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2019年9月

2019年9月30日 (月)

遅かった彼岸花

Img_5898 Img_5918 Img_5900 Img_5845  Img_5754 Img_5734 彼岸花さん、まだかなあ~だったけど、出てきた、出てきた、やっとニョキニョキ出てきた。お彼岸の頃に咲くから「彼岸花」と言うのに1週間も10日も遅れて、どうしたん!。気象台によると~今年は、残暑が長く、秋はまだや、まだや~と思っていたみたいとか。

 

 温暖化、季節感も狂わすんやなあ。そやけど、まあ、何時ものように細い髭伸ばして、出てきてよかった。朝日新聞の天声人語士も心配して、この間、書いていたなあ。すっとした立ち姿、鮮やか赤い色…、どこか妖艶で妖気なので、曼珠沙華、キツネタイマツ、オイランバナ、ユウレイバナ…など地方での呼び名は、数百とも千にも及ぶんやってねえ。

 

 毒があるとか、薬になるとか、種撒いて咲かすとか…色んなこと言われるけど、出歩いて何時もの所に咲きだすと、安心する。西本願寺の天然記念物指定の銀杏回り、白い彼岸花も出て紅白はめでたい。お彼岸の日に行ったおり、ちょっとだったけど、いつもどおり出てきた。東本願寺の濠沿い道路も咲きだして、遅い分、元気なさそうも、気品があった。刈り取りすんだ田んぼの畔、通りがかった路地…、遅かったけど、よう出た!、よう出た!。彼岸花、悲観せずによかった?。

 

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2019年9月29日 (日)

雲の秋にワクワク

Img_5738 Img_5730 Img_5751 Img_5752 Img_5747 Img_5838 Img_5798 Img_5790 Img_5759  秋が空なのか、空が秋なのか、白い雲はいま、多彩に変わる。歩きながら見あげて、秋が来てまるであきない?。楽しい、面白い。画布は青い空、筆は白い雲。いつ、どこで、どんな絵を描くのか。一瞬、二度とないタッチ。雲の秋、秋の雲にワクワクする。

 

 毎日の出歩き、仕事でないのに仕事にして一日最低8千歩を目標に歩く。横断歩道で止まり、走る車、歩く人にも気を配って、空を見上げる。秋の空は、村上春樹の如く、限りなく透明に近いブルー。NHK朝ドラ、北海道・十勝の「なつぞら」は終わり、滋賀・信楽の秋へ移り、スカッと「スカーレット」。主役・なつ、そらあ~、良かった、暑かった。

 

 この雲、この雲と、その一瞬をデジカメ撮りの雲の写真が沢山ある。パソコン古くなってきたが、まだ巣は張っていない。パソコン画面上、苦も無く並べた?。西本願寺境内へ入って、御影堂と阿弥陀堂の大屋根の上、縦に横に動きが激しい。東本願寺から烏丸通りを北へ。御池のNHK放送局あたり、俵屋宗達の風神雷神、海北友松の雲竜で出てくる雲の如く渦巻いていた。建仁寺の石畳から見たのは印象派ミロの画、よく見ろ?。みんな、あの時、あの一瞬が雲の秋、青春のよう。

 

 

 

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2019年9月28日 (土)

太田治子講演、父・太宰治と母・太田静子を話す

Img_5682 Img_5663 Img_5660 Img_5677 Img_5672 Img_5679  Img_5674 Img_5784 著述家・太田治子さんは講演でどう父を語るのだろう。父は太宰治。いま、太宰の小説「人間失格」が映画化、話題になっている。~ベストセラ―の裏側、太宰治と3人の女たち~の女性のひとり、静子が太田治子さんの母。その講演は、母の故郷、滋賀県愛荘町であった。

 

 会場は保存運動の展開で、今も残る大正時代に出来た旧愛知郡役所。往時の役所、滋賀だけでなく近畿にもない。「ゆめまちテラスえち」として、地域活用されている。太田講演は知人から案内が届いて行った。太田さんのお母さんはこの町の医院の4女、今年で創立110周年の愛知高校を卒業している。お隣の新しい役所前に式典開催、卒業生参加呼びかけの横断幕があった。

 

 ブルーのワンピース、小さな机演題の太田さんは、今71歳。NHK日曜美術館の初代アシスタント、小説のほか美術の著書多い。母の故郷ご縁4度目の講演。演題は絵画を随想した著作「幻想美術館」だったが、母ひとり子ひとりのかぎっ子、貧乏生活、母はまるでお嬢さん…など、母との思い出が中心。父の本名・津島修治の一字もらっての治子として「あの映画みていない。父役は私のファン、田村正和さんが良かった」など、語りは少なくだった。

 

 ※ 太田治子さんの母、静子さんは、愛知高校卒、東京に出て向田邦子と同じ実践女子大中退している。太宰治の人気小説「斜陽」のかず子が静子さんもモデル。太宰は静子さんの日記を入手して、小説にしたという。太田静子、昭和57年(1982)69歳没。

 

 

 

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2019年9月27日 (金)

湖東の「愛知川」へ行く。(下)

Img_5691 Img_5639 Img_5685 Img_5687 Img_5697 Img_5698 フランス・ルーブル美術館に肖っての「るーぶる愛知川」。近江鉄道愛知川駅の庁舎の中がギャラリー。展示は毎月変わり、この9月は小林淳二さん(82)の水彩画展。あいしょう(愛荘)絵画展グランプリ受賞者で、静物、風景など…、滲みを効かせた水彩の筆が冴えている。

 

 企画展示は平成12年春の開廊からで、もう18年目になる。町も県も超えて、著名作家の展示作品多く「るーぶる」の名に恥じない。一級河川・愛知川は町の象徴。広く、大きく、長い。近江の川は、野洲川、安曇川、姉川、瀬田川もだが、英語スペル「Echi River」を忘れては~である。中山道愛知川宿は、この川の増水で、よく川止宿になり、繁盛した~と記録にある。

 

 町おこし、街道の要所、要所に「むらじまん」の案内表示。その一つ、恵智川宿の提灯が玄関にかかる日本料理「竹平楼」。明治天皇が2度も休憩して成績よく、聖蹟の宿という。天皇休憩の部屋見学は申し込みという。愛知川へ南の入り口に架かる橋は、むかし無賃橋、今は改修なって御幸橋。五個荘・簗瀬との町境である。ここで洒落一つ。「ちょうですか」。ガチャコンと走る近江鉄道と230㌔の新幹線の鉄橋が並ぶ。速さではない。今昔の比較が、わかりいい。

 

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2019年9月26日 (木)

湖東の「愛知川」へ行く。(上)

  Img_5659Img_5643Img_5650Img_5654Img_5637Img_5655_20190923084301     古くは中山道の愛知川宿、旧愛知郡役所…、新しくは愛知中学、愛知高校…、昔も今も愛知川…、これみんな、滋賀県にあって「えち」と読む。愛知県の「あいち」とは読まない。発音は、英語の「H」に近い。そこは何処か、この間、町歩きしたので、紹介しよう。

 

 JR能登川駅から近江バスで行くもよし、JR近江八幡駅から乗り換えて、近江鉄道で行くもよし。東近江市と彦根市に挟まれた湖東の「愛荘町」。愛知川町と秦荘町が平成合併して誕生した。人口規模から市に成らず町。侃々諤々の新町名、二つの旧町名を切り取り、愛荘町。どう読むかで「あいしょうちょう」。えち読みも、秦(はた)も消えてた。

 

 秦と困ったけど、しょうがない?。二つの町、相性がいいから愛荘にしよう~だったのか。町の起点は近江鉄道の愛知川駅。庁舎は観光案内兼ね、ギャラリーもあり、フランス風に「るーぶる愛知川」と名付け、格好いい。駅前ポストは地元の伝統工芸品、びん手まりを模って、現役の集配業務中。町じゅう、自慢のびん手まりデザインが多い。なかなか来ない近江鉄道に平行する新幹線、何本もシュッと行く。中山道65番目の宿「えちがわ」、あいちじゃない。<続く>

 

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2019年9月25日 (水)

長崎ちゃんぽんは「茶袴(ちゃこ)」

Img_5622 Img_5634 Img_5633 Img_5628 Img_5621 Img_5623 どうして、店の名前が「茶袴」と書いて「ちゃこ」なんだろう。店内に入って、長崎で生まれ育ったおふくろさんが作る長崎ちゃんぽん、箸を進めつつ~である。白濁した出汁、玉葱、人参、葱、海老、イカ、豚…、海と山のものが混ざったちゃんぽん、ちゃんとして美味しい。

 

 店は、JR琵琶湖線能登川駅東口の真ん前。愛荘町の講演へ、一時間一本の近江バス待ちで入った。土日は昼間だけ営業、メニューはちゃんぽんか、皿うどんか、一つ1000円で、この二つだけという。店前の幟も、ちゃんぽんと、皿うどん。店内は長崎取り寄せの麺のポスター、平日夜は居酒屋になって、長崎の芋焼酎「じゃがたらお春」などが並んでいる。

 

 中日新聞が毎月1日だけ発行の別刷り「びわこ新聞」にお店の記事が載り、ラッピングしてある。経営は大倉さん夫妻で、奥さんが長崎出身の久子さん。開業から20年。食べつつ、記事を読み切ったが、店名の由来が出ていない。箸をおいて、久子さんに店名由来を聞いた。~開店当時、ゴルフ女王だった樋口久子の愛称がちゃこ、私は同じ久子なんで~と。じゃあ「茶袴」の漢字は?とさらに聞くと、~それは単に当て字です~。さすが、ちゃんぽん作りが上手い!。

 

 ※ 樋口久子(1945~) 日本女子ゴルフの先駆け、1977年に全米女子プロ制覇など優勝回数73回は日本歴代最多。 

 

 

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2019年9月24日 (火)

「飲み」かな「呑み」かな…。

 Img_3318 Img_5577 Img_5572 Img_5508 Img_5506 Img_5454 Img_5355 Img_5342_20190921083301 このところ「飲み」なのか「呑み」なのか、気になっている。片仮名の「スタンド」と平仮名「のみ」だけもある。さすがにノミ・シラミはないにしても、立って一杯の店が増えてきて、その看板がややこしい。仲間に角打ち、スタンディング・バー…何とも、まあ悩ましい。

 

 もう10年ほど前だろうか。滋賀県全体でかもしれないが、大津市内に初めての立ちのみ店、赤提灯のスタンド林屋と前金制のライオンが二軒ほぼ同時に開業した。JR大津駅から1分、ライオンは今年、石山移転したが、林屋は奥に座る部屋も出来、頑張っている。滋賀県庁前に勤め先があり、林屋には勤め帰りに毎晩のように行った。その立ちのみ癖が今も続き、看板を見ると、気になって、気になって…。

 

 なんでそんなに~と言われれば、値段の安さ、一人で行ける気安さかな。同好の士が多いのか、この4、5年店が増えてきて、出歩いたおり、ちょいと入ったり、看板比べで写真を撮ったりした。「立ち呑み 庶民」「立ち飲み えにし屋」「三条スタンド たけ屋」「天空の立ち呑み とさか」「立ちのみ いなせや」「立呑処 へそ」…、看板はどちらかというと、「飲み」は「呑み」に飲まれて、ビールを飲んで、涙を吞んでいる。いや、誠にややこしい。

 

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2019年9月23日 (月)

源氏物語千年紀記念の石像

Img_5513 Img_5514 Img_5518 あの石像、男性は光源氏だろうけど、抱かれている姫は誰だろう。葵の上、藤壺、女三の宮、空蝉、夕顔、六条御息所…、源氏物語に登場の姫は一杯だしなあ~と石像のそばまで行って確認すると正妻・紫の上。第十二帖、源氏が須磨へ隠棲、別れの抱擁シーン再現という。

 

 京都岡崎、「みやこめっせ」正面西側の広場。京近美、図書館、市美別館など出て、疎水方面へ歩くおり、いつも石像前を素通りしていたが、一度しっかり見ておこうと行った。囲いは竹笹、萩も咲きだしている。黒御影の石碑は「源氏物語が世に出て一千年、ここはゆかりの地・京都」とある。2008年に京都石材業協同組合30周年記念で寄贈と出ていた。

 

 源氏が「身はかくて…」と詠み、「別れても…」と返す紫の上の和歌が刻まれている。眼をつむり、源氏の胸に顔を埋める紫の上、しっかり抱き寄せる源氏…、2千円札の図柄になった源氏千年紀を彷彿する石像である。~千年前のベストセラー、千年経っても面白い~と帯にある阿刀田高著「源氏物語を知っていますか」。何時買ったのか、書棚にあって、今頃ページ開いている。500頁、54帖。複雑な源氏の女性関係、本命は紫式部の自作自演かも。

 

 ※ 石碑に刻まれた和歌。源氏「身はかくて さすらへぬとも 君があたり 去らぬ鏡の 影は離れじ」紫の上「別れても 影だにとまる ものならば 鏡を見ても なぐさめてまし」

 

 

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2019年9月22日 (日)

クマが出たあ!

Img_5043 Img_5045 Img_5040 Img_5047 Img_5051 Img_5050 Img_5053 Img_5413 クマが出たあ!どこに出た?北海道、動物園、北極、南極…どこに出たか、そんなデータはないけど、クマが出た。京大熊野寮のフェンスの看板絵。両手を広げて、いらっしゃい、いらっしゃい、「KUMANO BON DANCE FES」にいらっしゃい!と出た。

 

 京近美、図書館、ロームシアターの岡崎から疎水沿い、北西へ歩いて、京名物・八つ橋屋さんが多い熊野神社近く、東大路丸太町。そこから西へ、京大熊野寮前を通りががって「←上級者入り口」の案内。その入り口は?と何処と探したが、鉄柵と鉄柵5㌢ほどの隙間がそうらしい。これは難関?入らず、見るだけ。立て看板は寮正門挟んで、クマさん中心に鉄柵沿い20㍍は並ぶ。

 

 毎年のこの時期、熊野寮生とご近所が触れ合う「くまの夏祭り」。前期はお絵描き、歌合戦、後期は盆踊り。立て看は大学側がアカン言うても、様々に立って、クマ祭り前期の参加者数は2114人と報告の看板も。お絵描きの写真報告は、みんなで大きな鯉、来年もみんな来い!か。ずっと端っこの立て看はウオッツ~と「シン・ゴリラ対決」。ゴジラでないゴリラ研究第一人者の京大・山極寿一総長を意識、クマVSゴリラ、真(シン)の対決が近い。

 

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2019年9月21日 (土)

古備前の徳利、銘は「トシワスレ」

Img_5487 Img_5482 Img_5327 Img_5326 Img_5338 この徳利、どう見たか。そりゃあ、ゆっくり、うっとり、とっくり…。16世紀から17世紀、桃山時代の古備前。姿形を眺めつつ、独酌でちびり、ちびり、味わいが深そう。名品ゆえに銘まで付いている。なんと、その銘「トシワスレ」。年越しで一杯、この銘も、うめ~い。

 

 滋賀県信楽、「MIHO MUSEUM」の秋季特別展は「The 備前」。東京近美に始まり、全国六古窯の地域を巡回、益子の栃木、萩の山口に次いで、信楽は4会場目、13日の内覧会へ行った。展示は古備前から現代へ、MIHO所蔵含め160点。茶碗、水指、壺、陶板など、炎で焼しめられた土の陶芸美、ガラス越しに1点また1点、記憶に焼きしめた。

 

 その銘「トシワスレ」の徳利写真は、看板、チラシ、JRの車内吊りにもなっている。優美な鶴首、どっしりした姿形、茶褐色の色合い…持ちたい、触りたい。備前焼の里・伊部は、山陽新幹線、兵庫の赤穂から岡山入りしてすぐ、車窓の右手に見える。伊部は「いんべ」と読む。地元新聞社の案内、人間国宝・藤原啓さん宅訪問、思い出す。古備前、銘のある作品が多い。所有者が東京から岡山へ移った茶碗は「只今」。わびとさび、利休さん好みか、「こんにちは」。

 

※ MIHO展は12月15日まで。来年は丹波の兵庫、地元・備前の岡山、最後は瀬戸の愛知と巡回する。 ※ 「トシワスレ」「只今」は図録から。

 

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2019年9月20日 (金)

「秋のグラデーション」

Img_5243 Img_5356 Img_5242 Img_5384 Img_5376 Img_5373 Img_5209 Img_5437 Img_5450 Img_5435 ポカンと白い雲…モクモクしていない。フンワリ、フンワリ…、空が秋になっている。あっ、スジ雲、箒でシュッとはいたあと。空が広い。ポコポコ、綿雲かな、いや、鰯雲かな。昼間は暑くても今は夏から秋へ。日々の出歩き、これも秋、あれも秋~と写真を撮った。

 

 NHKラジオ深夜便がすんで、午前5時からは「まいあさラジオ」。一週間前、寝ながら聴いていて、男性キャスターが「今は秋へのグラデーションですね」と話していた。季節の変わり目、表現がうまい。これに感心して、この2、3日、「秋のグラデーション」の言葉を思って、出歩いた。バス停前の田んぼ。稲穂が黄金色、実るほどに頭を垂れて…の人生訓、収穫が近い。

 

 鴨川左岸歩き。小さな秋、小さな萩を見つけた。橋下でサックス、土手で尺八の練習、その努力多としたい。頑張れ!。釣り人、店じまいが近い納涼床、自転車…台風ない川の流れは清い。HNK京都放送局は大相撲中継、横綱不在でも、熱戦続く8K画面の秋場所観戦、あきることはない。市役所前のゼスト店、ぶどうにりんご。草津の国道1号、狼川の堤でコスモス、モスコシ、もう少し?。御池通りの歩道は夕日がつるべおとし、こんなにも足長かったかな~。

 

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2019年9月19日 (木)

鈴木基一は襖絵で「風神雷神図」

Img_5252 Img_5271 Img_5273 Img_5277 Img_5279 Img_5249 あれもこれも…、これでもか、これでもか~と見て、その中でも一番と言えば、江戸琳派の鈴木基一「風神雷神図襖」かな。師匠の酒井抱一、京都琳派の俵屋宗達、尾形光琳が金地屏風の二曲一双で風神と雷神を対比したのに、鈴木基一は襖8面の裏と表で個別に描いている。

 

 京都文化博物館で、いま開催の「百花繚乱ニッポン×ビジュツ」展である。東京富士美術館所蔵3万点のうち、北斎、広重、若冲ら日本美術の名品40点が並んだ。日本初のICOM(国際博物館会議)記念、主催の京都新聞創刊140年記念、京文博開館30年記念と、記念また記念の冠がつき、展示作品は心も大きく、写真撮影は全部どうぞ、どうぞ!という。

 

 若冲の象図、写楽の役者絵、北斎の富士山…写真良い~と言われると、かえって、ほどほどになって、鈴木基一「風神雷神の襖絵」。ICOM記念で、今年は京博、建仁寺など、沢山の風神雷神と出会ったが、鈴木基一作、襖絵の風神雷神、裏表一体は初めて。最初の4面、風神である。風の中、ジャンプ一番、縄跳びの如く。裏側へ回って雷神。鉄アレイで太鼓ドドン…鬼の顔は漫画チック。これは写真撮りして、どちらが表か裏か、天気は秋でも春うらら?だけど…。

 

※ 「百花繚乱ニッポン×ビジュツ」展は9月29日まで開催。

 

 

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2019年9月18日 (水)

風呂敷の新作発表展示

 Img_5159 Img_5156 Img_5154 Img_5157 Img_5152 Img_5147 Img_5144 Img_5149 天井から何を吊るしてあるんやろう。風呂敷包みかな。幾つも幾つも…、何か面白そう~と、ぶらり入った。旧日本銀行京都支店だった京都文化博物館別館。入ってわかった。風呂敷屋さんの新作発表展示会である。♪~結んで、開いて、手を打って、包みを上に~♪かな。

 

 風呂敷屋さんは、会場近くの三条堺町にある「むす美」さん。会社名は昭和12年創業の山田繊維株式会社。「むす美」は若者の町、東京・原宿にも店を出す。和様雑貨から今は、古くて新しい「ふろしきのしごと」を求めるファショナブルな専門店。リールで天井からぶら下げた風呂敷包みは、客を誘う仕掛け。通りがかり、吊り上げられて、展示の新商品を見た。

 

 ~ふろしきの仕事は、結ぶ、包む、伝統を運ぶ~という。四角な一枚の布、古くは弁当から家紋入り結納包み、新時代になって、用途が広がって、デザイン性豊かなスカーフになり、暮らしに優しいECOでエエコ?にも。様々な風呂敷語源、脱衣で風呂場に敷いた~がわかりやすい。泥棒は唐草模様の風呂敷一枚、家財道具どっさり包んでスタコラ…の時代も。会場の会社案内パンフで、山田芳夫社長は「世界のFUROSHIKI」と大風呂敷を広げる。

 

 ※ 展示会は9月15日で終わる。

 

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2019年9月17日 (火)

老舗立ちのみ「ひょうたん」

 Img_5342 Img_5350 Img_5352 Img_5346 Img_5347 Img_5344 ひょうたんから何が出る?。コマ!いや、100円の枝豆、400円の刺身、250円の豆腐煮、それに450円のニッカのハイボールが出る。どうして出るか~というと注文して、前金、キャッシュオンで出る。京都駅前、老舗の立ち呑み処「ひょうたん」、流行っている。

 

 あっちで立ちのみ、こっちで立ちのみしているのに、初めてだった。京都タワービル北西、ヨドバシカメラの西側通り。お店のひさしは黄色いテント。この9月18日でリニューアルして1年で、この日だけは特別に生ビール100円という。ヨドバシカメラの前身、京都近鉄か、それとも、その前の丸物があった頃からあって、京都では立ちのみの草分けかも。

 

 斜向かいのビル4階、天空の立ちのみ「とさか」へ行ったおり、この「ひょうたん」が下に見えた。そのおりから行こうと思っていて、やっと4枚並びのガラス戸を開け、入り口前に立った。連休前の金曜、コの字カウンターと壁側で30人、午後6時にはお隣さんと肩が触れ合った。生、生、生…の注文相次ぎ、なまめかしい?。酒、酒、酒…の銘柄、さけぶほどある。あてはコロッケ100円、肉じゃが250円…。ひょうたんがこまるほど出る?。

 

 

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2019年9月16日 (月)

新オープン「香の川製麺」へ行く

Img_5122 Img_5135 Img_5125 Img_5130 Img_5129 また、新しいセルフのうどん店が出来たんやって?そやねん。行ったんかいな?ウン、行った、行った。「香の川製麺―釜揚げ讃岐うどん」ちゅうんや。あの「丸亀製麺」と同じかいな?いや、よう似ているけど、また違うチエーン店やった。まあ、安うてうまかったなあ。

 

 どこに出来たん?京都山科の国道1号の清水焼団地へ入り口、家から近いと言えば近い。前にバイキングのフレンドリーがあった所かいな。大津からやと、東山トンネル入る前やなあ?そやねん。経営者は同じで店舗を改装して、業種転換したそうや。京都市内懇親会すんで、山科の先輩とTAXで帰る途中、新オープンのノボリが気になって、初めて入ったんや。

 

 あの「丸亀製麺」もやけど、店名「香の川」って、讃岐うどんの本場・香川県みたいやなあ?ほんま、ほんま。そやけど本社は香川ちゃう。そやけど、安うて、うまいんやろ?。そやねん。宴会でお腹は十分やし、減量中やし、ざるうどん280円とトッピングで180円のごぼ天にしたんやけど、うどんはこしがよう入っていて、また、おこし!てな感じやった。それ、洒落かいな?わかった。いや、失礼。まあ、食べログなら3・3、また、行こうかな。

 

 ※ 香の川製麺山科店は9月4日開店、午前11時から午後10時まで年間休みなし営業。京都でも向日市、南区西大路などにフレンドリーから業種転換の店が増えている。1玉250㌘、2玉でも3玉でも同じ値段。

 

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2019年9月15日 (日)

フジツボは貝類でない

Img_5187 Img_5186 Img_5185 えっ?貝類じゃない。蟹、海老と同じ仲間だって…。へえっ!。海辺の岩にへばりついているフジツボ。形が山形、富士山のようなのでフジツボ。えっ?食べられるって?海老みたいな味だって、へえっ!。貝類じゃないと言うけど、そうかい、そうかい?~と聞いた。

 土曜の朝、午前5時半ごろだったかな。寝床でスマホ。NHKのらじるらじる「生き物いろいろ」は、東海大海洋学部客員教授、西源二郎さん。女性アナ相手にフジツボについて話している。19世紀までは貝類だったが、子どもを育て調べて海老のような節足あることがわかり、甲殻類に仲間入りしたという。雌雄同体、世界で200種、日本でも30種という。

 

 先っぽに蝕手があり、それを熊手のように伸ばし、水中のプランクトンを食べ、お隣さんのフジツボとも交尾するという。蝕手は伸び縮み自在、名称は「つるあし」。主に岩だけど、亀にも鯨にもくっついて離れない。水中接着力、どうしてか、応用できないか、研究者が増えているとか。青森では食用として養殖、チリから輸入も~と。話を聴いて、図書館へ行って、海辺の生き物観察図鑑で、フジツボの写真を見た。やはり、貝みたいだけど、そうでないのかい?。

 ※ NHKラジオでの放送は9月7日朝。

 

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2019年9月14日 (土)

びんずる尊者とともに~

Img_5108 Img_5102 Img_5103 Img_5164 Img_5178 Img_5160  Img_5136 ちょっと恐れ多いけど、お仲間みたいな気になって、つい、ツルツルしてしまう。京都・因幡堂の本堂脇の賓頭盧(びんずる)尊者。前掛け、坐像、お姿は赤茶けて、頭はピッカピッカ。なでれば、なでるほど、病除けの神通力という。なでて、なでて…南無阿弥陀仏…。

 

 正式には真言宗智山派平等寺。四条烏丸から南へ5、6百㍍、高辻通の京都銀行本店向い側当たり、「因幡堂のお薬師さん」と言う方がわかりすい。このところ、出歩いて烏丸通りを行くと、お参りに入る。賽銭代わりに100円で蝋燭をあげ、本堂前で鐘を鳴らし、左隣のびんずるさんも拝み、ツルッとなでる。釈迦さんの一番弟子、十六羅漢の一人、ヘッドがいい。

 

 理髪店で丸坊主、5㍉か、3㍉か、悩んでツルツル度の高い3㍉に刈った日もお参りした。読売新聞京都総局では夕刊の立ち読み。今年の満月は月と地球の距離遠く、小ぶりとか。地下鉄乗ると、お月見くじ発売の車内吊り、満月がまあるく出ている。月が満ちて、宝くじにツキがあって、世の中はまあるく~がいい。夜の宴会参加者もびんずる尊者1人、2人…、因幡堂のご住職もびんずる頭…、我がヘッド共々、みんなでなでて、ナタデココ??。

 

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2019年9月13日 (金)

書の三筆と三蹟

 Img_5083 Img_5084 Img_5087 Img_5086 書の三筆と三蹟、誰と誰で、どう違うのか、ちょっとややこしい。JR京都駅ビル2階、南北自由通路のイベント広場。書道の基礎知識がイラスト付き絵解きの解説があり、それでよ~くわかった。洒落るなら「さがしたとうふう、だれがくうかい、まだ、はやなり」かな。

 

 イベント広場で、月ごとに続く京の美風シリーズ、9月は茶道、華道、書道の道具編。その書道コーナーで立ち止まった。立ちのみで、立つことには慣れている。じっくり読んで、ポイントは写真撮りした。三筆とは、平安時代初期、空海、嵯峨天皇、公家の橘逸勢(はやなり)の3人で、美しい字を書いた。書は遣唐使で日本に入り、王羲之をお手本に普及した。

 

 三蹟の登場は三筆から100年後の平安後期で、柳に蛙飛びつく姿を見て、努力を学んだ小野道風と公家の藤原正理(すけまさ)藤原行成(ゆきなり)の3人。篆書、隷書、草書、行書、楷書に仮名を加え、和様化した。最初の平仮名洒落、漢字取り込んで「嵯峨した道風、誰が空海、まだ、逸勢」である。空海・弘法大師は名筆家であったが、応手門の扁額、「応」の字に最初の点を書き忘れ「弘法も筆の誤り」。書道具の一つ、墨は真ん中に置いてもすみ?。

 

 

 

 

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2019年9月12日 (木)

文殊菩薩降臨

 Img_5021 Img_5036 Img_5023 Img_5025 Img_5030  Img_5031 スルメは、しがめば、しがむほど味が出る~と言うけど、この絵は見れば見るほど、味が出る。色彩の画家・絹谷幸二さん(75)の「黒谷光明寺降臨文殊菩薩」。色が華やか、どこか漫画ぽい。文殊菩薩が「色即是空~」…お経を唱えている。絵?えっ~と思う。

 

 緑の山々は東山連峰、五山の送り火「大」くっきり~これで、どうだい~と描く。山の麓はお寺、お寺…。八坂の塔、南禅寺、知恩院…、絵のテーマ・文殊菩薩が降臨した黒谷光明寺は左下。赤、青、黄色、白、黒の五色幕が出ている。五色は慶祝のとき、釈迦如来の教えを示す色という。真ん中の金箔地で琵琶湖。極楽浄土、天台薬師の池として描いている。絵の意図に深みがある。

 

 京都近美4階、コレクション会場の最後の展示。絹谷さんは京都開催のICOMの公式ポスター「光降る街・京都」を制作した。これに絡めて、近美は絹谷さん所蔵作品3点を特別に並べた。公式ポスターにも文殊菩薩登場、近美所蔵の黒谷作品とよく似ている。コレクション展示のあと2点は「うずもれしは砂の愛」と「トルソーの涙Ⅰ」。「~~砂の愛」は。解説読むと、~あああ、んんん~の文字は、般若心経の苦悶、宗教性があるという。砂遊びはすなっ!とは言えない。

 

 ※ 絹谷幸二(1943~)奈良市生まれ。東京藝大、イタリア留学、独立会派、長野冬季五輪で公式ポスター、2014年に文化功労賞賞。

 

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2019年9月11日 (水)

小野小町の小町湯

Img_4986  Img_4987  Img_4988  Img_4992  Img_4991 深湯に首まで浸かって、イチ、ニイッ、サ~ン…、湯温は43度、最初は熱かったけど、慣れてきた。4、5、6…、いい湯やなあ。8、9、10…、さあ、あがろう。子供の頃の近所の銭湯、10数えるまで、あがったらアカン!と言われた遠い昔を思い出し、あがった。

 今は毎日のように家庭風呂だけど、たまにぶらり歩きの銭湯もいい。ずっと前から入りたかった小町湯。むかし、旅人、米俵を積んだ牛車が行き来した旧東海道、今は国道161号、大津絵にも百人一首にも登場の逢坂山上り口にある銭湯である。小町湯の名の通り、全国に名を留める小野小町ゆかり。江戸文政年間から100年以上、今の主人で5代目という。

 

 タオル借り、石鹸、剃刀で490円。男湯側に腰掛ける主人に何で小町湯?と聞く。小町は晩年、すぐそこの蝉丸神社近く井戸を使っていたから~と。そう言えば、近くの月心寺に小町百歳像、JR湖西線には小野一族の小野駅も。銭湯の屋根は唐破風、脱衣籠は竹網、格天井、欄間、色あせた福助人形、富士山タイル絵…、歴史感じて、一番風呂にゆうゆうと浸かり、身体を存分に伸ばした。小町湯、あまり良すぎて、♪~こまっちゃうナ~♪。(リンダ)

 

※ 小町湯、午後4時から営業。大津市逢坂2丁目。京阪京津線上栄町駅から1分、JR大津駅からも4分。

 

 

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2019年9月10日 (火)

フィンランドの陶芸とテキスタイル

Img_4811 Img_4806 Img_4797 Img_4794 Img_4783 Img_4782 Img_4779  Img_4777 Img_4776 Img_4773 何をどう見るのか。陶芸、陶板か、布のテキスタイルか、コップなどの日用品か…、展示コーナー、次から次へ沢山あるけど、どれもこれも見て、そのデザイン力を見るのだ。日本と外交関係始まり100年記念のフィンランド展、大阪中之島の東洋陶磁美術館へ行った。

 JR大阪駅を降りて、御堂筋を中之島まで大阪ラプソディ。♪~あの人もこの人も~♪で、一人そぞろ歩き、大阪市役所まで10分、堂島川、土佐堀川沿いに重文の図書館、公民館と安宅コレクション集めた東洋陶磁美術館。今は常設とフィンランドの特別展開催中、展示室入り口に~日本とはデサイン好きで共通~と、駐在大使のメッセージ、たいした?もんだ。

 

 受付で「フラッシュ、三脚以外、写真はOKです」と声がかかり、あの部屋もこの部屋も、何時もは撮影禁止の常設展も、今回はOKという。こうも急にOKだと、気分は映画「OK牧場の決闘」ような。第一会場は陶芸・陶板。熊、猫、梟に乗ったら~楽だ、楽だ~の駱駝。用があっても洋梨の皿など、彫像も絵も今に生きている。隣の会場はテキスタイル。天井から吊るされた布模様は「JAPAN」がテーマ、桜あり、薄あり…、どのデザインもOK!。

 

※ フィンランド展は10月14日まで。陶芸は1932年設立のアラビア製作所、美術部門、日用品部門がある。テキスタイルのマリメッコは1951年創業、ユニークなデザインはマリメッコ・ブランドとして有名。

 

 

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2019年9月 9日 (月)

長~いヘチマ、大きな瓢箪…

Img_4929 Img_4925 Img_4676     Img_4674  Img_4690     Img_4928  Img_4933 まあ、長い。我が足もそうやけど、そうじゃなくて、ヘチマ。長いのなんの、真っすぐ垂れて2㍍はある。誠に長い。ヘチマはヘチマでも「トカドヘチマ」と言うらしい。瓢箪から駒の瓢箪も、大きすぎて、落ちないかな、大丈夫かな~と、隣で一緒にぶら下がっている。

 

 ここは京都府立植物園四季彩の丘。いつも入る北山門の西側にある賀茂川門のあたり。冬に1万人以上が走る人気の京都マラソン、この門から植物園内を通り抜ける。リニューアルして四季彩の丘と命名して10年ほどかな。棚からぼたもち?の棚は、高さ3㍍、長さ20㍍、棚下にベンチがある。夏場は日陰が出来る。春夏秋冬、変化があり、今は変なヘチマと瓢箪が出来て、写真撮りで人気、人気…。

 

 この四季彩の丘、珍しい植物多くて穴場ぽい。京都新聞の植物園だよりに掲載の「チヨウキンレン」(地涌金蓮)が咲く。文字とおどり、金のハスのよう。葉はバナナみたいに大きい。いつ行っても咲いている。隣は「ユッカ・コストラタ」。テキサス産らしいが、空を背景に写真撮りすると、遠くへ来た気がする。小さな池にスイレン、メダカ、カエルにガマの穂、今は雪の結晶みたいな「カガブタ」が浮く。赤とんぼも休みに来る。胴が真っ赤、写真撮り、どうかな。

 

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2019年9月 8日 (日)

修復復元の志賀直哉「満月壺」

Img_4848 Img_4842  Img_4845  Img_4846 Img_4847 ちょっとした驚きではない。へえっ、そんなにっ、ホンマにっ~という驚きである。叩き割られて、粉々になった白磁の壺、写真の如くかくも修復という。修復と言われなければ、修復とわからない修復である。それが、小説家・志賀直哉が愛藏の壺とは、しがんなかった?。

 

 大阪中之島、安宅コレクション所蔵の東洋陶磁美術館へ行って、特別展のフィンランド陶芸を一通りみて、3階の常設展会場へ入って~である。高麗、朝鮮時代の青磁、白磁の皿、花瓶などを見ていて、志賀直哉が壺を持つ写真である。暗夜行路ではない。なんやろ?昼間の館内の鑑賞通路?。白磁の壺、17世紀後半の制作で、「満月壺」の愛称があるという。

 

 写真は書院に座る志賀直哉と粉々になった陶器破片。修復された高さ45㌢の壺が写真の上に展示。「満月壺」と言われる膨らみが美しい。解説を読んだ。西宮に居住の志賀さんが転居のおり、大事にしていたこの壺を東大寺住職に友情の印で譲ったが、お寺に入った盗賊が逃げるおり、壺を叩きわったという。展示の壺は、半年かけて修復した、その壺だという。一片一片、ジグソーパズルの如く修復か。もう一度、壺を見た。お見事というほかはない。 

 

 ※ 志賀直哉(1889-1971)。白磁壺は、壺法師と言われた東大寺元官長・上司海雲師に譲られ、東大寺の塔頭・観音院に飾られていたが、1955年に泥棒が入った。破片の壺は東洋陶磁美術館に寄贈、修復された。

 

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2019年9月 7日 (土)

ICOM記念の風神雷神

Img_4942 Img_4617 Img_4616 Img_4605 Img_4551 Img_4623 風がびゅーと吹くのか、雷がゴロゴロと轟くのか、今、京都はそこかしこで、風神雷神図である。3年に一度の国際博物館会議(ICOM)が日本初開催、会場の京都へ、世界から過去最多の4100人。~まず見て下さい~の「オ・モ・テ・ナ・シ」が風神雷神である。

 

 三十三間堂前の京博。ICOM開催を記念して、館寄託の名宝展。建仁寺からの国宝・風神雷神図屏風は2階で展示している。宝ヶ池の開会式前日、秋篠宮ご夫妻鑑賞が記事になった。琳派の祖・俵屋宗達、最晩年の最高傑作。金箔地に真ん中を空白にして、右に風神、左に雷神、屏風から飛び出しそうである。ICOMサマサマ、町ぶら中、何度も見に入った。

 

 西陣織物会館も爪掻本綴織という伝統の織り方で、7年かけて仕上げた風神雷神を特別展示している。京都駅東地下コンコースでは、京文博の百花繚乱展の案内垂れ幕。江戸琳派・鈴木基一が描いた風神雷神の青鬼が大きい。所蔵の本家本元、建仁寺本坊では、キャノンの高精細写真で復元図が本物の如く。書院では、徳島鳴門での印象派陶板を制作する大塚オーミ陶業が、宗達と尾形光琳の風神雷神を並べた。ICOMサマサマ、陶板前で胡坐をかいた。

 

※ ICOMはパリに本部を置く非政府組織。世界の地域・国140が参加する。設立は1946年。京都での世界大会は25回目。9日まで~文化をつなぐミュージアム、伝統を未来へ~をテーマに意見を交換している。

 

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2019年9月 6日 (金)

京都四条大宮の「庶民」、大阪京橋にも。

Img_4865 Img_4864 Img_4863 Img_4857 Img_4856 一緒や、一緒、一緒…、一杯飲んでいる影絵ロゴも、黒いTシャツも、店が狭くて、安くて、魚が旨いのも、店員さんの愛想がいいのも…みんな一緒やった。京都四条大宮の立ち呑み「庶民」が大阪・京橋にも出来た~と聞いて、どんなんかなと、初めて行って~である。

 

 昼に中之島の東洋陶磁美術館でフィンランド陶芸展鑑賞して、その足で行った。北浜まで歩き、京阪電車で天満の次、京橋。スマホ調べで、JR駅の北口から徒歩2分と出ていたが、駅周辺は店また店…こうも多いと店は客寄せに、どう魅せて見せる?か。大阪初進出の「庶民」、食べログで4・0の高い数字が出て、4月に開店して半年、すでに評判になっている。

 

 こっちかな、あっちかな~グーグルマップ指示どおり歩いて見つけた。駅裏、立ちのみストリートの一角。まだ午後3時半、もう店前のテント席まで客で溢れている。店内立ち席一つ、ごめんやっしゃ~と入った。背中がすれて、蟹歩きは同じだけど、四条大宮店よりは広い。評判はマグロ造り、一緒や。造り盛りでハイボール。四条大宮を6年前に立ち上げた40歳の若い大将も来ている。両横は常連さん。「うまうて、やすうて、京橋で一番でんがな」。

 

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2019年9月 5日 (木)

植物園も夏から秋へ

Img_4695 Img_4693Img_4921 Img_4691   Img_4652 Img_4717 Img_4716 Img_4713 Img_4708 Img_4703  Img_4725    Img_4909 夏の終わりから秋の始まりへ、植物園の花々はどう変わるのだろう。また行ったん!と言われそうだけど、また行った。地下鉄北山降り、北山門からと違うかって?そう、そのとおりですたい。これだけ行っても、花々は同じでなく、秋が来てもあきない。春夏冬、秋が無くて商い。

 

 入ったら彫刻の日展作家、宮瀬富之さんの作品「麦わら帽の少女」。年じゅう、四季折々の花に囲まれて、今は真っ赤なサルビア 。金の帽子を膝に乗せて、遠く見る瞳が純ですたい。顔ほどある芙蓉みたいな花はタイタンピカス。赤とピンクに白…この夏じゅう咲いて、まだまだ咲きそう。ヒマワリは背の高いのはなく、花輪の小さいのが多く「もう見納めですよ」。

 

 観覧温室の中と外の池に各種スイレン。水面から伸びて清らか。切り込みのある葉、器みたいな葉、オムバスかな。モネのスイレンはこれかな、あれかな。青い実のあるパパイヤ、房のない大きなバナナの葉っぱ?64?。秋一番は、オミナエシ。細い枝先に群れて「秋ですよ」。コスモスは職員さんが水やり中、モ少し、モウ少し…、三段活用で、コスモス。ヒガンバナは園外で番外咲き。どう書こうと、花は写真が一番、それがよい!それがよい!。

 

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2019年9月 4日 (水)

行く夏の思い出写真1、2、3…

Img_4558 Img_4150 Img_4117  Img_3837 Img_3607_20190901085601 Img_3523 Img_4483 Img_4443 Img_3066 長月は旧暦、新暦で9月、何言ってんばーのセプテンバーに入って、9月の雨を歌った太田裕美を思い出して、まだ暑いけど、来る秋、行く夏である。旧暦で葉月の8月、英語はオーガストで、ようがすか?。出歩き写真で夏の思い出、その1、その2、その3…である。

 

 パソコンのフォトアプリをクリック、撮りだめた8月写真クリックした。下手な鉄砲も数打てば…毎日毎日、よう撮っている。ちょっと、ナイスショットを探せば、その1は京博正門の夕景かなあ。行ったことないけど、インドかパキスタンの王宮のように見える。三条大橋近くから見た鴨川、コンクリートの護岸が市松模様…、自然と人工の美が重なりあう。

 

 平安神宮鳥居の向こうで夏の雲ワクワク。改修中の京都市美大屋根で作業する人が鳥居の中に。京近美4階から撮影、猛暑の中、頭が下がった。ウ、ウ、ウ…なぜか鵜3羽、鴨川で等間隔の並び。左大文字の大が燃えた。至近撮影の送り火。関西国画展、彫刻から絵を見たアングルも美術。瀬田唐橋下、エイトが通過。漕ぎ手、え~と、1、2、3…8、エイトに間違いない。この夏もドンと鳴ったびわ湖花火、東京五輪の来年は秋開催でよ~いドン。

 

 

 

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2019年9月 3日 (火)

晦庵河道屋に古木のザクロ

Img_4435 Img_4286 Img_4421 Img_4298 Img_4423 Img_4303     100年、200年と続く老舗ゆえだろうか。門を入ってすぐの老木、幹をコンクリートで固めて、上下真ん中、注連縄の如くロープで縛ってある。樹高3㍍、屋根のひさしから葉が若く伸びて、実が一つ、二つ、三つ…、樹齢にしてどれくらいか、ザクロの木だという。

 

 京都では古さで尾張屋さんと並ぶか、それ以上か、蕎麦の老舗・河道屋さん。総本家は姉小路通御幸町西にあり、そこは蕎麦ぼうろだけで、近くの麩屋町三条上ルに江戸からの生そばを出す店がある。屋号は晦(みそか)庵・河道屋。岡崎の聖護院の河道屋は屋号が養老で、市内に暖簾分け店多く、吉田神社の節分祭のおり、境内に河道屋が集合、晦日そばを売る。

 

 ザクロの古木があるのは、生そば総元締めの晦庵。減量対策もあって、このところ、カロリー低いざるそばを食べ歩いて、晦庵には2日置いて二度行った。南北の麩屋町通りは、御池通り下がって、俵屋と柊屋の高級料亭が向かいあうが、晦庵も老舗の格では引けを取らない。門入り、引き戸開け、土間、三和土、さらに奥へ奥へと店内続き、燈籠あり、板戸あり、障子あり…老舗感溢れる。帰りに今一度、コンクリート固めのザクロの老木、元気である。

 

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2019年9月 2日 (月)

歴史の玉手箱・白峯神宮

Img_4380 Img_4366 Img_4376 Img_4378 Img_4379 Img_4383  Img_4384   Img_4385 蹴鞠の庭があって、天然記念物の樹木があって、瀬をはやみ~の歌碑があって、配流の二人の天皇を祀る本殿があって、名水があって、サッカーなど球技の絵馬があって…、そう広くない境内、なんやかんやあって、あっちこっちと見て回るのが忙しい「白峯神宮」である。

 

 創建は慶応4年(1868)、京都では新しい。地下鉄今出川下車、堀川通りへ出る手前、西へ歩いて7、8分。木の鳥居を入り、右側に神の霊招くという樹高15㍍、小賀玉(オガタマ)の大木。樹齢800年、京都市内で最大という。神社が建つより古く、和歌と蹴鞠の宗家・飛鳥井家の邸宅時代から。飛鳥井の井戸は、走り井、玉乃井など京の名水9つの一つ。

 

 祭神は、保元の乱で讃岐の坂出へ流された崇徳天皇、藤原仲麻呂の乱に巻き込まれ、淡路島へ追いやられた淳仁天皇の二人。幕末に孝明天皇、維新に明治天皇が幕府と新政府に命じて、二人の霊をお迎えしたという。4月には崇徳天皇で蹴鞠、10月は淳仁天皇で薪能がある。飛鳥井家ご縁の蹴鞠でスポーツの神様になり、和歌で百人一首、崇徳天皇の~瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれも末に逢わむとぞ思う~。ぶらり境内、歴史の玉手箱ここに。

 

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2019年9月 1日 (日)

ざるそば食べ歩きの考察

Img_4124 Img_4086 Img_3414 Img_4253   Img_4426  Img_4430    この夏、出歩くと蕎麦屋へ入って、ざるそば、さるそば…と食べた。何でかって?そりゃあ、暑い盛りに涼感あるし、低カロリーで栄養価はあるし、値段はそう高くはないし、店ごとに違いがあって、楽しめるし…かな。何処でどうだったか、以下は「私的さるそば考」。

 

 ポイントの一つは蕎麦が網代組みの竹ざるで出るかどうか。江戸時代から続く生蕎麦の老舗、晦庵「河道屋」さん。蕎麦も美味しかったが、ざるは網代の箱型で出た。全国ネットの信州そば「そじ坊」、サイコロ・ハイボールの「おらが蕎麦」は、ドジョウすくいの丸型だけど、「河道屋」さんは、代々、この箱型で、これ一つ1万円と。美術工芸の価値も高い。

 

 二つ目のポイントは刻み海苔。ざるそば、まず乗っている。なぜ?値段の安いもりそばとの差別化説?、よくわからない。老舗、寛政年間創業の「尾張屋」では、それが乗っていない。ここは、ざるそばと言わず、せいろそば。木箱入り、下に竹網のざる。まあ、蕎麦湯も出て、ざるも、せいろも、遠くにあってもそば?。ポイント3。出汁に葱、ワサビどう入れて、どうつけて、どうすするか。ズズッ、スルスル、スッ…、あなたな~ら、どうすする?。

 

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