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2017年12月

2017年12月31日 (日)

年の瀬に「正月」を撮る

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年々歳々…、暦が進むごとに町の装いが一気に変わる。この間は、かぼちゃ、かぼちゃのハロウィン、すむとサンタ、サンタのXマス…、終わった途端すぐに迎春模様に切り替わって…、新年おめでとう!。年の瀬の町をぶらり、ぶらり…明日からの「正月」を撮り歩いた。

 

北野天神さんは、学問の神様、菅原道真を祀る。命日25日は毎月、露店が1000軒は並ぶ。12月の終い天神へ行って、参道を進んで、総門に日本画家・三輪晃久さんが描く絵馬。新年の干支は犬、柴犬が正面を向いて、賢そうにワン!。境内ではお猿さんの大道芸…新年へジャンプ披露。太宰府まで道真と一緒の牛も。犬、猿、牛…、もう?どうなってるう。

 

歳末恒例、神戸の叔母宅訪問、三宮へ出て花時計。この時期は葉ボタン、来年の干支。離れてか、近づいてか、え~と、どう撮る?、ワン!。四条通り、高島屋、大丸、フジイ大丸…ウインドウの飾りつけ競演。祝い獅子に迎春の酒樽あり、戌一つでワンあり、着物と福袋あり、魅せて、見せて…。商店街、三宮では生田神社の宮司さん筆で「初春」…さすが宮司、ぐうっ?と来た。いやまあ、歩けば歩くほど、犬に当たって、ワンヤンちゃんやんワン!。

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2017年12月30日 (土)

没後50年のジャコメッティ展を見た

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こりゃあ、ホンマに細いや。知っていたけど、こんなに細かったんか。小さいのも、大きいのも、細い。例えれば、針金や。触ったら、あかん。そっと、そっと、見なあかん。ようも、こんなに、細く作ったもんや。彫刻家・ジャコメッティ作品を見た。ホンマ、細いでえ。

 

 没後50年のジャコメッティ展、東京の新国立から愛知の豊田市美術館へ巡回。ちょっと遠かったけど、電車乗り換え、乗り換え、行った。日本では11年ぶりの大回顧展という。名鉄豊田市駅から歩いて15分、初めての美術館は、建築家・谷口吉生さんデザイン。国立並みのスケール、洒落ている。ボウリングのピンみたいな作品写真並ぶ看板を見て、入った。

 

 大きく、広い美術館は、幾つも展覧会開催中、ジャコメッティ展は3階が入口だった。作品展示は素描含め、初期からの150点。どうして、こうも細い彫刻を作るのか?ジャコメッティは、見えたものを見えたままに作ると、こうなる~と言う。見えすぎて、マッチ箱に入る1㌢ほどにもなり、なんぼ何でもと自省、作品は1㍍以上にした。会場2階は写真撮影可。大股で歩く人、2㍍の直立女性…、細い犬、細い猫…、見えたまま?のデジカメ撮り。

 

 アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966)は、スイスに生まれ、1922年以降はパリを主な活動拠点とした。1940年代から後半、一貫して細長い人物彫刻を制作した。 ※ 展覧会は12月24日で終わった。

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2017年12月29日 (金)

信長バス、岐阜市内を走る

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岐阜のバスは、信長、信長して、走っている。左回りのバスも、右回りのバスも、ラッピングは信長である。弓をぎゅっと引き絞った信長、赤ワインも手にした信長、長い刀をグッと持った信長…、緑の車体、お城を背にした信長バスは、今日も明日も、朝から晩まで走る。

 

 天下布武の信長は、尾張が終わりでない。桶狭間で今川義元に勝ち、美濃の斎藤龍興を滅ぼす。井ノ口を中国地名に由来する岐阜に命名、今年が450年目だった。これを記念して、岐阜市はこの一年「450、よんご~まるプロジェクト」を立ち上げ、イベント展開してきた。信長バスは、この事業を見こして、3年前の岐阜国体から市内を走っているという。

 

 岐阜公園からJR岐阜駅へ戻って、駅前のバスターミナルで見つけた。市役所、柳ケ瀬、長良橋など市内巡回のループ線、土日祝は1時間4便、平日3便の運行という。駅の構内入る前、そうこない?と写真撮り。デザインの異なるバス、3台並んでいる。もう一台、後ろに扇子を持って踊る濃姫を描いたバスも。信長の嫁、濃姫で、柳ケ瀬と駅をシャトルする柳バスという。濃姫の父は斎藤道三、信長には岐阜の義父?お濃さん、この洒落、おノーかな。

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2017年12月28日 (木)

美濃で食の出会い

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予備知識はない。そう時間もない。JR在来線、名古屋への途中下車・岐阜。市内を回ったので、だいぶ昼を過ぎている。出来れば、地元を感じる店はないか~、岐阜駅構内、あっち、こっち、でっち?…と、歩き回って、やっと見つけた。食の一期一会、そこにあった。

 

JR岐阜駅は2階建て、構内は広い。岐阜公園帰り、南口でバスを降り、1階からエスカレーターで2階、また1階へ降り…、土産物店、観光案内所、スーパーなど回って、北口へ出た。広場前から駅名の写真撮りして、食事はもう名古屋~と諦め、構内へ戻って「OSAZAI+Cafe~美濃味匠」だった。ガラス張りで広い。店名は美濃、地元はここや!。

 

テーブルにお惣菜がいっぱい。野菜サラダ、魚の煮つけ、筑前煮、かしわ丸ごとチキン、だし巻き…、ホテルのバイキングみたいに並んでいる。トレーに少し、少し、トレーして、レジで測ってもらい、イクラはなくても支払い幾ら?。ご飯は鮭ご飯、玄米、白ご飯の選択。味噌汁はサービス。カフェ席の我がトレー写真、鯖ときのこロールがある。明太子だし巻きがある。揚げ出しがある。濃いも薄いも…小芋がある?。旅と食の出会い、美濃で実った?。

 

 

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2017年12月27日 (水)

岐阜公園で見た銅像は、板垣退助

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フロックコートを着て、長い杖を左手に、右手を高く上げている。高い台座の上、背筋がすらりと伸び、格好いい銅像だ。斎藤道三、織田信長の居城だった金華山の岐阜城がある公園の中である。銅像は誰だろう?と近寄って見ると、明治の元勲の一人、板垣退助像だった。

 

 自由民権運動の板垣退助、今の1万円札に相当する100円札の板垣退助…、龍馬、中岡慎太郎らと並ぶ土佐藩士である。今、読書中の司馬遼長編「翔ぶが如く」では、西郷隆盛の征韓論に賛同、反対され、西郷とともに下野するくだりなど、よく登場する。その板垣の銅像が、どうして岐阜公園に?と駒札を読むと、ここで遊説中に暴漢に襲われた場所だという。

 

 一命はとりとめたが、そのとき、出血しながら「板垣死すとも自由は死せず」の言葉は、のちに教科書にもなった。もう一度、銅像、見上げた。顎髭がよく伸び、昔の100円札を思い出した。岐阜市歴史博物館のミケランジェロ、レンブラントの素描展の鑑賞で来たが、会期間違え、もう終わっていた。折角なので~と公園内歩いて、銅像発見だった。公園内、山内一豊と千代が信長の家来時代、ここで新婚生活の碑も…。歴史の発見、現場にあり!。

 

 自由党総裁・板垣退助が岐阜へ、党勢拡大で遊説に来て、暴漢に襲われたのは、明治15年(1882)4月。

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2017年12月26日 (火)

今年も植物園の夜は輝く

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おっ!やっぱり、いいなあ、ええやんか。北山から入って、正面まっすぐのトウカエデさん、今年もよう光っている。高さ20㍍、太い根っこから細い枝先まで、LED電球いっぱい。毎年の夜見ているけど、漆黒の闇に白く、眩く、浮き上がって、やっぱり、ええなあ~。

 

京都府立植物園、この時期恒例のイルミネーション。今年で何度目になるのか、必ずのように行って、デジカメを向けている。今夜はどう撮るかーと入って、最初にトウカエデである。シュッ、シュッと上る噴水は、高く低く、色はブルー。小さな池にトウカイデの輝きが重なる。噴水と池を入れて、毎年、決まって、撮る。焼き鳥には地鶏、入園客は自撮り?。

 

時計回りに園路を行く。近くても遠くても園路は園路…、歩くに遠りょはいらない。駄洒落くせ…、あかん、あかん。竹林、アジサイ園は闇の中、急にトナカイが出てくる。とうなっているのか?。植物園名物くすのき並木は長さ200㍍、色合いが不気味に変化する。出るぞ、出るぞ、お化けが出るぞ!の幽玄さ。チラシによると、光のアーティスト、高橋匡太さん企画という。観覧温室も夜間公開…室内の光がブルー。寒さ、更けるほど、ブルー?。

 

 植物園イルミネーションは12月25日で終わる。

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2017年12月25日 (月)

飛んできた札幌ラーメン

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飛ぶぞ、飛ぶぞ~ラーメンがヒューと飛ぶぞ!。札幌ラーメンの「我流麺舞・飛燕×ラーメンツバメ」が京都大丸へ飛んで来た。大丸創業300周年記念の歳末大北海道市のイートインである。どう飛ぶラーメンか、看板を見たからには、行かねばならぬ~と飛んで行った。

 

 好きなラーメンとご無沙汰している。そろそろ~と思っていたところへ、あの看板である。四条烏丸から河原町への地下道、大丸さんの地下1階への入口に北海道市の案内。函館かにまつりのカニさんが出て、日本一羽幌産の甘海老味噌ラーメンの写真が出ている。かにさんには、かにん?してもらい、久々のラーメン、それも本場の札幌ラーメンに気持ちが動いた。

 

 エレベーターで7階直行して、来年の干支は戌やけど、えーと?、イートインは何処か。特設会場地図にあった。南側にあった。メニューは三つ、あっ!甘海老味噌ラーメンが完売の表示。飛燕、急いで飛んで来たのに、ひでえ?。庄野真代のイスタンブールか、森昌子の越冬つばめか…人気ラーメンの証かな。仕方がない、こうなったら小次郎のツバメ返し、注文は「鶏白湯塩ラーメン」で切り返しや。どう食べたか?、はくとう?すると、しおしお!。

 

 京都大丸の北海道市は12月29日まで。

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2017年12月24日 (日)

2017年の世相漢字は「北」

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今年の世相表す漢字「北」を見た。清水寺貫主、森清範さんの筆である。墨痕鮮やか、ぐいぐいと力強く、墨が滴り落ちて、生々しい。北朝鮮の脅威、ミサイル、核…、森貫主はどう書くか~、見守る報道陣の中、境内で書きあげた「北」一字の鮮やかさ、ホクホク??。

 

 漢字検定協会が全国公募で始めたその一年の世相を表す漢字、1995年以来、今年で22回目。数字の語呂合わせ、12月12日を<いいじ、いいじ>の漢字の日にして、公募結果を発表する。森貫主がずっと、その一字を書く。阪神大震災の年、震に始まり、食、倒、毒、末、金、戦、帰、虎、災、愛、命、偽、変、新、暑、絆、金、輪、税、安、金、北である。

 

 學ぶに游ぶの集い、京都市内アミダ歩きの会があり、ゴールは祇園石段下、元弥栄中学跡に新築の漢検・漢字ミュージアム。1階正面フロアに今年の漢字「北」である。漢検草創からのOHさんに経過を聴く。今年の応募は15万3千余りで「北」が7千余り、一番多くきた?と言う。以下、多かった字は、政、不、核、新の順。歴代の今年の漢字は、2階に特設展示。阪神優勝の「虎」、五輪メダルの「金」3度…、漢字の行く年、来る年!ここにあり。

 

 今年の漢字応募、2位「政」は3500余、3位の「不」は3300余り。理由はいずれも政治不祥事絡み。

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2017年12月23日 (土)

師走の雲、デジカメ撮り

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どうして、空に目がいくのだろう。空というより、雲かな。それも、いまの雲に目がいく。冬の雲、師走の雲。晴れた日の昼、夕方…、寒くても、町を歩いて、ふと見上げて、その時、一瞬一瞬の、またとない、そんな雲が愛おしい。過ぎ行く一年、過ぎ去る人生…雲を見る。

 

 晩秋から師走入り、町ぶらで、どんな雲を見たかなあ。毎日、デジカメをベルトのケースに入れて歩く。パソコンへ取り込んだ一瞬の雲写真を点検して、いいな、いいな~と自分勝手に思うデジカメ映えの雲をセレクションしてみた。こころもワクワク、空に雲もわくわく…。南座前でバスを降り、四条大橋を渡りながら鴨川を入れて撮った雲、白かったなあ。

 

 冬の太陽眩しく、空はすんで、鴨川の流れもキラキラだった。自己採点でベストワン。雲は高さによって、層雲、積雲、巻雲など10種類…うん、うん…と湧く。自宅出て、畑のビニールの上、ふんわり、ふんわりも絵になりそう。鳥羽伏見の戦い150年の現場視察帰り、高架道路の上は布団を敷いたような雲だった。広くなった四条通りの歩行者道路から二日続けてビルの谷間の西の空、東本願寺の西、剪定すんだ街路樹の上…。写真の雲、再びない。

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2017年12月22日 (金)

漫画「おおきく振りかぶって」

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何気なしに朝の寝床でNHKのマイあさラジオ聴いていたら…である。著者に聞きたい本のツボというコーナー。野球漫画「大きく振りかぶって」の著者、ひぐちアサさんが~主人公ピッチャーのボール、打てないほどゆるゆるなんです~と、漫画本のツボを話している。

 

スポーツ漫画と言えば、ずっと昔、柔道のイガグリくん、剣道の赤胴鈴之助…ちょっと最近ならボクシングのあしたのジョーやけど、高校野球の大きく振りかぶって…、知らなかった。まんがの舞台は、埼玉の公立高校に新しくできた硬式野球部、みんな一年生で、監督は若い女性。主人公の投手は三橋廉くん、球は遅く、弱気で、卑屈で…それでいて活躍する。

 

もともと、野球好きなんで、ラジオで著者の話を聴いて、読みたくなった。京都・寺町の漫画本専門店へ行った。漫画店は不案内、小さくなって、店員さんに「大きく~」は?と尋ねて見つけた。第1巻は2004年発行、講談社の週間漫画アフターヌーンに連載、単行本になっている。手塚治虫賞、TVアニメ、来年は演劇にも…、連載は甲子園目指し、15年も続いている。喫茶店で初めて頁を開いた。やめられない、閉じられない~かっぱえびせん!である。

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2017年12月21日 (木)

すき家の白髪ねぎ牛丼に思う

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すき家、すき家…言うても、ラブじゃない。ギュウと来る吉野家でも、ワタシ待つわの松屋でも、マンボーウーのなか卯でもない。好きでなくても、すき家である。京都山科の国道1号沿いを歩いていて、すき家、すき家…と看板が出て、「白髪ねぎ牛丼」のノボリが出た。

 

 白髪はしらが…、思わず頭に手をやった。白髪はない、黒髪?整髪前なのに、ずいぶんと少ない…というか、ない。それでも白髪ノボリが風にはためいて、気になる。地下鉄駅の東野駅までもう少し、京都市内へ出て、昼食と考えていたが、気持ちが変わった。声はしなくても、すき家、すき家…、どうすき家なんか、どんなに白髪なんか~、いそいそと入った。

 

 白髪ねぎ、ピリッ!シャキッ!だという。かつて、すき家人気商品だったので、この冬に期間限定復活メニューという。黒胡麻とゴマ風味の特製ダレという。ミニ、並盛り、中盛り、大盛り、メガ盛りまである。何を頼むか、好きや?身に覚えないし、頭に白髪もないし、ここは440円のミニにした。人気商品のせいか、ミニのせいか、出てくるのが早い。うわっつ!どんぶり一杯、白いねぎや。細うきって、フサフサや。牛肉はそこそこ、底にある?。

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2017年12月20日 (水)

京都のこんなところに安藤建築

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建築家・安藤忠雄が京都のこんなところにテナントビルを建てている。こんなところ?木屋町三条下ル、高瀬川の西側。もちろん、コンクリート抜き打ちの4階建て。ビルを橋の上から上に眺めず、下に見て、水辺にぎりぎり。安藤建築の真骨頂、こんなところに~である。

 

 大阪の高卒、独学、東大教授、世界の建築家・安藤忠雄さん。六甲の崖に集合住宅、瀬戸内の直島に地中の美術館、東京に表参道ヒルズ…。古い京都の狭い敷地に、川幅5㍍、水深10㌢の高瀬川を取り込んだビルを建て、水の流れと向かい合わせた。ビルの名前は、業界仲間では、知られたタイムズ。安藤さんは「失われた都市の水際空間を取り戻した」と言う。

 

 写真家・荒木経惟さんが撮影の写真が表紙に載った安藤さん自伝の著書(新潮社)を読んだ。ボクシングから転身の経過、なぜコンクリート打ちにこだわるのか…、写真いっぱい300頁も。安藤さん、これまでの生涯をあんどう?書く。こんなところに?のビル・タイムズも、建築の意図が詳しい。向かいは長浜ラーメン、後ろは佐久間象山、大村益次郎遭難の地…、角倉了以が開墾の高瀬川水面すれすれ…、時の流れ、ちょっとタイム?。

 

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2017年12月19日 (火)

師走の大津絵展

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じょり、じょり…、大黒さんが、梯子に乗って、寿老人の長い頭を剃っている。じょり、じょり、じょり…、ぼし?、ぼし?頭が寒うなってきた、帽子はないか。大津絵の一つ「寿老人」。その句は、~剃りたての頭に頭巾(ずきん)ほしくなり~。絵は、長寿を意味する。

 

 男性の平均寿命が長野を抜き、日本一になった滋賀を象徴するような大津絵である。その昔、松尾芭蕉が「大津絵の筆の始まりは何仏」と詠んだ。仏画はじめ、人気の鬼の寒念仏、藤娘のほかに、風刺、諧謔、願望、徳目など庶民の生活に根差した民画が多い。これを、どん見んか?。毎年、師走のこの時期、京都駅東側の地下通路ギャラリーで大津絵展がある。

 

 大津絵師4代目高橋松山さんの指導を受けた生徒さんたちの作品だろうか。右と左のガラスの壁面に並び、東本願寺前の七条通りへ抜けるおり、見る。「ゆるせ、ゆるせ~その葉は怖いんじゃ」。鬼さん、棘々したヒイラギの葉を口に加えた鼠に追いかけられて、棒に登って逃げている。節分の風刺、ユーモアがある。美人、鏡に映ったら鬼…、見た目やないよ。酒は百薬やけど、飲むすぎはさけんと百痛に。反省、教訓…、昔も今も変わらじのブルース。

 

 大津絵は、元もと近江(滋賀県)の東海道、大谷・追分あたりで旅人に土産物として売られていた民画。始まりは江戸時代の初期。 ※ 展覧会は17日で終わる。

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2017年12月18日 (月)

一人飲み、一人遊びの時間

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出歩いた日の夕方、「一人飲みの、一人遊びの、一人ご飯」と言えば、やっぱり、ここが落ち着くかなあ。京都駅構内から地下通路を南へ、八条口のアバンティ・レストラン街、うどんの杵屋。夕方5時から居酒屋メニューになって、今は冬のおすすめ一品390円である。

 

 また、行ったん~と言われそうやけど、また、行った。あれだけ、人で溢れかえった京都駅構内抜けて、静かである。お店は色々あっても迷わず、まっすぐ杵屋。座る席はカウンターに決めている。最初の遊び、運試しのハイボールのサイコロチャレンジ。1と1のゾロ目が2度も続いて、2杯無料の成功体験がある。今夜は、6と3の9、奇数で半額、十分や。

 

 冬のおすすめ一品、何にするか、きびなごの天ぷらと厚揚げの生姜焼き。出るまで、スマホでポケモンGO。金魚のトサキント、とっさに出てゲット。次は、テーブルの注文品、どう写真を撮るか。帽子、文庫本、スマホ、一品2つ…、こうかな、いや、この方がいいかな。ここからは、飲みつつ、食べつつ、西郷どんの「翔ぶが如く」読みつつ…。合間に雪だるま人形、杵屋うどん実演の写真も撮って、一人遊び1時間、支払いは税込み1053円!。

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2017年12月17日 (日)

ポルタのXマス飾り、6人のサンタさん?

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白くて、フワフワ…、なんと、大きなお髭やろう。髭、足まである。真っ赤でまん丸な鼻。これ、正真正銘の団子鼻!。お目目は垂れ目。眉毛は真っ白。お口は何処?、あっ、髭の中で動いている。絵本から飛び出したサンタさん、1人、2人、3人…、6人なのでロクタさん?。

 

 京都駅構内のポルタさん、今年で20年になる。記念にドーム屋根の下のフロアに北山杉20本の庭を特設した。天気の良い日はドームを開けて「そらつなぎの庭」という。秋は紅葉、今は冬…、Xマスバージョン。新聞に載っていたので、駅構内へぶら歩き、見に行った。サンタさんが面白い、可愛い。庭は、これは鞍馬石、白川砂、杉苔…、学びの庭!なり。

 

枝打ちした北山杉、京都の奥、京北町・周山から運んで来た。樹齢30年、40年…真っ直ぐ、真っ直ぐ…成長はそうありたい。白い綿帽子、雪の結晶飾り…寒くて、ドーム屋根、どうむ開きそうにないけど、庭の中に京都柄衣装のサンタさん、みんな大きな袋を背負っている。立ち入り禁止の庭、長さ10㍍をぐるっと回った。1人、2人、3人…6人でもサンタさんで、一人だけブルー色のサンタさん。青い空と緑の庭、ブルっとつなぎに来たそうな。

 

 この企画制作は、幕末より150年続く花と植木の卸問屋「花宇」の5代目、「そら植物園」代表取締役社長の西畠清順さんと、サンタさんは絵本作家の谷口智則さん。

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2017年12月16日 (土)

錦市場の入り口に「寿しのさか井」

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入るか、入るまいか…、どうしよう。また、今度にしようか、いや、やっぱり、入ろうかな。どうしよう、どうしよう…。うじうじ、うじうじ…、男やったら、はっきりしょ。入りたかったら、入ったらええがな。どうしよう、どうしよう…って、ドジョウじゃあるまいし。

 

 いや、すんません。陰の声に押されたみたいに、男やったら…で入った。小さな、小さなお寿司屋さん。間口でいうたら1軒半かな。京都の台所から外人観光客の食べ歩き路地に変わりつつある錦市場の西側入り口を下がったところ。ビニールの青いひさしは「寿しのさか井」。よほど、気にしとかんと、通りすぎてしまう。思い切って、そこの引き戸を開けた。

 

狭いやん。やっぱりやん。カギ型のカウンター、席は二つと三つ。先客一人、壁側。ちょっと躊躇して、隣に座った。何にする?、また、うじうじ…、昼ごはんやろ。お腹へってるんやろ。穴子、好きなんやろ。それじゃ、穴子丼!。夫婦経営で45年、後継ぎはない。このあたり、最近、外国や~、女将さん、聞けば、どんどん話す。板前の旦那さん、包丁さばきうまい。くちゃくちゃにもんだ海苔が乗った穴子丼…ええ味や。入って、よかったがな!。

 

 お店は午前11時から夕方6時ごろまで。店内メニュー、値段表示はない。鯖の棒ずし、造り、握りあり。ちなみに穴子丼1600円。

 

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2017年12月15日 (金)

この地は、定朝、運慶、湛慶、快慶の七条仏所跡

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白い山茶花の花が垣根一杯に咲いている。垣根の中から「この地は平安時代に…~」の駒札が立つ。駒札は「この地は七条仏所跡」と示す。仏師の祖・定朝はじめ、運慶、湛慶、快慶らが如来さん、仁王さんを彫り続けた所という。ブツブツ言わず、モクモク?と…である。

 

この地とは、どこか。京博の前、三十三間堂から西へ、鴨川を渡って、京都タワーが大きく見える七条高倉東南かど。少し西に立ち呑み居酒屋「いなせや」、京都駅が近い。町ぶらコースの一つで、信号待ちの駒札読みで、七条仏所を学ぶ。定朝さんは、平等院鳳凰堂、国宝・阿弥陀如来の作者。<和様>と言われる寄木造りを完成させ、仏師の共同組織も作った。

 

室町時代に四条烏丸へ移るまで、平安、鎌倉と500年も続いた、この仏所跡は、いま2階建て民家である。庭に梅の老木と、咲き乱れる如く山茶花の白い花。デジカメで駒札を写し、清い花もマクロ撮りで1枚、2枚…。運慶、湛慶、快慶ら慶がつくので「慶派」といわれる名高い仏師が、この地から誕生と思うと、感慨深い。今年は春に奈良博で快慶展、秋は史上最大の東博・運慶展、入場60439人と。仏師に敬服、そうけい、そうけい?である。

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2017年12月14日 (木)

京都嵐山花灯路へ行く

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毎年、毎冬、毎夜、師走のこの時期、午後5時なると、パアッとLED電球灯って、渡月橋も、竹林の小径も、野宮神社も、落柿舎も…どこもみんな明るくなって、寒いのに大勢の人である。幽玄、いいね!、幻想、いいね!の京都嵐山花灯路。とうろ、どうぞ…と歩いた。

 

 京都観光の冬枯れ対策、12年目である。京都会館のネーミングライツ代50億円、ロームシアターの名前にした半導体・電子部品メーカーのロームさん。嵐山一帯に2500基のLED電球を提供。ロームさん、どうも、ろーもの輝き。どこからどう乗っても220円の嵐電。始発の四条大宮から乗って嵐山へ。西院、蚕ノ社、車折、帷子ノ辻…駅名どう読む。

 

 西院は、まあ<さいいん>が普通で、阪急の駅名も市バス停留所もそうだけど、嵐電は<さい>。どう読ますか、だれがどこでサインを出したのか?。あとは、かいこのやしろ、くるまざき、かたびらのつじ…平安の昔からそうですたい。寄り道はここまでにして、嵐山駅から花灯路歩き、竹林の小径から渡月橋を選んだ。押すな、食べて歩くな…の、人また人、国籍は中国、台湾、韓国…間に日本みたい。それがインバウンド…、冬の輝きは国を超えて…。

 

 今年の嵐山花灯路は12月8日から17日まで、点灯は午後5時から8時半。天龍寺、常寂光寺、野宮神社などは特別拝観料がいる。

 

 

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2017年12月13日 (水)

年明け早々、鳥羽伏見の戦い150年

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ドド~ン!…、それは一発の砲弾から始まった。明治維新への幕あけ、鳥羽伏見の戦いである。慶応4年1月3日夕刻、新政府・薩摩軍は京へ上がろうとした幕府軍にアームストロング砲を放った。射程2㌔、新兵器の威力は抜群、薩軍の圧勝だった。その現場へ行った。

 

 京セラ本社1階美術館へ、鳥羽伏見の戦い150年記念「維新の夜明け」展を見に行って、戦端の現場が近いことを知った。会場で大政奉還、王政復興、鳥羽伏見から函館・五稜郭へ2年余の戊辰戦争の流れを錦絵と系譜で学んだ。戦いの始まりは鳥羽街道沿い、鴨川にかかる小枝橋である。厄除けの神様・城南宮、名神京都南インター、国道1号からすぐという。

 

 展覧会を見て5日後、小枝橋を目指した。地下鉄竹田駅から徒歩15分、城南宮の参道へ入り、巫女さんに小枝橋を聞いた。鳥居抜け、国道を渡ってすぐ…と、よく聞かれるのか、答えが早い。そのとおり行って、小枝橋を見つけた。新しすぎて、大きすぎて…イメージが違う。バスが通る旧道へ出て、あった、あった。細い道の曲がり角、「鳥羽伏見戦跡」の石柱と駒札、近くの公園で両軍戦闘図も見た。年明け1月3日、あの砲弾から150年である。

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2017年12月12日 (火)

たこ焼きはタコ部屋で~

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狭くても雰囲気がある。広さ?まあ2坪。ドアはビニール、壁はよしず張り、天井屋根はトタン?…だったかなあ。でも、テーブルは二つ、軽そうなイスは8つ。みんな座ったら…そりゃあ、ぎゅうぎゅうする。狭いながらも~店内でグッと一杯飲めるたこ焼きさんである。

 

 その店、どこかと言うと、京都東山三条の西50㍍、古川町商店街の入り口。地下鉄東西線改札からEVで地上へ出たところ。川端康成の小説「雪国」の~トンネルを抜けたら~みたいな場所である。たこ焼き屋さんの店名は、奈良県からの「粉もん屋八」。看板に奈良B級グルメ決定戦で優勝~という。出店1年8か月。昼も夜も人が立ち、よく流行っている。

 

 持ち帰りが中心だけど、通路の奥に店内店がある。入店は飲み物オーダーが条件。狭くても「たこ焼き酒場」という。たこ焼きはチーズ、明太子、梅…など売るほど?各種ある。6個360円。先輩宅訪問のおり、土産に持参以来、町ぶらで、昼飲みと視察を兼ね、初めて店内入り。角ハイ一杯と醤油タコ…、一人でもイスをガタガタ言わせ、詰めて座った。先客も帰りに椅子ギシギシ…、これぞタコ部屋!。でも、雰囲気あって、タコ焼きが旨い!。

 

 「粉もん八」は()八寅、奈良県で創業。お好み焼き店など大阪、奈良にチエーン展開。京都は東山店1店舗。

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2017年12月11日 (月)

スケッチで甦るチャップリン夫婦の鴨川をどり鑑賞

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世界の喜劇王、チャーリー・チャップリンが京都に来て、夫婦で先斗町の鴨川をどりを見ている。昭和11年5月16日夜、今から81年前のことである。たまたま居合わせた日本画家・池田遥邨氏が一等席に座るチャップリン夫妻を真後ろの座席からスケッチしていた。

 

 読まずに書棚に積んどいた本、余裕が出来て9年ぶりに開いた。ハードカバーの「甦れ遥邨パワー」である。遥邨さんと親交のあった元京都府職員、堀昭三さんが遺稿をまとめている。ページを繰っていて、チャップリンとの関わりが、このくだりである。二人に描いたスケッチを見せ、サインをもらい、思い出を新聞に寄稿した~とあり、スケッチがカラーで載っていた。

 

 著者の堀さんが所在を調べていて、遥邨さん出身の岡山県の両備文化振興財団にあることがわかり、掲載したという。93歳で没した文化勲章作家、遥邨さんが41歳のおり、常に持参のスケッチブック開き描いた作品。左に鼻髭も、山高帽もないダンディな背広姿のチャップリン、隣は「モダン・タイムス」「独裁者」で競演した美人女優の夫人、ポーレット・ゴダート。二人のサインが入っている。ようそんな?遥邨スケッチが今も~と思う。

 

 チャップリンは大の親日家で、来日4度。上の写真は「甦れ遥邨パワー」の著書から▽昭和7年、京都駅通過▽鴨川をどり見学のあと京都料理旅館「柊家」▽遥邨さん描きチャップリン寄贈という幻の「白富士」コピーなど。 ※ 来年は池田遥邨没後30年。

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2017年12月10日 (日)

醍醐寺の仁王さん像

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ついつい、カメラを向けたくなる像がある。京都伏見の醍醐寺西大門の金剛力士像である。いわゆる仁王門の仁王さん。右に口をアッと開いた阿形像、左に口をグッと結んだ吽形像。一見、怖そうだけど、どこか漫画チックで、愛くるしい。この像、なかなか、面白いゾウ?。

 

 JR山科駅からも、京都駅八条口からも京阪バスが出ている。京都市の地下鉄東西線の醍醐駅からも行ける。まあ、徒歩分含め3、40分。サクラよし、モミジよし、国宝五重塔など世界遺産のお寺。真言宗で、豊臣秀吉が随分、再建を応援した。春に秀吉の花見行列、冬に五大力尊の力餅…行事も多く、創建そのものも平安時代と古い。そうけん、そうけん!。

 

 総門から三宝院超え、ズズッと入って、正面の門に仁王さん。写真撮りで一番人気。平安後期の長承3年(1134)造立、重要文化財である。応仁の乱でもこの像だけは、焼けなかったという。ヒノキの寄木造り、慎重に測った身長は3.6㍍、背が高く、見上げるように大きい。長い年月、風雨にさらされたせいか、怖いお顔がやけど跡みたいなアザ、それがまた、親しみ安さを増す。ごつい足、洗ってない。どちらが先に笑うか、にらめっこしたら、まあ負けそう。

 

 仁王門は豊臣秀頼が慶長10(1605)に再建。金剛力士像は元、南大門に祀られていた。仏師勢増・仁増の造立。体内の墨書、納札等に南大門から移された経緯などが書かれている。

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2017年12月 9日 (土)

撫でて、撫でて…矢田寺のかぼちゃ

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撫でて、撫でて、ツルツルやでえ。中風除け、無病息災、元気、元気で過ごせるよ~。ご利益あるよ。さあ、撫でて、撫でて!。冬至には釜炊き、食べに来てや。御代?いらん、いらん。南無阿弥陀仏…とブツブツ言うてのお参り、それで十分や。撫でてや、食べてや~。

 

 いや、ありがたい、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…ブツブツ。日課になった町ぶら、今日は西か、東か~何処へ行くか?、今日は京都へ、寺町三条上ル、交番の北側のお寺、矢田地蔵尊へ来た。お寺の中にカボチャの色々。頭より大きいの、小さく可愛いの、大中小…沢山のお供え。ハロウィンすんだのに~と見たら、このお寺恒例、冬至の南瓜炊きがあるという。

 

 今年の冬至12月22日だけど、翌23日10時から1000名分、無料で提供する。もう20年も前からで、朝の寺町商店街は、長い列が出来るという。それまでは、お供えカボチャを撫でるだけでよい。一番大きいの何度もツルツルした。我がヘッドと同じ、気持ちが通じる?。お地蔵さん祀る本堂の中、網目越しにもカボチャ。ローソク1本100円で両手合わせ、鐘突いて、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏…。町ぶら矢田寺へ来て、ちゃんとやった!?。

 

 矢田寺は、白鳳4700)年に天武・持統両天皇の勅願所として、奈良・大和郡山市にある矢田寺の別院として、建立。豊臣秀吉による区画整理で、壬生から現在地に移された。本尊は地蔵菩薩。

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2017年12月 8日 (金)

白沙村荘~橋本関雪記念館

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門柱に「橋本」の表札が掛かっている。名勝庭園と画家・橋本関雪の美術館「白沙村荘~橋本関雪記念館」である。初めて訪問、間接でなく直接入った。「白沙村荘」は<はくさそんそう>。このあたりの白川村を意味する。哲学の道から銀閣寺へ、そして…、ここへ来た。

 

 庭巡り、それはそれは、趣きがある。石仏、石塔、大小の池、茶室、大画室、紅葉と黄葉…、ありのまま、自然のままの風景がある。大正時代に関雪さんが直接、思い込めて作った庭、広さは何と1000万平方メートル。借景は東山連峰の「大文字」、如意が岳である。美術館は3年前完成、2階テラスから「大」が見える。庭=ガーデンは国指定、合点が行く?。

 

 秋季特別展「関雪と印象」開催があり、散策兼ねて見に行った。印象は堂本さん、衣笠の美術館改修なので、所蔵品を持ち出しての二人展、堂本さん、どうも~。記念館はお孫さんらの公益財団法人が管理する。夕日が当たり始めた広大な庭、いいな、いいな~と歩いた。黄色い花梨の実、こけないように~との庭、カエデの葉が浮かぶ池、スギゴケに落ちたカエデ、竹林と羅漢さんと夕日…、関雪さんの庭はデジカメ映え、ありのまま、直接撮りした。

 

 橋本関雪(1883-1974)日本画家。神戸生まれ、東京から京都に移り住み、新古典と言われる和漢魂才の絵を描いた。

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2017年12月 7日 (木)

社寺伝言板…忍、落ち葉、去私

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そうか、ここは「忍」の一文字なんや。地下鉄の蹴上駅を降りて、南禅寺へ向かって歩いて、金地院研修道場前の伝言板を見た。「忍之一字 衆妙之門」とあり~何事をも成し遂げる元也~と書き込まれている。忍者、空撮のドロ~ンではない。耐えて、実る「忍」である。

 

 京都の町ぶら、社寺の伝言板がよく目にとまる。しばし、足を止めて、なるほどなあ~と思う。これまでの人生がある。これからの人生がある。昨日、今日、明日がある。金地院は「忍」と、こんちわ~だった。南禅寺塔頭の慈氏院だるま堂の伝言板。~数ふるに 残り少なき 身にあれば せめても惜しき 年の暮れかな~。五七五七七と詠み、ヒシヒシと思う。

 

 秀吉時代、お寺が集まった寺町も今は一つ、二つと数えるほどになって、寺町三条上ルの浄土宗天性院の伝言板。「はらはらと 無常を告げる 落ち葉かな」。Xマスツリーが目立つ師走入り。一年一月一日…過ぎ行く日々である。伝言板、隣にもう一つ。題は「去私」。~私を捨て去り 自ら与えるが故に受け 許すが故に許され おのが身を捨ててこそ 永遠の安らぎを得ん~。これぞ悟りの「去私」。なぜか、高浜虚子を思う。悟り?、まだまだ…。

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2017年12月 6日 (水)

「毛糸肩掛けせる麗子肖像」と「木かげ」

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どの絵をどう見て、うっとりするか。「絵画の愉(たの)しみ、画家のたくらみ」。ちょっと意表をついたタイトルの展覧会、京都文化博物館で見た。展示は、広島の建材メーカー「ウッドワン」所蔵の大観、松園ら日本近代絵画190点である。どうウッドワン?したか。

 

 洋画とは?、日本画とは?鯉の描き方、作家の違いは?裸婦像の変遷は?~、展示は聖徳太子など歴史絵あり、富士山など風景画あり、漁村の群像画あり…、大家の名作が並んで、一点一点、解説がある。4階から3階へ鑑賞して、どの絵に一番、うっとりしたか?~と言われば、迷う。スリーキャッツの「黄色いサクランボ」♪~ワン、ツー、スリー~♪である。

 

 ポスター、看板の写真撮りで紹介すると、ワン!は、岸田劉生の麗子像。我が娘・麗子さんを描き続け、作家本人が「毛糸肩掛けせる麗子肖像」が一番の自信作と日記に書き残す。麗子さん、数え7歳。肩掛けの緻密な網目、手に一輪の花、白い顔が黒い背景から浮かび上がるよう。ツーとなれば、黒田清隆の「木かげ」。浴衣の女性が寝転んでグミの小枝を引っ張っている。白いユリ、麦わら帽…木漏れ日の光と影のコントラスト…、うっとりワンでツー!。

  展覧会は12月3日で終わる。ウッドワン美術館、標高600mの高地・広島県北西部の西中国山地にある。岸田劉生の「毛糸肩掛せる麗子肖像」落札で話題となり、ゴッホ作品「農婦」、ルノワール「婦人習作」「花かごを持つ女」などで注目を集めた。1000点に及ぶ近代日本画、洋画を公開。

 

 

 

 

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2017年12月 5日 (火)

京セラ本社、美術館前庭に彫刻

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マントがひらひら、帽子押さえて…風の精の「風の又三郎」くん、向かい風にも負けず~。宮沢賢治の短編小説が彫刻に。こっちは、室生犀星の短編に登場の「ボンタンちゃん」。おさげ髪、可愛く両手合わしている。又三郎くん、ボンタンちゃん、何を思っているのかな~。

 

 京セラ本社ビルの前庭は広い。彫刻が4体。文化勲章の中村晋也さんが「又三郎」「ボンタンちゃん」と「パパのコート」の計3体。もうお一人、故淀井敏夫さんが「北へ帰る鳥と少年」。淀井さんも文化勲章受章者。ビル1階の京セラ美術館で開催の鳥羽伏見の戦い150年記念展「維新の夜明け」を鑑賞、ロビーの作品も見て、前庭へ出て、この彫刻だった。

 

京セラ本社ビルは伏見区竹田鳥羽殿町に建つ。高さ95・5㍍20階、京都では日本電産の100㍍に次ぐ。慶応4年1月、幕府と薩長が戦端を開いた場所に近い。近鉄奈良線と乗り入れ、京都市地下鉄竹田駅で降りて、歩いて10分。北隣の府見本市会館は何回かだが、建って10年の京セラビルは初めて。前庭にはベンチ、樹木はXマス電飾飾り。文化勲章作家の彫刻、初めて見て歩いた。維新150年、世界の京セラ、文化へも威信をかける。

 

 彫刻の写真は左から「風の又三郎」「ボンタンちゃん」「パパのコート」「北へ帰る鳥と少年」。 ※ 作家の中村晋也さんは1926年、三重県生まれ、日展中心に活動。故淀井敏夫さんは1911年兵庫県生まれ、二科会で活躍した。

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2017年12月 4日 (月)

京都に書家・金沢祥子の美術館

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天才書家・金沢翔子さんの美術館が京都にある。JR京都駅から歩いて3分、烏丸七条西南かど、シナリー化粧品西日本支社ビル3階。ビルの玄関ドアを開けると、大きな筆を持ち、ただいま一筆啓上中の金沢祥子さんの写真が、しょうか、ここか?と目に飛び込んでくる。

 

 美術館の案内板はビル壁面のプレート。小さくてそう目立たないけど、町歩きで知っていた。長崎の知人が京都へ来たので、東本願寺前のイチョウ眺め、御影堂にも上がったあと、二人で一緒に入った。ダウン症の祥子さん、書道家の母・泰子さんに習い、書の才が開いた。京都・建仁寺などで個展、NHK大河「平清盛」の題字も。その書は「魂の筆」と言われる。

 

 ビル3階フロアに展示の祥子さんの書、ググッと迫ってくる。額に「誠」、屏風に「信念、信義、信頼」…、一筆、一筆が生きている。躍動している。「〇△□」の額、建仁寺にある「〇△□の庭」を筆にした。禅、悟り、〇△□。「五ない守る君」の書。人のせいにしない、マイナスの発言をしない、いばらない、怒らない、諦めない、約束を守る。五ないゴー、約束やでえ。「天には星、地には花、人には愛」「共に生きる」、祥子さん、みんな、しょやね~。

 

 金沢翔子、1985年東京目黒うまれ。号は小欄。2009年、建仁寺の国宝「風神雷神」の書を奉納、高い評価を得る。「共に生きる」は東日本大震災励ましの書。2012年、福島・いわき市に常設の美術館開設。趣味はカラオケ、好きな字は夢。

 

 

 

 

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2017年12月 3日 (日)

晩秋デジカメ撮り、自己点検と自己満足と…

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こっちかな、いや、こっちやな。町ぶら、デジカメ撮りの写真をパソコンで眺めて、う~ん…である。自己点検、自己審査、自己評価、自己満足…、晩秋から初冬へ、この1週間、出歩いて撮ったデジカメ写真の数々、どれがいいかなあ。こっちかな、いや、こっちやなあ。

 

 夫婦狸のお腹に落ちたカエデの葉。山科の毘沙門堂境内の苔の庭、なにげなく気づいた。寄り添う夫婦狸、カエデの落葉で、微笑ましさが増す。苔の緑色もええなあ。毘沙門堂の仁王さん、細かい網目越しにズームアップ、網目がぼかしになり、怖い顔が仁王門の朱色に染まり、悶々…、口を開けてウオッ~。今、流行りのインスタ映え、そうでないデジカメ映え?。

 

 紅葉の名所、毘沙門堂で赤の重ね撮り。幟、提灯、南天…、屏風「夢」字と銅鑼も…。どう構えて撮るか、アングルトム??。湖北・木之本へ行って、鶏足寺の参道。カエデ落葉で赤く、赤く…、参道掃かず、人気が出た。赤色に変色の京都タワーと赤いイルミネーション飾りの街路樹、国宝展の夜間鑑賞で、京博の庭からの赤い京都タワー。東本願寺前は、イチョウの黄葉…、蓮の噴水を手前に…、いっちょ??撮ってミルク!。どれが良かったかなあ。

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2017年12月 2日 (土)

激安、199円、博多…

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 安さが自慢の激安酒場~どんなんやろう。客寄せの生ビールは199円という。今は生ビールでなくハイボール飲みやけど、生は安いな。お店の名前、いかにも魚が美味しそうな「博多市場」。激安、199円、博多…、店前を歩き、看板見るたび、そのうち~が実現した。

 

 京都の烏丸通り、町ぶらでよく歩く。地下鉄降りて烏丸御池にNHK、JR降りて京都駅前に東本願寺、南か、北か~歩く。激安・博多市場は四条と五条の間、仏光寺通りのビル地下にある。立ち呑み「すいば」の4号店も開店、同居した。行ったのは日曜の夜、カウンター中心~と思ったら広い。オフィス街、日曜で空いているのか、4人席をひとりで占めた。

 

 注文はタッチパネル。大阪天満の海鮮料理店がそうやったけど、2度目や。お通しは山盛りキャベツ。お代わり自由、これはタッチなし。女店員さんに直接注文と言う。残念!えっ?なんで、タッチの意味がちゃう。シーザーサラダとさば寿司、タッチした。回る寿司もそうやし、タッチは注文の主流か。帰りに聞くと、店は5月に開店、焼き鳥の「鳥二郎」のチエーン店の一つ。キャベツ盛りがそれで一緒やった。店名の「博多」、何をはかった?。

 

 博多市場は京都本社の(株)ダイナミクスグループ。鉄板焼き「いっきゅうさん」串の「串虎」焼き鳥の「鳥二郎」など、全国にチエーン展開している。

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2017年12月 1日 (金)

醍醐3社寺、今だけ、特別に

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今だけ、今だけ、特別、特別…、まして地元となれば~である。「紅葉の醍醐を訪ねて、文化財特別鑑賞」は、醍醐寺別格本山の理性院、地元の氏神さん・長尾天満宮、下関からの赤間薬師。参観料は3か所共通、ガイド付き千円。これは行かねばならぬ~と行った。

 

年に一度、京都市文化観光資源保護財団の企画である。山科から醍醐への京阪バス、自宅近くにバス停、ちょいと乗ればよい。醍醐寺は何度もだけど、特別公開の3社寺は初めてというより知らなかった。三宝院と同格の醍醐寺塔頭・理性院は、山門から広い境内を抜け、北東にあった。赤い涎掛けの千体地蔵、狩野探幽が18歳で描いた淡墨の山水図屏風…。

 

普段は非公開、今は特別、しっかり見た。菅原道真を祀る長尾天満宮は、上り坂の参道、長い。それで長尾??。いや、地域が長尾。左遷の道真を太宰府まで乗せた牛さん。泣いている?いや、臥せている。本殿側面の脇障子、鯉の滝登り、獅子の透かし彫り。作者は不明、甚五郎の先輩?。平安時代の仏像、赤間薬師。下関は赤間の関、源平壇ノ浦合戦から逃れて、ここへ移って800年。地元の皆さんが守り続け信仰、そんなに長く…それが、あかまあ~。

 

 特別鑑賞は11月23日から3日間で終了。

 

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