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2018年9月 7日 (金)

脱ソース宣言のへんこ焼き

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ああかな、こうかな、いや違う、やっぱり、こうや~と、考えに考えた末に出た答えは、脱ソース宣言のへんこ焼き。たこ焼きの「京都たこ壱」である。移動たこ焼きから始め、店を構え5年。京都から全国展開、目標は200店舗。たこ焼きへの想い、へんこ焼きにあり。

 

 むかしの平安京・朱雀大路、いまは千本通り。地元の人は、千北、千今、千中、千丸…と呼ぶ。お店は千中、千本と中立売通りが交差する北東かど。水上勉の「五番町夕霧楼」すっぽんの老舗「大市」が近い。まあ、西陣の中、庶民の町。子どものころ、よく千ぶらしたあたりでもある。新しい立ち飲み店の情報があり、探しているうち、このたこ焼き店だった。

 

看板が目立った。たこ焼き酒場、脱ソース・へんこ焼き、8はたこの日…。立ち飲み探しはまたにして、たこ酒場に入った。丸椅子3つ、前は壁。メニュー見ると、三つ折りの後ろにオーナーが脱ソース宣言のいきさつ。ソース、青のり、かつお節というたこ焼きの常識破りをあれこれ考えた結果という。福岡出身、立命館大卒、23歳で屋台引きからの開業、今、京都で4店舗という。注文はへんこ6個、う~ん、これが、脱ソースだすか?なるほど、へんこな焼きや~。

 

 真蛸、桜えび、出汁は工夫したオリジナルという。千中が本店で、JR円町駅近くの馬代通り、東福寺、新京極に出店がある。 ※ 写真右端は新京極店、オーナーが焼いている。

 

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コメント

千本~懐かしいです。

学生時代、七番町(丸太町七本松上がる)の安アパートで3年

10か月過ごしました。全国からやってきた10数人の学生で

いっぱいでした。


i今にも倒れそうな木造モルタル造り。

ダニ、ノミに悩まされました。バルサンをよく炊いたものです。

そして寒いやら蒸し暑いやら~


今は見掛けない中華屋・珉珉によく行きました。

五番町を歩く度に、かつての名残りを残した、それらしい造りの

土間の奥から「学生はん、寄って行き」とおばあちゃんに声をか

けられたものです。余分な金などなかったな~~

千中ミュージックも懐かしく思い出されます。

投稿: sadao・h | 2018年9月 7日 (金) 09時03分

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