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2017年4月20日 (木)

深川で渋沢栄一胸像と対面

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渋沢栄一語録数々、36どころではない。その一つ「形式に流れると、精神が乏しくなる。日々新たにという心がけが大事である」。もう一つ。「これで満足だ!という時は、衰える時である」。波乱万丈、江戸から昭和へ、91歳まで生きた渋沢さんである。

 

何で、渋沢さん登場?。東京宿泊が江東区の深川、地下鉄東西線の門前仲町駅を降り、永代橋通りを歩いて、渋沢さんの別邸の立て看板を見つけたからだ。渋沢さん、生まれは武蔵野の国、いまの埼玉だけど、明治20年代から10年以上、ここに住み、深川区議会議長など勤め、町の発展に貢献した。屋敷跡は渋沢倉庫になり、今もビルが建っている。

 

渋沢さん、日本資本主義の父。攘夷、幕臣、パリ万博、大蔵省官僚、在野して実業世界へ入り、赤十字など社会貢献に加え、第一国立銀行など会社の起業は500という。立て看板に当時の屋敷写真があり、近くの「渋沢シティプレイス」というビルに胸像があるという。早朝、まだビルに入れない。ガラス越し、朝日に輝く銅像、どうぞ~と言わて?、撮った。功成り名遂げたお顔。「重んずべきは信。信を守らねば失敗す」と語録にあった。

 

 渋沢栄一は1840(天保11)年213日、現在の埼玉県深谷市生まれ。道徳経済合一説」を説き、生涯に約500もの企業に関わり、約600の教育機関 ・社会公共事業の支援並びに民間外交に尽力、1931(昭和6)年1111日、91歳で死去。

 

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