木戸忠太郎さんの達磨堂へ入る
かんぬきが外れて、お堂がギギーと開いた。地質学者・木戸忠太郎さんが集めた達磨が陳列してあるお堂だ。置物、掛け軸、玩具…、ありとあらゆる達磨が3万点余り、蒐集に50年の歳月とか。お堂は京都市が寄贈を受け所有している。堂内、どないか見に行った?。
勤皇の志士・桂小五郎から改名して明治の元勲・木戸孝允の邸宅があった所だ。長州藩邸跡の京都ホテルオークラから北東へ歩いて5、6分だ。木戸孝允のご子息、忠太郎さんが建てた達磨堂は敷地内にあり、今は市の職員会館「かもがわ」が管理している。恩師の講演会で行ったおり、館内に達磨が飾ってあり、お堂も申請書で、見学が出来ると知った。
住所と氏名、見学目的の項はブログ取材と申請書に書いた。堂内の撮影は禁止で、どないにもならないという。洒落、◎かな。漢字で<閂>と書くかんぬき錠のお堂が開いて、正面に達磨図の衝立だ。日本画家・下村観山がロンドンの宿で新聞紙を束ねた筆でシーツに描いたという。堂内の陳列台、東北、静岡、信州と地域別の達磨人形から色紙、凧、硯、団扇、古文書まで達磨なら何でも揃っていたけど、雪だるまはなかった。融けたのかなあ?。
※ 真ん中の写真は職員会館「かもがわ」の陳列ケースから撮影なり。 ※ 木戸忠太郎氏の明治42年春、大連で起上り達磨購入がきっかけで、86歳の生涯まで50年間という。 ※ 達磨堂は大正12年に新築。
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