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2021年10月

2021年10月31日 (日)

新そば、十割、穴子…、老舗の蕎麦屋さん

Img_2761Img_2724Img_2758_20211029083501Img_2760_20211029083301Img_2751Img_2746Img_2756_20211029083301Img_2750 旬の香り、新そばだという。それも十割そばだという。読みは「じゅうわり」とも「とわり」とも言う。打者なら3割でイチロー級なのに十割である。そば屋さんがまた老舗も老舗。創業がなんと文久元年。江戸の末も末、明治の前、慶応の前である。兎に角、まあ、古う!。

 

 白い暖簾の屋号は「三味洪庵」。琵琶湖疎水から分流する白川沿い。地下鉄東山駅東口から出て、最初の曲がり角、祇園饅頭ともう一軒の蕎麦屋・桝富さんの隣である。ちょっと説明長くなったが、そばも長い。市美、近美、図書館行くおり、よく通っている。新そば、十割…に加えて、店前のメニュー、好きな穴子重も。新そばの実は、北海道産という。入った。

 

 午後かなり回っていたが、少し待って席が空いた。白川ぞいのテラス席がいいけど先客…、ロングロングのよう。穴子重とせいろ蕎麦、セットで来た。十割そばにつなぎはない。取り出し、もつれる。少しずつ、2、3本…出汁もチョイつけ。ドボッとはつけない。これがツウ。好きな穴子は焼き、ご飯に錦糸がビューティフル。店は古民家ふう、天井の太い梁、しっかり見んか?。仕上げ、ツウはそば湯。キノコ天ぷらも加えて、食欲の秋、ここにあり。

 

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2021年10月30日 (土)

色づきはじめ

Img_2684 Img_2680 Img_2682 Img_2687_20211027090201 Img_2686 Img_2689_20211027085601 Img_2688_20211027085601 Img_2691_20211027090101 Img_2692_20211027090002 Img_2693_20211027090101  ちょっとほんのり色づいてきた。年ごろ、いや、秋ごろ?。紅葉、まだ早いはずなのにこの4、5日冷え込んだせいか、葉の先っぽが染まっている。春の桜なら開花宣言、秋のモミジならどう言うのだろう。色づき宣言、染まり宣言。秋本番へ、今年はどんな紅葉だろう。

 

 色づき始めたモミジの発見は、京都美術工芸大学の植垣だった。一日じゅう雨の降った翌日の秋晴れ、秀吉さんの豊国神社から正面通りを西へ歩き、鴨川に沿う川端通りを南へ下がって…、季節の花木の植え込み垣根の続く大学へ来て~である。乙女が恥じらうようなピンク色、葉の裂れ目が七つ。色冴え鮮やかなイロハモミジのサンゴカク(珊瑚閣)だという。

 

 樹木の見極め難しいが、木札が吊るしてある。そうか~と、知識を得るのが嬉しい。モミジは大別してイロハモミジ、ヤマモミジ、オオモミジの3種。カエデも仲間だが、モミジは葉の切れ込みが深く、カエデは浅い。大学の植垣は木札付き、モミジ学習ができる。春にも赤いノムラモミジ(野村紅葉)、庭木に人気のコバウチワカエデ(小羽団扇楓)、イロハより葉が大きいヤマモミジ(山紅葉)と並ぶ。近づき、写真撮り、学びはイロハニホヘトから~。

 

 

 

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2021年10月29日 (金)

西本願寺の国宝唐門、威容再び

Img_2611_20211026094601 Img_2621_20211026093301 Img_2623 Img_2631 Img_2633 Img_2640_20211026093701 Img_2641 Img_2644 Img_2645 Img_2620 Img_2616 麒麟が吠えている。唐獅子もいる。牡丹も、だ。任侠映画、高倉健さん登場?。黒漆、光沢が眩しい。雲が湧いて、白馬に乗った仙人だ。孔雀もいる。竹林の中には虎…だ。まさか、阪神タイガース?そんなことはない。一日じゅう見る門、「日暮(ひぐらし)門」という。

 

 西本願寺の国宝唐門である。修復に3年4か月かけた工事が終わった。覆われていたテントがやっと外れた。極彩色の彫刻の数々、光る錺り金具…檜皮葺の葺き替え成った唐破風屋根、見事な四脚門…、どこから見ても豪華絢爛、見惚れてしまう。秀吉が天下をとって、全盛期に築城した伏見桃山城から移された遺構の門。西本願寺では最も古い建て物だという。

 

 京都新聞朝刊社会面に記事が出た。カラー写真、「唐門、輝く威容再び」の見出し。朝から雨が降り続けた日、好きでない傘さして昼から行った。自宅から1時間1本の直通バス、20分である。広い境内の南西にある唐門、修復前になんども見ている。雨、人がいない菊花展前を超えて唐門、修理の経過を説明する立て看板も。雨のおかげ、ひとりの思う存分の鑑賞、離れて、近づいて、北小路からの正面も…、40年ぶりの威容、大向こうからイヨッ!?。

 

 ※ 工事は平成30年(2018)6月から始まり、令和3年(2021)10月6日に終わる。1980年以来の修復。

 

 

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2021年10月28日 (木)

世界報道写真展2021

Img_2547Img_2551Img_2554_20211025095901Img_2563Img_2571Img_2569Img_2566Img_2564Img_2558_20211025100001Img_2560 世界の報道プロカメラマンの撮った写真、どんなだろう。今年で64回の歴史を持つ世界報道写真展のチケットが一枚あって、京都会場の立命館大学衣笠キャンパス西園寺記念館へ行った。世界から130か国4300人の応募、選ばれた大賞など8部門の展示である。

 

 コンテストを主催するのは、オランダに本部がある世界報道写真財団。日本人の大賞はベトナムの戦場を撮った沢田教一さんら、昨年はAFP通信の千葉康由さんがスーダン反政府集会を撮り、日本人で41年ぶりに受賞している。今年は?と行って、ポスターになったデンマークのニッセンさんの作品が大賞。ブラジル介護施設での「初めての抱擁」だった。

 

 コロナ対策で初めて考え出された「ハグカーテン」。そのカーテン越し、85歳のおばあちゃんが看護師に抱きすくめられている。カーテン効果、5か月ぶり対面だった。展示写真は2020年撮影分、コロナ絡みが多い。水族館に落ちた白いマスク、イルカが何?エサ?と近づく写真。環境部門ではケニアのバッタ大群、ミャンマーのヒスイ採掘で削られた山と仏教寺院…など。報道のプロカメラマンが見た現場、その一枚一枚に「世界の今」が写っていた。

 

 ※ 報道写真展は10月31日まで。このあと大分へ巡回する。

 

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2021年10月27日 (水)

町はかぼちゃ、かぼちゃ…

Img_0965Img_0955Img_0969Img_2717Img_0974Img_2038Img_1788Img_1455Img_2300 Img_2297Img_1451Img_2716 秋10月、町を歩くと、かぼちゃ、かぼちゃ…している。目と鼻を▼にくりぬき、口を京唄子の如く開いて…、どれもこれも、ハロウィンかぼちゃという。魔女、黒猫、お化けも一緒になって、ハロー!こんにちは、片目つぶり、ウインウイン?。収穫を祝う秋祭りという。

 

 すっかりお馴染みになったハロウイン。キリスト教のすべての聖人を記念する日、悪霊を追っ払うお祭り、10月31日は古代ゲルト暦の大晦日なので…とか謂れはいろいろ。魔女が黒猫使い霊を鎮め、子どもたちが家々回り、悪霊退治のお菓子をねだって…。お菓子と悪霊、おかしな話?とも思うが、風習だという。10月31日はお化け仮装もでる。すべて米国からの輸入である。

 

 町の中の気になるハロウイン飾り、歩くたびにデジカメで撮った。撮り貯めた写真をパソコンで点検すると、ある、ある。パン屋さん、八つ橋屋さん、百円ショップ屋さん、宝くじ屋さん、ケーキ屋さん。期間限定の限定販売…、スーパーしかり、コンビニしかり…。パソコンのピクチャー、クリックまたクリックして、ハロウインのかぼちゃ、かぼちゃ…。ようもないのに、よう歩いて、よう撮って、ようわからず、兎に角、まあ、ハッピーハロウイン!。

 

 

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2021年10月26日 (火)

「ぎんなん」は落ちて臭う

Img_2522Img_2524Img_2530Img_2517Img_2534_20211026065901Img_2515Img_2533_20211024092101Img_2536Img_2535 はや、木枯らし1号が吹いたというし、もう落ちているかな~と行った。拾いにではなく、落ちようを見に~である。京都御苑の寺町門を入り、すぐのイチョウ大木。実の「ぎんなん」が落ちまくり、京都市内では一番だと聞いていた。どんなふうか、確かめに行った。

 

 丸太町から寺町通りを北へ、駐車場ある門が寺町門。入ると、北側に仙洞御所、南側に富小路広場、ベンチ一服でよく行く。イチョウは高さ10㍍と大きい。ぎんなんの実をつけるのはメスのイチョウ。雌雄の見分け方、オスはズボンのように葉が二つ割れ、メスはスカートふう、葉が丸い~という。実は、葉が黄色く色づくころから成り始め、熟しきって落ちる。

 

 門を1歩、2歩と入った。マスク越し、プーンと鼻にきた。臭いが強い。イチョウの葉はまだ青いのに辺り一帯、酸味臭が漂う。門から大木まで100㍍ほど、果肉が落ちている。大木の石囲いからはみ出し、足の踏み場がない。臭いのじゅうたんの如し~である。この臭い、動物を寄せ付けないイチョウの防衛反応らしい。果肉は水洗いして干す。炒って、殻を剥いて、茶碗むし、串刺し…。秋の味覚・ぎんなん、最初は、強く、強く~臭う。

 

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2021年10月25日 (月)

宮崎餃子、日本一へ

Img_2340 Img_2338 Img_2455Img_2607 Img_2457Https___imgixproxyn8sjp_dsxzqo0266909004 ウマいから食べる。食べるから消費が増える。豚肉、キャベツなどを餡にして、小麦粉の皮で包んで、蒸して、焼いて…、ご存知の餃子。消費の日本一は何処か。そりゃあ、宇都宮、いやいや、浜松…と思いきや。九州の南国・宮崎がググっと伸びて、いまや日本一へ~という。

 

 宮崎と言えば、黒毛和牛の宮崎牛、地鶏のチキン南蛮、熟れ熟れのマンゴー、それにもう一つ加えて、ちりめんじゃこなどだが、餃子が日本一とは意外や意外。総務省統計局発表の家計調査で、宮崎市は2021年上半期で、2位の浜松に支出費、購買数で大差をつけ、下半期を見通し、初の通年日本一確実という。どんな餃子なのだろう~と思っていたら届いた。

 

 ~友あり、遠方から来る~で、宮崎の知人から餃子来る?。~月に一二度、夫婦で焼き、揚げなどフルコースで食べている餃子です~と。昭和42年創業、宮崎・高鍋の冷凍餃子。家庭で餃子手作りの奥さんは、この店のは水餃子おススメと。鍋に水、沸騰させて…、日本一の味とは如何に~。箸が滑って滑って皮ツルツル、厚めの皮はモチモチ。餡は豚のひき肉、高鍋特産の甘いキャベツなどびっしり、一つまた一つ…。「餃子の町・宮崎」、さもありなん。

 

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2021年10月24日 (日)

植物園開いてコスモス咲く

Img_2421Img_2420Img_2361_20211024070001Img_2354Img_2355Img_2353Img_2364Img_2379Img_2380Img_2389 Img_2410_20211024070101Img_2442Img_2438Img_2432Img_2446 コスモスだ。黄色だ、ピンクだ、白だ…。フワフワとして、風が優しい。「秋桜」の和名がぴったり。♪~薄紅の秋桜が秋の日の…♪と歌った百恵ちゃん、どうしているかなあ。コロナ休園の植物園が開いた。いつもの北山門から…2か月ぶりかな、コスモスが揺れていた。

 

 コスモスはキク科、日が短くなると開花、夜の時間が長くなると見頃を迎え、古くから「秋桜」と呼ばれていた。飾り、美しい~のギリシャ語「KOSMOS」が名前の由来という。そう、入り口配布の案内チラシにあった。園内、いつもと同じ、時計と反対回り。そこは?誰やで、ダリヤの大輪が開く。品種は「大満足」に「夢山桜」。いいな、いいな、ウットリ。

 

 小さな風船みたいな「フウセントウタ」。白色と紫色がひゅっと伸びて「サルビア・レウカンタ」。秋に咲く桜は「十月桜」。「ノゲイトウ」「シュウメイギク」…、歩き見ながら、写真また写真。いつもどおりで撮りすぎかな。大芝生地北側は秋恒例の菊花展。NHKの世論調査、日本人が好む花は①菊②桜③バラの順という。桜より菊と聞く?と意外なり。バラ園の秋バラは多種多様、これもあれもと見る。画家、梅原龍三郎と中川一政はどのバラを描いたのかな。

 

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2021年10月23日 (土)

町歩き、言葉との出会い

Img_2311 Img_1124Img_2335 Img_2299 Img_1858 Img_1118 Img_2315 Img_1279 お寺の掲示板に「今日は今日のみ」と出た。それなら「明日は明日のみ」か~と考える。表現に味、言葉に深み、つまりは含蓄。「<失敗>と書いて<せいちょう>と読む」と野村克也元監督を引用した掲示板も見た。言葉との出会い、ぶらり町歩きの教え、一つまた一つ…。

 

 夕刊の読者が減った新聞、1面はニュースより読み物が中心。1週間前の京都新聞夕刊1面は「お寺の掲示板、SNSで脚光」の見出し。記者が市内のお寺を回り、掲示板の写真を撮って、お寺さんに取材して~である。SNS投稿「輝け!お寺の掲示板大賞」も取り上げていた。応募は3年前の初年度700点、去年1600点、今年はさらに増えそうという。

 

 「今のままだと、今のままですよ!」。これはお寺さんでない。生徒募集の河合塾掲示。山科の無印食品図書コーナーは食欲の秋に「腹八分目」。ともに自覚を促している。お寺さん掲示に戻って「季節も変わる。私も変わろう」「大切なのは、伝えるのでなく、伝わる会話」「いつも立派でなくていい」…、心に響く言葉である。月替わりで掲示が変わる寺町三条上ル天性寺に良寛さんの一句。「しきりに落ちる 大きな葉かな」。深まり行く秋にピタリ。

 

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2021年10月22日 (金)

「比良の暮雪」の比良はどこか?

Img_1978 Img_2033 Img_1985 Img_1995 Img_2005_20211020090201 Img_2011 Img_2030 Img_2022 比良は比良でも、近江八景に出て来る「比良暮雪」の比良は、どこだろう。琵琶湖の西岸に連なる比良は、海抜1000㍍級の山並みが続く。権現山、蓬莱山、武奈岳、打見山、…、JR湖西線の山科駅から乗って、蓬莱駅、志賀駅、比良駅と順番に降り、麓から仰ぎ見た。

 

 歌川広重が描いた近江八景の「比良暮雪」。すっぽり雪をかぶって、カメラをロングでぐーんと引いたような。真ん中で、山と山の谷間があり、いまのびわ湖バレイあたりでは…。それなら海抜1,170の蓬莱山と1,103㍍の打見山だ。描いた場所は、今も春先、黄色の菜の花と残雪の比良が新聞のスケッチ写真で登場する対岸の守山なぎさ公園付近では…。

 

 最初に降りた蓬莱駅、駅前の周辺看板に「比良暮雪」の案内あり。広重の浮世絵に~雪ふるる 比良の高嶺の夕暮れは 花の盛りに すぐる春かな~の一句。当てずっぽうで降りて、的中したような。秋色にまだ早い比良の山並み見て、志賀駅まで歩き、観光案内所で、さらに確認すると、比良駅から行くびわこ成蹊スポーツ大学わき登山口に「比良暮雪」の石碑あるという。それなら~と行って確認した。比良に初雪、今年はいつ降るか、待ち遠しい。

 

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2021年10月21日 (木)

三井寺と石山寺の天狗杉

Img_1892Img_1885Img_1893 Img_1927_20211019092101Img_2130Img_2131Img_2132_20211019091701Img_2129 幹は太く苔むして、樹は高く伸びている。ぐるっと注連縄が巻かれて「天狗杉」だという。大津の古刹、天台寺門宗の三井寺と真言宗の石山寺へ行って、どちらでも「天狗杉」を見た。枝葉は鬱蒼、下から仰ぎ見て空がみえない。古木中の古木、ともに「千年杉」だという。

 

 天狗とは~、改めて手元の新明解国語辞典を引いた。深山にすみ、顔が赤く鼻が高くて自由に飛行するという、想像上の怪物~と出た。鼻が高く、自慢しいの天狗、尊王攘夷で水戸の天狗党、杉作が慕うおじちゃんは嵐寛当たり役の天狗のおじちゃん、鞍馬山の天狗は牛若丸を指南、釣り天狗、天狗岩など、天狗は中国から入り、山岳信仰の山伏で日本化という。

 

 三井寺の天狗杉、国宝金堂の南西に聳える。根回り7・5㍍、目とおり4㍍、高さは20㍍、天然記念物という。囲いと大津市教委に立て札があった。石山寺は参道奥、本堂へ石段登り口で見た。太いしめ縄でわかった。三井寺、石山寺ともに天狗杉伝説が存在する。三井寺は学びの僧が杉の木で天狗になり小田原まで飛んで行った。石山寺は経典を守った僧が没後、金の天狗になったと石山寺縁起絵巻に。飛翔の天狗、金色の天狗、ともに鼻高々~。

 

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2021年10月20日 (水)

頼朝の鞭先から~鞭崎神社

Img_2243 Img_2248 Img_2249 Img_2252 Img_2254 Img_2255_20211018094801 Img_2256 Img_2258 滋賀県草津市にある鞭崎(むちさき)神社、名前の謂れがユニークである。鎌倉幕府を成立さぜ、上洛中の源頼朝が、村人に馬上から鞭で先を示して、何という神社か?と聞いたことからだという。鞭崎神社のことは無知?とはいえ、ホンマかいな、そうかいな~である。

 

 JR草津駅2階の観光案内所で、近江八景の「矢橋帰帆」への道順を尋ねに行って~だった。窓口の女性、地図を出し、懇切丁寧な案内。「行く途中の矢橋道に頼朝の縁で名前がついた鞭崎神社、表門は膳所城の移築、重文です」と聞いていた。旧東海道の草津本陣から、急がば回れ~謂れ、矢倉の道標を見て、草津川沿いに急がば回らず?の道を選んで歩いた。

 

 回れなら瀬田の唐橋まで12㌔。回らずなら船で大津の石場までなら8㌔。急がば回れ~とも思ったが、いまは近江八景「矢橋帰帆」の現場確認が目的である。もらった案内地図見て、矢橋道を歩いて、道路沿いに駅の案内所で聞いていた鞭崎神社の看板発見だった。ここまで来たからには~と寄り道した。表門は廃藩置県で廃城の膳所城から移築、重々しい。静かな境内に入り、本殿参拝して由緒書き、確かに頼朝の鞭先に神社名あり~。ホンマだった。

 

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2021年10月19日 (火)

石山寺に1円玉の成る岩

Img_2121 Img_2134 Img_2165 Img_2138Img_2153 Img_2155 Img_2157 Img_2158_20211017091001 Img_2160 Img_2163  これは一体、どういうことか。あの岩、この岩、その岩にも1円玉、5円玉、10円玉が置かれている。岩に差し込まれたのもある。お賽銭か、奉納か。観光客の付和雷同現象か。いつ頃、だれがはじめたのだろうか。1円玉が成るこの岩場、どう言わばいいのだろう。

 

 奇岩・怪岩の硅灰石の上に建つ石山寺。天平19年(747)創建、由緒あるお寺である。国宝の多宝塔、源氏物語の紫式部、近江八景で石山秋月、観音霊場13番札所などなど。晩年10年、近江で8度も滞在した芭蕉は、ここで「石山の石にたばしるあられ哉」と詠んでいる。この石また石は国の天然記念物、ご本尊の秘仏・如意輪観音も岩の上に着座という。

 

 歌川広重が浮世絵にした近江八景、今はどうか~と、久しぶりの石山寺である。石段上がり、本堂で拝んで、紫式部人形に挨拶して、多宝塔から月見亭、芭蕉庵見て~帰りの下り石段。岩がキラキラ光っている。何だろうと見て、1円、5円、10円である。100円は1枚、500円の硬貨なく、ほとんどが1円玉、それで白く光って見えた。前になかったのに~と思いつつ小銭入れから1円玉ナンマイダー、3枚だあと置いた。類が類、これも1円玉の旅がらす。

 

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2021年10月18日 (月)

伊賀の郷土料理

Img_1670_20211018070001Img_1675Img_1681_20211018070101Img_1676Img_1684Img_1688Img_1749Img_1751_20211016094001 Img_1761Img_1762 Img_1763 郷土料理とは、土地の風土にあった伝統の味。今ふうに言えば、ご当地グルメ。秋田でキリタンポ、高知で皿鉢料理、京都でおばんざい、愛媛で鯛ソーメンなど、どの町にもあって、三重県の伊賀へ行って、ランチで豆腐の田楽味噌、ディナーで伊賀牛肉のバター焼きだった。

 

 伊賀で育った画家YSさん案内。昼の豆腐田楽は、文化年間創業という「田楽座わかや」。天井吹き抜けの古民家店舗、店主は11代目という。竹串に豆腐差し込んで、1000日仕込んだ熟成の味噌を塗る。炭火で一串一串、表から裏を返して、ご飯と一緒にという。店名の屋号は、はやり伊賀育ちの書家榊莫山さんの筆。田楽にも、店名にも、郷土の味あり。

 

 夜は元祖伊賀肉の「金谷」。<かなや>と読む。松坂でも近江でもない、この町の風土で育った伊賀牛。霜降りのサシより、赤身に旨味がある。すき焼き、網焼きもだが、バター焼きが一番人気だという。地元案内のYSさんおススメ、間違いない。座敷2階に仲居さん登場。鉄板で4人分のバター焼き、伊賀牛から入り野菜の数々である。茶碗に丸ごとの大根おろしにどぼっとつけて、伊賀牛肉の噛み味、なんと柔らかい。仲居さん、伊賀はいかがでした?。

 

 

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2021年10月17日 (日)

荒木又右衛門、仇討ちの現場

Araki_mataemon___bm_2008303700101 Img_1699 Img_1693 Img_1694_20211015092801 Img_1697 Img_1700 Img_1702_20211015093101 Img_1704 Img_1707  前から来ても、後ろから来ても、バッタバッタ…、講談では、なんとなんと36人斬りだったという。柳生新陰流の使い手、荒木又右衛門である。映画、演劇、講談などで、剣豪の名をほしいままに…。伊賀越えの鍵屋の辻で、上意の仇討ちに助っ人、その名を高めた。

 

 三重の伊賀へ行ったなら、芭蕉も忍者もだが、ぜひ仇討ちの現場へ~だった。富士すそ野の曾我兄弟、赤穂47浪士討ち入りと並ぶ日本三大仇討ちの一つだという。寛政11年(1634)11月の出来事である。興味津津、知人に道順を聞いて現場へ行った。伊賀上野城の城下町の西のはずれか、小さな森があり、右に伊勢、左に奈良の道標が立つ三差路だった。

 

 松の老樹と並んで碑が二つ。一つは「伊賀越復讐記念碑」と印し、高さは5、6㍍も。もう一つは2㍍ほど「史蹟鍵屋ノ辻」。二つで一つのような。一帯は公園化、どうして仇討ちなのか、経過を示す長文の看板があった。備前岡山藩、河合又五郎、渡辺数馬…そして決闘場面で又右衛門の登場…読み解きに時間かかった。仇待ち伏せの茶屋、コロナ閉鎖だったが古そうな資料館も。映画、TVで活躍の中村錦之助、高橋英樹らの又右衛門、ここに在り!。

 

 ※ 又右衛門36人斬りは講談上、実際は又五郎の用心棒2人斬り。

 

 

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2021年10月16日 (土)

芭蕉&忍者のまち・伊賀

Img_1656Img_1737Img_1713Img_1710Img_1665Img_1717Img_1725Img_1726Img_1729Img_1715 Img_1731Img_1734Img_1736Img_1741 宗匠頭巾の芭蕉さん、格好よく~と思えば、アラン?ドロン!と忍者さん登場、手裏剣シュシュシュ。城づくり名手、藤堂高虎の伊賀上野城がランドタワーの城下町、伊賀市である。昔が残る町並みを歩けば、芭蕉と忍者のイラスト看板が相次ぎ出て…、句あれば忍あり?。

 

 この町で小学生までという油彩画家YSさん、ふるさと初の個展。知人マイカーで大津の石山から行った。甲賀の信楽を抜け1時間半、近い。甲賀と伊賀、忍者ご縁でずっとむかし、合併話もあったが、いつの間にか煙に巻かれたとか。市内のYSさん個展を見て、実家がこの町という創作落語作家のSUさん案内以来の町歩き。坂道、お城のある上野公園へ向かった。

 

 芭蕉祭のポスターの掲示を見た。没年52歳、10月12日の芭蕉命日を偲んで~という。重文の俳聖殿。建物は芭蕉の旅姿イメージ。デジカメで覗くと芭蕉さんが浮かび出た。300円拝観の芭蕉翁記念館、忍の一字でスルー。見たかったお城の高石垣、反りようが美しい。忍者は町じゅうで出没する。喫茶店名で「忍び」、宣伝カーの屋根の上、今はマスク必修の顔出し看板、イラスト絵は伊賀名物の養肝漬け食べる芭蕉を目撃の忍者。~ようかんでなあ…~。

 

 

 

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2021年10月15日 (金)

「萬屋琳宨」の銅鑼焼き

Img_1574 Img_1576 Img_1575 Img_1572 Img_1583Img_1580 Img_1581_20211010085201Img_1588 Img_1579 どら焼きに夢があるという。いい餡がいっぱい詰まっているという。アンコ椿は恋の花?夢は楽しい笑いで叶うという。ノボリは「宇宙一のどら焼、DreamDrayaki」。店名は「萬屋琳宨」さん。大風呂敷を広げ、いや失礼、大看板を掲げて、目立っている。

 

 昭和57年(1982)創業のお菓子屋さん。京阪バスが走る山科・百々学区の大石道。真ん前は比叡山が見えなくても比叡タクシーがある。自宅から歩き3分ほど、ご近所と言えばご近所。店名の「萬屋凛宨」は「よろずや・りんちょう」と読む。時代劇俳優、中村錦之助が一時名乗った「萬屋」。多種多様な技ありという。「琳宨」はその道一筋、奥深いという。

 

 「という、という」という次第で、大看板が気になり、どら焼き買いに行った。どら焼き、漢字で銅鑼焼き。円盤状、カステラ風、生地二枚重ね、餡が詰まっている。語源は打楽器の銅鑼が有力という。ドラえもん、麻雀のドラ、♪~ドラドラドラ…ドウラア~♪は、およびでない。生地に「夢」の文字、餡は北海道大納言小豆に栗の甘露煮入り。10年かけて仕上げた餡という。職人の心は、餡に始まり餡に終わるという。「萬屋」さんの餡、あんたが大将?。

 

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2021年10月14日 (木)

初めてのステーキ割烹

Img_1531 Img_1532 Img_1535 Img_1541 Img_1542 Img_1543 Img_1544 Img_1545 Img_1546 Img_1549 何たって、松喜屋だもんね。えっ?ご存知ない。近江牛専門店の松喜屋さん、すき焼き、網焼き、ステーキ…、どれも高級肉や。食べたのかって!。そう、食べたね。鉄板焼きいらい、もう7、8年になるかなあ。注文は和ふうステーキ割烹。そらあ、素敵やった??。

 

 牛肉、ここ暫く縁がなくって…。それで大津へ行ったおりに松喜屋へ。大津のどこか言うと、瀬田の唐橋の近く、京阪石坂線を超えたとこ。昔の東海道ぞいやな。知らんかったけど、4年前に民家ふうの3階建て新館。店は明治に東京銀座のすき焼き店を出して名をあげ、大正から昭和へ宮内庁御用達とか。「近江牛」の名を全国に広めた老舗。いまの店主は4代目。

 

 前置きはこのくらいかな。ステーキ割烹、値段別に雪・月・花とあり、真ん中の月。肉は上質のヒレ、関東ではヘレちゅう。値段?、それ、それ、大事なとこや。気になったけど、たまにはパッといかなと。まあ、だいぶした。近江牛の割烹、先付、八寸、牛肉のぬた和え、牛肉の唐揚げ、季節のスープ、サラダと出て、ステーキや。所謂、メーンディッシュ。焼きはミディアム、赤みすこし残って、そらあ、もう…ジュワッと。こんどは何年先?かなあ。

 

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2021年10月13日 (水)

女神さま、勢揃い

Img_1592_20211012085501 Img_1593_20211012085601 Img_1615_20211012085801 Img_1614 Img_1597 Img_1594 Img_1606_20211012085701 Img_1607_20211012085701 Img_1601  女神さま、女神さま…、インド、ガンダーラ、メソポタミア、日本…、アジアの女神さまが勢揃いして、それはもうウットリである。西本願寺前の龍谷ミュージアム開館10周年記念の特別展。吉祥天、弁才天、鬼子母神、観音菩薩…女神のみなさま、ようこそここへ~。

 

 長い簾の陶器の表玄関、よく目立つ。龍谷大が経営する仏教専門の総合博物館。地下から入って、蓮を傘に2匹のカエルが出迎える。「10」のアニバーサリー看板、コロナで自動検温、名前書いて、EVで2階、3階の展示会場へ。色んな女神さん、どう見たらいいのか。パンフで「世界各地で人が最初に作った人間の姿は女神です」と、学芸員は解説している。

 

 始まり、女性土偶だという。北シリアの土偶が並び、日本は山梨県で発掘の円錐形土偶。縄文時代の前3千年。お腹が大きく「子宝の女神・ラビィ」と名がつく。ラビィはフランス語で命とか。顔見ていると、覆面の悪役レスラー、デストロイヤーみたい。豊穣、多産の女神。インドから聖樹に宿るヤクシー、闘う女神・ドゥルガーも来ている。観音菩薩はインドで男性、中国、日本と渡り来て、女性に変身とか。吉祥天、弁才天…みなさま、お美しい。

 

 ※ 展覧会は11月23日まで。

 

 

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2021年10月12日 (火)

フジバカマに蝶

Img_1830_20211011091501 Img_1827_20211011091301 Img_1807 Img_1826 Img_1820 Img_1821 Img_1822 Img_1813 Img_1482 Img_1483  こちらと思えば、またあちら…、羽を閉じて、広げて…。蝶さんが花から花へ。真ん前の写真撮り気づかず、長い舌の管を出して、夢中で花の蜜を吸っている。花は日本書記、万葉集、源氏物語にも出て来るフジバカマ。秋の七草の一つ、漢字で藤袴。蝶よ!花よ!と見た。

 

 秋なのに夏の如く、帽子必修の出歩き。京都御苑へ市役所前から寺町通りを北へ、西国33所観音霊場、19番札所の革堂こと行願寺へ来て~である。門前から本堂へ向かって、参道に赤いカーペット。両側に鉢植えのフジバカマが並ぶ。紫色のノボリは「香りが町を包む藤袴祭り」。お隣の下御霊神社など寺町通一帯、数年来の恒例行事で、行願寺はメーン会場。

 

 フジバカマ、絶滅危惧危機種からの再生化、町を挙げて~である。枝先にフワフワ綿のような花、海を越えて1千㌔のアサギマダラがよく来る。行願寺本堂前、フジバカマを白い幕で囲って、蜜集まりの密回避、コロナ禍対策という。除災招福の紙絵巻、絵はアサギマダラ。行ったおり、黄色い羽が綺麗なツマグロヒョウモンが蜜を吸いに来ていた。その前、若沖展の相国寺美術館前、鉢植えにアサギマダラが来ていた。再生フジバカマさん、モテてま~す。

 

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2021年10月11日 (月)

老朽化、三条大橋を検証する

Img_1348Img_1350_20211009094801 Img_1351_20211009094301 Img_1352   Img_1357 Img_1358 Img_1359_20211009094701 Img_1362  三条大橋は「昔」があって「今」がある。日本を代表する橋、どれだけの人が行き来したか。その「昔」から「今」へ、木製欄干の劣化がずいぶん、激しいという。京都市は来年度から70年ぶり改修に入る。鴨川テクリ、下流から北へ歩き、三条大橋傷みのほど現場検証した。

 

 改修費は4億円かかるらしい。国の補助金2億円に加え、ふるさと納税1億円、財政難の京都市1億円。改修設計すんで、まずは朽ち始めた木製欄干から始めるという。新聞報道で読んで、ネットでも点検した。ふるさと納税、おおかた目標に届いたという。秋なのに夏の気温が続く昼間、七条大橋から歩いた。五条、松原、団栗、四条大橋を過ぎて~である。

 

 夏の陽光、川がキラキラ光り、三条大橋が見えた。欄干が黒ずんでいるけど、やはり歴史の橋、どこか風格がある。橋下をくぐった。石の脚柱がモザイク、鳩が1羽、2羽と日陰で一服、写真コンテストに出せそう。橋の北側から上がって、駅伝発祥の碑。北東側に橋由緒の立て札。現在の橋は昭和25年(195)の改修当時のままという。長さ74㍍、東から西へ渡った。台湾ヒノキの欄干、所々で割れ、捲れて、穴が開いて…、こらあ~直さないと。

 

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2021年10月10日 (日)

うまかった醤油ラーメン

Img_1330 Img_1321 Img_1320 Img_1322 Img_1323 醤油スープ、いいやん。まろやかやん。京都風か、そやろなあ。白ネギのあしらい、ヤギさんのヒゲみたい。格好いいやん。チャーシュウ、柔らかいねえ。特製やって、いや、これはいける。シナチク、これもいい。中太の麺、コシがあるねえ。自家製やって、そやろなあ。

 

 褒めすぎかなあ。そやけど、ほんまにうまかった。神戸・叔母の法事帰りやった。阪急四条河原町駅降り、京阪のバス停へ行って…。バス待ちしていて、向かい側に新規開店のラーメン店が見えて。開店祝いの胡蝶蘭がいっぱい。夕方、空腹感、好きなラーメン、トイレにも行きたい。101歳で逝った叔母が~好きなんやったら行ったら~と言っているような。

 

 横断歩道は遠いし、車のない時、走り渡ってねえ。隣の京阪経営の複合ショップで用足して…。カウンター席は7つ、一番奥に座って、醤油ラーメン850円。お店は「麺屋優光」言うて、なんか知っているような。たずねたら烏丸御池のNHK南にあるお店のグループ店やった。そやそや、入ったことあると思い出した。淡竹、真竹…のメニュー、よう流行ってた。ここは開店1週間、向こうとメニュー名変えて~と言うてたけど、まあ、うまかった。

 

 ※ 醤油ラーメンの麺屋優光グループは2017年に烏丸御池に始まり、一乗寺、河原町、大津雄琴と出店、いま、名古屋にもという。

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2021年10月 9日 (土)

鎌足ご縁の宇賀神社って??

Img_1000Img_1001  Img_1175 Img_1180 Img_1192 Img_1185 Img_1181_20211007093701 ~ここは参道、東へ300㍍で、藤原鎌足に由緒の宇賀神社~だという。京都駅八条口南の歩き、竹田街道札の辻で、古い立て札を見た。「宇賀神社」?聞いたことがないが、近くの饅頭屋さんは銘菓・宇賀の月を販売している。鎌足ご縁というし、どんな神社か行った。

 

 歩いて200㍍、300㍍…神社ないなあと思ったら、斜めへ脇道にあった。石の鳥居、狭い境内に拝殿、本殿…、神主さんも禰宜さんもいない。御朱印もない。本殿東裏に楠の巨木と並んで樹齢600年のムクノキ、ご神木の注連縄が巻かれている。鎌足との関わり、木札の由緒書きを読んだ。飛鳥の時代、鎌足がこのあたりで狩猟中、金印を発見したという。

 

 鎌足は縁起のいい金印、この土地はきっと将来、栄えると金印を埋めて塚にした。100年後に都が平安京に。鎌足予告通りになり、塚の上に社殿が建った~と、山城名勝誌に書かれていると。藤原一門は大いに栄え、藤原家の中核、九条家は宮廷で重きをなし、この一帯で明治の代まで屋敷が並んでいたという。宇賀神社の創立年は分らないが、京都では最古級のようだ。境内静寂、人はいない。賽銭箱のない本殿で2礼2拍1礼、拍手がやけに響いた。

 

 ※ ご近所の皆さん中心に敬神会という組織あり、毎年9月に祭礼がある。祭神は天照大御神などで、五穀豊穣、東九条村の産土神という。 ※ 銘菓・宇賀の月は二葉軒で販売。

 

 

 

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2021年10月 8日 (金)

天津飯なら~

Img_1443 Img_1441 Img_1427_20211006092701 Img_1429 Img_1433 Img_1436_20211006092801 Img_1435_20211006092801 Img_1444 マルシン飯店と言えば、天津飯という。天津飯と言えば、マルシン飯店だという。この天津飯に餃子一人前を加えれば、ワンでなくツウという。何処にもありそうな下町の中華屋さんだけどいつからか、この天津飯目当てに店前に客が並びだした。いつもいつも~である。

 

 京都の東山通り三条下ルに店がある。経営は二代目の前川流史郎さん。昭和52年(1977)創業なので44年目。東京の建築会社で働いていた前川さんが17年前、27歳で戻って来て、父から任されたという。そのいきさつ、ご本人がHPに写真付きで登場して、詳しい。SNS発信か、その旨さゆえか、雑誌・TVにもよく出だして、いまや人気が安定している。

 

 歩いて通るたびに並びを見ていたが、月曜の午後回って、並びがない。これは、チャンスと入った。店内はいっぱい。1人!と言うと、4人掛けテーブル、コロナ感染対策で真ん中に仕切り立てがある席へ~と。初めてだったが、天津飯と餃子1人前!とツウぶった。狭い通路の隣も斜め前も後ろも…天津飯のようだ。フワフワ玉子にトロトロの餡たっぷり、餃子はこんがり…、評判どおりか、どうか。舌の先、口の中…どうや、どうや。並びがわかった。

 

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2021年10月 7日 (木)

鼻緒とスニーカー

Img_1403_20211005085701 Img_1401_20211005085301 Img_1400 Img_1399 Img_1395 Img_1393 Img_1386 Img_1385 Img_1384_20211005085101 Img_1382 履き物世界の伝統と革新というのだろうか。白いスニーカー、つまり運動靴になんとなんと鼻緒が一つになっている。下駄や草履にすげるあの鼻緒である。これが、京都ブランドになり、東京でモテテ、いま海外へ進出中だという。見よ!足元~、ファショナブルなるぞ!。

 

 京都大丸の地下通路ウインドウ。展示は「HANAO SHOES JAPAN」だという。京都市立芸術大と和解なって、晴れて京都造形芸術大改め、京都芸術大の伝統文化研究所の皆さんが47都道府県の染織物を調べ、一つ一つ鼻緒にして、白い靴にすげて展示した。宮崎は薩摩木綿、愛媛は伊予絣、岡山はデニム、秋田は八丈織…47の伝統織が並んでいる。

 

 ぶら歩き、四条烏丸から四条通りを地下へ降り、展示の発見だった。ウインドウ15㍍近く、南から北へ2段陳列ずらり。歩く人の注目度は高い。南座改修で、都をどりが当時の京都造形芸大「春秋座」で開催のおり、ウエルカムアートで披露されたのが始まりという。2017年、4年前である。業者さん、これは行けると「ホールラブキョウト」と名付け、新しい京都ブランドに~という。履き物革新、クツクツ笑うべきでない。笑うならゲタゲタ?。

 

 ※ 展示は10月5日で終了。

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2021年10月 6日 (水)

五条大橋下に群れる鯉

Img_1405 Img_1407_20211004082801 Img_1410_20211004082801 Img_1411 Img_1420 Img_1421 コイまたコイである。フランク永井はこいさんのラブコール、丁稚の大村崑は番頭はんがちょっと来い、花札ならコイコイ、池の中の鯉…と故意に続けて、紹介する話は、京都鴨川の鯉である。昔は五条大橋の上は牛若・弁慶、今は橋の下に鯉が群れる。背びれが濃い。

 

 はるか比叡山が見え、橋は車の行き来が多い国道1号、透明度が高くなった川は国の一級河川。歩き帰り、京阪五条のバス停へ、橋の北側を通って、いるかな、いるかな~と欄干の手すりに寄りかかって、橋の下を覗き込む。まず期待どおりいる。1尾2尾どころではない。10尾、20尾、30尾…、どうしてこんなに~と思うほどいる。橋上からよくよく見える。

 

 ときおり、ぴょんと跳ねて、川が渦になる。真ん中より左岸側にいる。流れゆるい浅瀬側、水はきれい。黒い石かと思うほど、点々としている。じっとしていたり、ちょっと泳いだり…。コイ目コイ科の野鯉らしい。雑食、石の藻はもういいというほど食べるという。冬眠?水温が10度以下になると、何も食べないらしい。鴨川の増水、濁流の時はどうしているのか、五条大橋下だけにどうしてこんなにいるのか。ご教授のほど、なにとぞ、乞い願いたい。

 

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2021年10月 5日 (火)

再興106回院展、同人作家の作品は~

Img_1218 Img_1219 Img_1221 Img_1223 Img_1225 Img_1227 Img_1237 Img_1238 Img_1249_20211003091201 Img_1253 Img_1257 秋恒例の再興院展、会を支える同人作家の皆さんは、どんな思いで、絵筆をとったのだろう。再興といっても横山大観らが始めた大正9年(1914)から今年で106回展、京セラ京都市美会場で見た。同人作品32点、近づいてキャプション読み、離れて写真を撮った。

 

 同人は名を成した作家さん。遡れば、大観、古径、青邨、片岡球子、小倉游亀、平山郁夫…、その流れをくむ現役同人。会場に一般公募で入選作品と一緒に並び異彩を放つ。美術画廊で作品値段は300万、500万…。市美会場を回り、これ幾らと足を止める心根が寂しい。絵は絵として見なければ~。斎藤満栄さん「薄墨桜」。樹齢1500年の生命力を描く。

 

 叙情絵が多い毛塚雄二さんは「月之葉」と題し~それは明るい夜のことでした~とキャプションがさりげない。下田義寛さんは剣岳、清水幾三さんは立山。院展大御所2人が偶然、山に魅せられた。田淵俊夫さん「春爛漫」は、コロナ消え、こうなれば~と。西田俊英さん「夢幻に候」は、闇夜の風に身をまかす藤、女神のようと。倉島重友さんは信州佐久のコスモスの丘、小田野尚之さんは新緑の頃のディーゼルカーなど。なんぼやろ、アカン、アカン。

 

 ※ 京都市美での展覧会は10月3日で終了。島根の足立美術館など全国へ巡回する。

 

 

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2021年10月 4日 (月)

ホンワカした花屋さん

Img_1162Img_1157_20211004063701Img_1158_20211004063601Img_1152Img_1149_20211002091501Img_1148Img_1147Img_1146 Img_1143 どこか、なんか、ホンワカしている。「よいはな~花善」という店名の花屋さん。チャップリンの写真、おバア登場の百物語、セルフサービスの赤いポストがあって、花、花、花…を売っている。小さな花束、なでしこ、ベゴニア100円、ジャスミンは200円…。

 

 人口12万7千といっても京都の田舎といわれる山科。花屋さんの隣に刈り入れの田んぼ、藁干しが見える。討ち入り内蔵助を祀る大石神社に近い。餃子の王将、社長射殺の現場にも近い。内蔵助一力通い記念、新旧二つの大石道があって、花屋さんは新しい方で、京阪バス停、百々学区の射庭ノ上町。歩き、遠回りコースの一つ。花屋さんはトタンのスレート葺き。

 

 歩く流れ、つい店の前で佇んでしまう。セルフポスト「自分のことは自分でする」。背筋が伸びる。英国でチャップリン男と一緒は、花屋のご主人?。「愛がすべてです」と。どんな思い出があったのか。~昔、昔…村におバア~の百物語紹介。~六つの地蔵さん掃除、花一輪を飾り続け、ある朝「感謝」の前掛けが家の前に…、末永く幸せに暮らしたとサ~と。よい花のよい話。店先は月下美人、老爺柿、旬のコスモスなどなど…、♪~花は花は~花は咲く~♪。

 

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2021年10月 3日 (日)

「大東亜戦争記念」の石碑

 Img_1071 Img_1072 Img_1074 Img_1073 ツツ…ツツ…、「新高山登レ1208(ニイタカヤマノボレ・ヒトフタマルハチ)」の暗号電、ツツツ…。昭和16年(1941)12月8日、米ハワイ真珠湾攻撃。あの戦争の始まりからあと2か月で満80年。あの戦争、今は「太平洋戦争」という「大東亜戦争」である。

 

 東山の京博から鴨川の七条大橋を渡り、河原町を超え烏丸通まで来て~である。目の前、京都タワー、南側に京都駅正面、北西に東本願寺である。日々の歩きは気ままな足任せ、信号を西へ渡って、七条通りより一筋北、東本願寺南側の堀端へ行った。「淀姫」という品種の蓮が開く堀である。公衆トイレから50㍍歩いて、「大東亜戦争記念」と刻まれた石碑。

 

 高さは2㍍、本願寺筑地裏門橋の堀端である。何時、何処で、誰が、何を、Whyのなぜ~の5W1Hで石碑を見ると、誰は?この辺りの東仲町内会、何時?は石碑の横に「昭和19年7月」とある。開戦から3年、戦線は悪化、婦女子の竹槍の時代に入って、やりきれなくなっている。石碑の上に小さな穴がある。何を?なぜ?は国旗掲揚台らしいが、町内のお年寄りも5つ、6つの時、詳しくはわからない。「大東亜戦争記念」の「記念」文字が辛い。

 

 ※ 「大東亜戦争」も「太平洋戦争」も同じ戦争を指した名称だが、当時の日本政府は閣議決定で「大東亜戦争」と命名。戦後、GHQは「大東亜戦争」と呼ぶこと禁止、代わりに「太平洋戦争」の名称を使うように強制した。

 

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2021年10月 2日 (土)

「ウイルスフリーミスト」

Img_1093 Img_1095 Img_1096 Img_1097 Img_1098 Img_1100 Img_1102 Img_1105 なんや、なんや、このモヤモヤ!。煙?ボヤ、ちゃう。ボオッ!と汽笛鳴って蒸気機関車の煙?そうでもない。ゴホン、ゴホン…石原裕次郎が歌う霧にむせぶ夜。そんなわけないし、一体なんなん?と確認すると、コロナをオゾンで封じる「ウイルスフリーミスト」だという。

 

 京都で一番広い駅地下の複合商店街・ポルタ。もう年賀状か、来年の干支はトラ、阪神優勝どうなっとら?あ~と、京都中央郵便局前から、地下街へ入って~である。地下街のコロナ対応、サーマルモニターで体温チェック、ついでに映った我が姿をデジカメ撮りして、ポルタ真ん中のイベント広場へ来て、足の長い石原裕次郎。霧、もや、かすみ~なんやである。

 

 モヤモヤの白い霧…、ポルタと神戸大学が共同研究したウイルス菌を除去するフリーミスト、安心して買い物を~という。コロナ菌も元気なくなり、不活になるはずだという。北西側4つの吹き出し口、研究成果の低濃度オゾンが絶え間なく噴出している。夏場のターミナル設置、冷房ミストと同じよう。モヤモヤ霧に触れれば、コロナウイルス菌除去となれば、触って、触って…。裕ちゃん記念、霧にむせぶポルタ。何時までも何時までも…きりがない。

 

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2021年10月 1日 (金)

老舗菓子店のかき氷

Img_1030Img_1035_20210929084201Img_1052Img_1049Img_1048Img_1039 創業慶応元年の菓子屋さん、甘春堂東店の店先にかき氷の看板が出ている。いちご、みぞれ、宇治金時…ふわふわだという。写真は赤いいちごに白玉が3個乗っている。毎月「8」の日に骨董店などが出る豊国神社の「おもしろ市」見て、正面通りを西へ歩いて~だった。

 

 秋の天気は気まぐれ、気温の変化が激しい。昨日は20度で冷やっとしたのに今日は29度、汗がでる。出歩き5つ道具、デジカメ、スマホ、文庫本、財布に加えてのハンカチを忘れて出た。秀吉朝鮮出兵のレガシー、耳塚・鼻塚遺蹟のある南側を歩いて、分離帯のむこう、かき氷の看板が目に入った。老舗菓子店のかき氷、秋とはいえ夏…、横断歩道を渡っていた。

 

 老舗らしい店構え。格子、床几、和傘、臼…。かき氷の立て看、まじかに見た。名物の大仏餅乗せ黒糖きなこ金時は900円という。心は動いたが、のれん分けて入った時は、600円のいちごを注文していた。客のいない店内、奥で氷を削る音がして出てきた。真っ赤に盛り上がって…夏。写真撮りして、さじ加減せず口に入れても頭はキーンとしない。上質の天然氷の証しという。店奥の貼り紙は「災い転じて、福となれ」。コロナは、こおりごおり?。

 

 

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