorrow~。京都を中心に活動する新進作家を発掘、紹介する展覧会。京都府がお金を出して主催している。会場に美術評論家、画廊主らが推薦、審査した40歳以下の若手作家の作品42点という。鑑賞代は500円、千円でお釣り500円玉貯金が出来るしと、ぶらり入った。

 

 日本画、洋画の平面、現代アートの立体アートが並び、元日銀京都支店跡の別館にも特別作品。写真撮影は良さそうだ。パソコンのマウスで鼠の群れ、輪切りレモンと梅干、猫の映像、風船が萎んだり、膨らんだり…、作品の意図は?と何なんだろう。写真撮って、タイトルを見る。「同じ景色をみよう」「息」「5日」「人工的な輪郭線」「fiction」「武型」「絵のふりした壺」…、わかるも、わからないも、その先に明日への新しいアートがある?。

 

 ※ 展覧会は2月6日で終了。

 

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2022年2月 9日 (水)

世界最大級、晩白柚の写真

Dsc_0725Dsc_1501Dsc_1647 Dsc_1777 Dsc_1945  ことし1月末、宮崎のHSさんから、ええっ!と思う写真が届いた。二つの真ん中に卵を置いて、大きさを示した晩白柚(ばんぺいゆ)。世界最大級の柑橘という。「20年ぶりに自宅庭で2つ収穫しました」という。直径20㌢、重さ1・8㌔、円周60㌢。いや、びっくりした。

 

 晩白柚は皮の厚いザボンの一品種という。愛媛の伊予柑、高知の文旦も大きいが、まるでバレーボール、その比ではない。晩白柚の由来は、晩生で熟期が遅く、果肉が白っぽい柚だからという。原産地はマレー半島、国内では九州と四国で栽培も、主産地は熊本八代がほとんど。飾って見て良し、香りよし、食べてよし、風呂に皮を入れてよしという。

 

 写真を見るまで、晩白柚って、知らなかった。STさんのメールによると、20年前までは2、30個できたが、移植してから無知から花芽の枝を切ってしまい果実ゼロ。それがひょんなことから20個余り花をつけ、筆先で花粉つけて交配、2個だけ実になり20年ぶりの再会だった~という。南国の太陽サンサンは必修。SHさん、皮表面にシワまで待って食べごろ、皮も煮て砂糖漬けという。楽しみの長持ち、朝昼晩に晩白柚(ばんぺいゆ)?。

 

 ※ ギネス世界記録は熊本八代地区、直径29㌢、重量4・859㌔。

 

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2022年2月 8日 (火)

綾戸大明神

Img_1848 Img_1849_20220204082101 Img_1850_20220204082201 Img_1856 Img_1859 Img_1857_20220204082301 Img_1853 あの丸い石は?と見たのが始まりだった。道路わきの築山、小さな石の鳥居と小さな祠、その前に大きな丸い石である。神社にしても、駒札など何の表示もない。築山へ上がって、手を合わせて祠の中を覗き込んだ。本殿中央、木札が祀られ、「綾戸大明神」と薄く読めた。

 

 京都五山、禅宗の南禅寺への道筋である。湯豆腐・順正の北側、よく歩いているのにずっと気づかずだった。明るくて好感度の高いジャズシンガー、綾戸智恵さんと同じ姓だけど、どんな神様なんだろう。祠の回りを点検したが、わからない。冷えた平日の午後、問いかける人はいない。ヒントは、南禅寺近く、綾戸大明神。ここという時のスマホ検索、出た!。

 

 そうか、そうだったのか。あたりは鎌倉時代の亀山法皇の離宮地。法皇が出家して禅僧、それが南禅寺の始まり。綾戸大明神は、法皇にお酒を造って献上した元は牛飼い人。法皇も牛飼い人も亡くなって、霊が出たので、南禅寺の高僧が祠を建て供養したという。綾戸の名前は、その前の道が綾戸小路だからという。謎の解明、スマホはえらい!。きっかけの丸い石をよく見れば「綾戸大明神」の彫り込み。なぜ丸い石か、それが分ればなお、マルである。

 

 ※ 綾戸大明神は、山城の地誌『雍州府志』10巻に中に記載あり。

 

 

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2022年2月 7日 (月)

悦にいっている写真

Img_1690 Img_1635 Img_1633 Img_1488 Img_2178 Img_1563 Img_2125_20220203081201 Img_1901 Img_1698 Img_2047 歩き撮り顧みて、ひとり悦に入る写真がある。季節の風景、学びのポスター、思わぬ出会い。これは~と思うと、一日に20枚、30枚と撮る。町中、鴨川、植物園、動物園、雪の朽木…、この10日あまり撮った写真のうちで、気に入っている写真、紹介したくなった。

 

 鴨川渡るJR奈良線の陸橋下。コンクリート落書きはベティさん、通り行く自転車を見つめている。ベティさんの目つきが鋭い。足利将軍がいた鯖街道の朽木。ラーメン屋さんに金の水車が雪の中、眩しい。京都の御池寺町西の金箔屋さん。自宅庇に金の鍾馗さんは厄除け、西日も照り返す。市内某所、カウンターから月が出始めた。そっと1枚、よく輝いている。

 

 ポスターで得た知識はこの2枚。JR湖西線の安曇川駅。「湖西」とは、琵琶湖西で<こせい>、浜名湖西で<こさい>と読む。地下鉄東西線東野駅階段上り口。1段で0・1kcal消費、健康に良し。動物園の園内看板。第6代アニマルはキリンのメイが~めいっぱい笑おう~。後白河法皇の長講堂の掲示板。~にっこり笑って始める一日~。植物園の園内。女性の寝転び撮りに出会う。何を撮っているのかなあ。その時々の写真、どれも悦に入っている。

 

 

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2022年2月 6日 (日)

ルリビタキ改めカワセミ

Img_1948_20220202082501 Img_1954 Img_2089 Img_2093 Img_1962 Img_1967 Img_2096 Img_2087 Img_1689 今日もいるかな、いるかな~と行ったら、いない。そらあ~いつもいつもはと、思ったら目の前ヒューと飛んで、向こう岸へ。綺麗な青いあの鳥。写真、写真、デジカメ、デジカメ…と思う間もなく、姿は消えた。ルリビタキか、カワセミか、あれはヒスイ色、カワセミや。

 

 鴨川右岸を十条橋から北の七条大橋への歩き。最初に護岸でとまっていた鳥、ズーム撮りして、ルリビタキでは?と写真掲載したら、二三の知人からちゃうちゃうバンビ―。その写真の鳥ならカワセミやろうと。それでまた歩きに行くと、同じ所にいる。前よりも近づいて、撮ってみると、嘴が長く、色も、顔も、大きさも、皆さん指摘どおりにカワセミのような。

 

 味をしめて行った3度目歩き。護岸に不在だったが、目の前飛行、いや、綺麗なこと、
まだ瞼に残っている。カワセミの次は、これも可愛いユリカモメとコガモの競演共存。これは3度歩いて3度とも見た。冬の渡り鳥。もうそろそろ北帰行、小林旭?なのにまだいる。護岸で草ついばみ、川の中で小魚探し、そうは逃げない。デジカメ撮りはやさしい。歩き進んで、新規の鳥が川岸にいる。ズーム撮り。お腹、白と黒のまだら…トラツグミ?違うかな。

 

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2022年2月 5日 (土)

樹名は竈門禰豆子の「ネズコ」

Img_2020Img_2078 Img_2019_20220201080101Img_2009Img_2012Img_2006_20220201075701Img_2000Img_1999 その樹木の名前が注目されている。京都府立植物園の針葉樹林「ネズコ」である。人気アニメ・鬼滅の刃のヒロイン、竈門禰豆子(かまど・ねずこ)の「ねずこ」と同名という。アイドル・嵐の大野神社、二宮神社らと同じだという。朝日新聞朝刊の世相コラム「青鉛筆」が記事にした。

 

 月に一度か二度の植物園ツウとしては~である。新聞に載ったからには行かねばと、行った。メタセコイヤなど針葉樹林50種類の中だという。文庫本に挟んで切り抜き持参の「青鉛筆」によれば、気候があわず、あまり育たず、本来の高さの半分以下、8㍍ほどで、あまり目立たないという。カヤ、モミ、ツカの大木は目立つ。人気のネズコはどこだ、どこだ。

 

 北山口受付で聞いていた水琴窟の西側あたり、一本また一本と見て歩き、わかんないなあと思ったとき、あった。園側が新しくしたという樹名板、竹を加えた竈門禰豆子のイラスト付き、赤い↑、下に「がんばれ!ネズコ」。背は高いがひょろひょろ、枝も垂れ下がり、乱れている。ネズコは別名、本名はクロベ。ヒノキ科常緑高木で、富山の山岳地帯、黒部渓谷に多いという。禰豆子でネズコ、黒部でクロベ、葉裏も黒という。樹名の怪、それが面白い。

 

 

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2022年2月 4日 (金)

能面100展、NowMask

Img_1984 Img_1546_20220131085301 Img_1543_20220131085301 Img_1541_20220131085401 Img_1544_20220131085401 Img_1991 東京の骨董店で、初めての出会い。「オオッ、ノウ、ワンダフル」と感嘆したのだろうか。能面に魅せられた米国ケンタッキー生まれマーヴィンさん。集めに集めた能面は250以上、世界的な愛好家という。JR伊勢丹京都の美術館、展覧会「能面100」で面と対面した。

 

 NHK日曜美術館でも紹介があった。室町から江戸へ700年、そうみられない能面100個の展覧という。招待券が1枚あり行った。マーヴィンさん収集面中心に金剛家伝来の面、丹波篠山能楽資料館所蔵の面である。副題は「TheArt・ob NohMask」と墨字で綴る。初世金剛巌は「能は人が見るのではない、面(おもて)が見るのである」と述べている。

 

 稀有だと言う100の能面、どんな展示だろうと入った。最初に神面が「gods」と出た。主役のシテが高砂を演じる翁面が並ぶ。展示は順に敦盛の男面、羽衣の女面、安宅の狂面、最後に土蜘蛛の鬼面と、能舞台の演能順「五番立」に合わせている。神男女狂鬼で「しんなんにょきょうき」と読む。秀吉愛蔵した女面は雪の小面、マービンさんお気に入り鬼面の般若…、どの面見てもワンダフル!。コロナ禍の能面鑑賞、ノーマスクはイケマセン??。

 

 ※ 展示は2月6日まで。

 

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2022年2月 3日 (木)

岩倉具視と米欧回覧

Img_1086 Img_0998_20220130081301  Img_1004 Img_1006 Img_1001_20220130081501 Img_1733 Img_1730 Img_2119 ぶらり歩いて、日々の学び一つ、二つ、三つ~である。京都御苑へ行く道中、同志社の祖・新島襄記念館の北側に京都市歴史資料館。入場無料、歩きの一服を兼ねてよく入る。去年は「京都市電こんにちは」展、いまは「岩倉具視と米欧回覧」特別展、開催中である。

 

 明治4年(1891)に岩倉使節団が横浜港を出発して、令和3年(2021)の昨年、150年目だった。それを記念して暮れから資料館所蔵の資料を並べている。広くはない展示室に「条約勅許の行方」「海を渡る」「帰国後の岩倉具視」と展示テーマは三つ。年明けて3度は入った。ソファ座り関連ビデオ見て、写真など掲載の8頁の配布資料手に館内入り。

 

 館内、写真撮影は出来ない。館外?ソファから雰囲気撮り。読みずらい書簡などが多い。展示説明で進む。米国から欧州、1年10カ月の長い回覧。岩倉具視は何を学び、何を成したか。学びは鉄道、貴族、オペラ。帰国後に鉄道網の整備、皇室支える華族制度、伝統文化・能の普及、京都御所の保存などか。出口に59歳、病床に伏す岩倉を見舞う明治天皇の行幸図。パンフに貴重な写真、複写した。日本近代化の学びまだまだ…また歩き寄りするかな。

 

 ※ 岩倉特別展は2月13日まで。 ※ 右端写真は2月2日付け京都新聞記事から。

 

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2022年2月 2日 (水)

食事のかば撮影中

Img_1898 Img_1873_20220129080101 Img_1876 Img_1878 Img_1879_20220129080801 Img_1892_20220129080901 Img_1882 Img_1884 Img_1896 はいはい、食べて、食べて、そのまま、そのまま、いい顔、いい顔、それでいいよ~。京都市動物園のメスのかば、ツグミが食事しているところ、撮影中である。檻の前、エサの草がどっさり、飼育員とカメラマン三人が屈みこんで、かばと顔をくっつかんばかりである。

 

 これも出会いかな。地下鉄蹴上駅を降り、動物園北口から園内へ入り、通り抜け中。シマウマなど園の南西、疎水側のアフリカ草原ゾーンへ歩き来て~である。おおかた午後2時、かばの遅い昼食に合わせ、ユーチューブか、園PR撮影のようだ。カバといえば、夜起きて、昼は水中で寝てばかり。こんなにガバっと見ることはそうない。一緒になって見続けた。

 

 まあ、でっかい。巨体、陸の動物ではゾウ、サイにつぐという。1㌧以上はある。小さな目と鼻と耳は横一線。大きな顎は平、開けた口デッカイ。カバやキャラメル!。担当の女性飼育員が「痩せさせないと~」とカメラマンに話す。ツグミは1987年、京都生まれ、京美人と園側はキャッチする。今年で35歳、かば平均寿命30歳なので、長寿である。ツグミばあ、食べるだけ食べて、また隣の水の方へ、のそり、のそり…。すぐ寝たら牛になるよ?。

 

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2022年2月 1日 (火)

登録有形文化財「丸八百貨店」

Img_1192_20220128090101 Img_1193 Img_1194_20220128090201 Img_1196 Img_1200 Img_1201_20220128090301 Img_1206 Img_1207 Img_1208 京都に40㌔、敦賀に40㌔…鯖街道が通る山あいの村にデパートがある。合併で高島市になった旧朽木村。その中心・市場地区の丸八百貨店、登録有形文化財である。例年より雪が多かった頃に行って、見て、入って、一句浮かんだ。「杣の里 百貨店とは これいかに」。

 

 昭和8年、下駄販売でもうけた地元の大鉢捨松さんが洋館に憧れて建てたという。日用品、文具、呉服などの2階建てから防空監視所が出来て3階建て。戦後は経営苦しく、村民の保存運動で村が買い取り、いまは観光客休憩のカフェ。地元のお母さん経営し、地元のおばあちゃんが集う。ぶらり入り、栃餅ぜんざいの後、見学どうぞ!と言われ、スリッパで3階へ。

 

 急な階段はよく磨かれている。スロースローと上がった。畳部屋の3階、かすりの野良着展示、今も村で一番高い建て物なのか、ガラス窓から雪の町並みが見える。店名は、創業の大鉢さんの鉢を「八」に変え、当時百貨店で多かった大丸、丸物の「丸」に肖って丸八百貨店という。また階下へ降りた。TVは国会中継。ばあちゃんら誰も見ず、会話はゆっくり、時間もゆっくり流れている。室内掲示板に一句。「仕事終え スケジュール帳は 病院だけ」。

 

 ※ 丸八百貨店の登録有形文化財指定は平成9年。

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