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2009年10月

2009年10月31日 (土)

写真展の審査員講評は

030 035  滋賀県写真展の審査員、中村吉之介さん(7?)が会場で講評している。全国7都市で写真教室を主宰する芸術写真の大御所だ。滋賀近美の県展最終日、神戸の自宅から来て、自ら審査した入選作を1点ずつ解説している。居合わせた愛好者、聞き耳立てぞろぞろ歩く。

 どう講評するのか、一緒に聞いて回った。中村先生、ジーパンにハンチング帽。どんな質問にも丁寧に答えている。自らの審査員出展は紅葉だ。展示会場の右端、一番展示である。赤茶けたもみじが落下、晩秋の題が付いている。光り加減は?との問いに後ろからライトをあててあるんだよーと正直だ。カメラは35ミリ使用、絞りは開かないという。

 応募作品593点中の1番は中国・黄龍の石灰岩の池だ。県芸文祭賞20万円だ。透きとおるようなブルーの水、全体のバランスいいねえと言う。展示一列目の角っこは、県写真連盟賞の惜春だ。雨の中、桜が散り、仏さんの前に色とりどりのパラソルが写っている。会場にいた作者によると、坂本の日吉山王祭の撮影会で偶然出くわして撮ったという。中村さんが言う。これは人物の顔が写っていないのがいいねえと。どの講評も好評だった。?

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2009年10月30日 (金)

記念館に出た三毛猫

050 051 再び、河井寛次郎記念館である。にゃんという猫?、いや違う。どうもいけない。にゃんでなくて、何という…だ。あの時、2階からにゃんと降りてきて、平然と板の間を横切った、あの猫だ。どこへ姿を消したのかと思ったら中庭の縁先で秋の日ざしを浴びていた。

 どうやら記念館に居つきの猫のようだ。誰につけてもらったのか、首にピンクの鈴をつけている。縞しまの三毛猫だ。何時もの定位置なのだろう、イグサで編み上げた円坐を占領している。こちらも板の間を出て、作品陳列室を見て、中庭へ降りた。1、2㍍の距離から縁先へデジカメ向けた。にゃんとも言わない。人慣れしているのか、まるで動じない。

 入り口で4つ折りの案内パンフをもらった。陶芸家、寛次郎氏の人となりが出ている。昭和41年に亡くなるまで76年の生涯は、感動する心を失わず、何より人と人生を大切にした人という。「驚いている自分に 驚いている」は、自らの感動を表現している寛次郎語録の一つだ。記念館に作陶中の写真がある。着物姿、分厚い眼鏡…、優しさ、ひたむさを感じる写真だ。寛次郎没後もう43年、居ついた猫さん、にゃんと思っているのだろう。

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2009年10月29日 (木)

陶芸家、河井寛次郎記念館

015 016 行ってみようと思ったのは、バスを降りてからだ。バス停は東山の馬町である。東大路を南へ下がらず、渋谷街道を西へ歩いて2、3分の河井寛次郎記念館だ。用の美を追求した陶芸家、寛次郎の居宅と仕事場である。訪問は知人を案内して1度、1人では2度目だ。

 表は竹矢来に簾、格子窓―、入館料900円は玄関を入り、土間の上がり口で払う。最初に書のポストカード「手考足思」の意味を聞いた。前に何気なし買って持っていたからだ。受付の女性は寛次郎に縁にある女性だろうか。丁寧に答えてくれた。~足で轆轤を回し、手で形づくるからでしょうか。「手霊足魂」「手読足解」などの書もあります~と。

 吹き抜けの土間から板の間に上がり、テーブルに座った。昭和12年の新築のおり、民芸家の柳宗悦のプレゼントという振り子時計がコツコツコツと時を刻む。土曜の昼前である。囲炉裏、臼を改良した椅子、屋根つき家具、障子の向こうの庭から自然光…、静かだ。机の美術書、ペラペラめくっていても頭の中は何もない。今が今でない空間だ。そんな無の境地にいた時、猫が2階からニャーンと降りて、板の間を横切った。にゃんという猫だ。

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2009年10月28日 (水)

近いので方広寺丼だった

 102 104 さて、この玉子丼の商品名は?である。写真を見ただけで、当てるのは不可能だろう。お店は大和大路正面北西角にある「めん処山城」だ。秀吉ゆかりの方広寺と豊国神社が目の前である。土曜の昼過ぎ、ウインドウで品定めして、これだ!と決めて、初めて入った。

TV前のテーブル席に座った。先代松本幸四郎が出ている時代物見ながらウインドウに出ていた「方広寺丼」を頼んだ。年配の主人、一人の経営らしい。丼の商品名に仕掛けあるのか、何で「方広寺丼」か、すぐ聞いた。回答は早かった。「方広寺が近いからです」と。確かに…である。古くなった壁、方広寺の鐘が野ざらしになった写真が貼ってあった。

店の前、フジTVで手打ちのよもぎうどん放映と出ていた。方広寺丼では話は弾みそうではないので、よもぎに話を切り替えた。伊吹山のよもぎの芽でつくるそうだ。日本中でここだけで、年越しの頃は地方発送が大変という。店は40年やっていて、子供が跡を継がないので、一代限りだと話す。近いから方広寺丼という玉子丼が出てきた。きつねうどんとセットだ。うどんも丼も、味の方向は◎だ。次回はよもぎと、舌と頭がよもぎった。??

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2009年10月27日 (火)

方広寺はマンツーマン案内

127 108  拝観料200円で、1対1のガイドである。重文の大黒天、10分の一の大仏、天井画、甚五郎作の龍…、それに写真の撮影、いいのかなと思ったが、どうぞ、どうぞ~という。「国家安康」の文字は、家と康の胴裂き―と大坂の陣の引き金になった鐘がある方広寺である。

 京都国立博物館の北側、秀吉を祀る豊国神社と並んでいる。観光案内で鐘楼は何度か見ているが、すぐ北側のお寺の拝観は初めてだ。前から方広寺って、どこなのか、方向がよくわからなかった。大黒天参拝の表示ある受け付けで、窓口のおばさんに聞くと、ここがそうだという。靴脱いであがると、おばさんが追いかけて来て、ガイド役に変わった。

 ~この大黒天さんは天台開いた最澄さんの作で、秀吉の持仏です~。小さな仏さん、手持ちのライトをあてて話す。声が朗々としている。説明うまいですねえ、お幾つ?と聞くと、もう80前で、住職に頼まれ17、8年もやっているという。~大仏さんが時々、涙をためている・二代目大仏の蓮華のブツブツ、地震で残った本物・もう年なので、変わって欲しい・拝観代は京都の社寺で一番安い~、感想含めての観光案内、個人慣行かな。?

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2009年10月26日 (月)

「銀座ハゲ天」の990円コース

 061 058 京都駅地下街のポルタづいたか、この間の夕方もレストラン街へ行った。「目の前で揚げます。サービスコース990円です」―、オレンジの羽織、緑の前掛けのお姉さんが呼び込みをかけている。天ぷら老舗の「銀座ハゲ天」だ。頭のせいか、少し躊躇して、入った。

 店内でジュージューと揚げている。金皿に金菜箸で揚げたてを客席に配るように運ぶ。千円でない微妙な値段のサービスコース。季節の天ぷら、最初は海老3匹、次いでキス2匹、仕上げは舞茸など野菜3点だ。茶碗蒸し、ご飯、赤だしが付く。この所、外国人客とよく隣り合う。通路越し、中年風の二人だ。金髪女性と旦那さんか、箸を使っている。

 つい覗き見て、そっと写真を撮ってしまう。良くない癖だ。旦那さんが自分の生ビールを金髪奥さんのジョッキーに継ぎ足した。奥さん思いだ。箸使い、二人とも極めてはスムーズだ。米国人?、日本ツウかな。お店は昭和3年創業、もう80年という。気のせいか、店内の客は、みんな頭がふさふさだ。レジで、ジョークまじりに聞いた。入店、頭薄くてもいいの?店名由来は?と。「創業者が見事なハゲでして…、お客さん、大歓迎です」…。

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2009年10月25日 (日)

洒落たポスターを探す

  067 JR大津駅構内で「奈良を習おう」のポスターを見つけた。奈良と習う-を引っ掛けてある。ご丁寧に奈良と習が赤字だ。「RealJapa」のロ044ゴ入り。平城遷都1300年絡みのJR観光ポスターだ。あれで変ない性が付いて、洒落たポスター探しが始まった。

 車内吊り、駅構内、街角、ターミナル…、通勤の行き帰りにポスターを見る。おしゃれでなく、駄洒落っぽいポスターは?と、点検また点検だ。簡単に見つかるーと思ったが、意外とない。何とか発見したのが、JR山科駅構内の京都市の環境推進ポスター。~今日の大ゴミをなくせば、京の醍醐味なり~、大ゴミは醍醐味に通ず…、駅は醍醐寺にも近い?。

 京都デザイン専門学校の作品で、デザインは石庭にゴミが落ちている。作品にがある。これ、醍醐味かな。滋賀県庁3階の新館通路に成安造形大生の滋賀ブランド試作ポスター。今津のまくわうりPRで、~スイカにない、メロンにない「ほんのり甘い」がうり~と。これ奈良をかみしめて、うりるなあと思う。大津駅の奈良ポスターの隣り。龍谷大学術祭ポスター。~木になる?気になるをシゲキする~と。いや、ポスター気になる。

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2009年10月24日 (土)

甲賀で恍惚の輝きに出会う

009 010 あの日の帰り、迷い抜いて戻った。あの時の夕陽のせいか、それとも棒振り成績の不振を悔やんでか。大甲賀CC神コースを出て、すぐ頭のカーナビが狂った。朝に降りた新名神甲賀土山ICの入り口がわからない。一般道を走り、京都山科まで2時間もかかった。

時計は午後5時を回っていた。マイカーでゴルフ場から県道129号南土山甲賀線へ出て、1、2分だった。爽やかだった秋の太陽が沈みかけている。山際が赤く染まり始め、青さがまだ残る空を照らしていた。うろこ雲も太陽の光を浴びて、赤く滲んでいる。秋の夕暮れだ。心にしみる、いい景色だ。車から降りて、茜色の空に向かいデジカメを向けた。

県道沿いでは、電線が写るので、畦道までおりた。どのあたりだろう。大甲賀CCを出た所なので、同じ所在地だと甲賀市甲賀町神(かむろ)だ。夕陽は雑木林のずっと向こうの山並みだ。まっすぐ西の方向、恐らく信楽方面だろう。車を停めた県道は2車線の道路わき、そう広くない。それもたそがれ駐車だ。急いで4枚だけ写真撮って、運転席に戻った。帰り道のさまよい、そこから始まった。恍惚の輝きに見惚れ、運転が恍惚の人に。??

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2009年10月23日 (金)

町やに句読点の○

033 038 お好み焼きの「町や。」へ行った。京町屋をイメージしたお店で、京都駅地下街ポルタのレストラン街にある。店の名前が何で「町や。」か、どこか洒落っ気があって、初めて入って見た。メニュー見て、注文は特選「町や。」にした。九条ネギと具沢山のお好み焼きだ。

 何しろ店自慢の特選、値段も1180円だ。これに生ビールでも追加すると、そこそこ…だ。店名が店名、客の注文に店員さんが「ちょっと、待ちや」と返ってくれば◎だが、そうはいかない。洒落る場合ではない。当然だろう。「ちょっと待ちや」10分余りで、出て来た。海老、牛、イカ、豚、蒟蒻に九条ネギ…熱々の鉄板上、鰹節が縮んで膨れて….だ。

 左隣り、外国人夫婦はナイフとフォークだ。焼きそばクルクル巻いている。スパゲティ感覚だ。イタリア人だろうか。奥さんが自分のイカを旦那の皿に-夫婦愛、美しい光景だ。こちらは一人で、特選「町や。」だ。味?、店名に句読点がついている。○だ。店名の由来、橋本広巳店長に聞くと、8年前、京風にリニューアルしたおり、店名も変えた。「町や」だと奇数なので、句読点つけ、ゲンの良い偶数の「町や○」にしたと。これぞ、天命。??

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2009年10月22日 (木)

005 002  琵琶湖に住む一番大きな魚です。口ひげが4本あります。夜行性で、魚食性で、お腹は白い魚です。さて、何という魚でしょう。答えはビワコオオナマズである。琵琶湖固有種で、体調は90㌢から1㍍20という。説明読んで、ガラス越しに見て、写真を撮った。

 しが子ども文化芸術祭で県立びわ湖ホールへ行ったおり、展示してあった。正面ロビー3階、あまり気づかないスペースだ。井上建夫館長がNPO法人大津倶楽部と共催で開催していますと、案内してもらった。びわ湖フイギュア・フィシュ展である。琵琶湖に住んでいる61種類の魚の陶芸作品がケースに展示、前の白い壁に魚写真と説明があった。

 展示は外来種と移入種は除くという。米国から来た琵琶湖在来種の敵役、ブルーギルやブラックバスのフィギュアはない。ガラスケースを一つずつ見て回った。1番ホンモロコから61番イサザまでだ。フナ寿司のニゴロブナは60番、子どもの頃に釣っては捨てたボテは22番だ。もう半世紀?遠い記憶が甦る。琵琶湖で一番小さい魚は17番メダカ。魚の陶器づくりの経費は大津市。市長はメカタ(目片)さん。うん、関係ある、ない。???

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2009年10月21日 (水)

意味のない作品「む」は…。

099 100  ネット検索は便利なものだ。たちどころ無から有を生ず。府立植物園の野外彫刻展で展示の作品「む」がそうだった。立体造形作家、外礒秀紹さんの作品で、会場にあった作品紹介のチラシに本人が~意味のない無意味な作品を意味する「む」です~と書いていた。

 正直、屈折しているのか、偏屈なのかと思った。意味がない作品、なぜと思う。作品は土台の上に高さ2㍍ぐらいの煙突が3本立っていた。植物園名物のくすのき並木の、叢の中だ。幾ら作者が「む」と言っても出展するのだからと「む」の意味を考えた。正面、斜め、後ろと作品の周囲を回った。こちらは凡人、観て考えて、やはり空しい「む」だった。

 戻って、作者名で検索した。作者の外礒秀紹さんは、福岡県生まれ、京都精華大卒業で47歳だ。偏屈どころか、信楽を拠点に活動する気鋭の作家さんで、作品「む」を連作中だ。ご本人の写真まで出てきて、友人が「哲学的な風貌だが、喋ればお茶目」と紹介している。本人の作品解説も。~大消費時代を意味した昔のおばけ煙突。あれは明るい未来か、絶望的な未来だったのか。さて現代は?~と。意味ある、む、ム、無、MU、?…。

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2009年10月20日 (火)

当家飾りは印象画伯の松に鷲図

047 042  堂本印象画伯が描く「松に鷹図」の御見送りだという。知恩院から三条通りへ出て、地下鉄東山駅へ歩いていて、見つけた。京都滋賀県人会館の東隣り、お祭り幕と提灯が掛ったギャラリーウエーブだ。ウインドウ越し、鷲が首をぐっと伸ばして、わしやと見ている。?

 松の枝にとまり、羽を広げて、鋭い眼をしている。何と威厳のある鷲だろう。イケンかなと思ったが、ウインドウの中にピントを当てて、わしやがな?わしやがな!とシャッター切った。洒落、ピント甘かったかな。ガラスが光って、どうも決まらない。もう一度、もう一度と向きを変えたり、屈んだりしていたら、中からお入り下さい!と声がかかった。

京の七口の一つ、粟田口にある粟田神社の祭礼前日だ。秋晴れのあの日、10月11日だった。靴脱いで、赤い毛氈へ上がり、松に鷲図と隣の剣鉾を撮った。昼からの当番か、町内の方に聞くと、粟田神社の氏子町の一つ、西町の当家飾りだという。粟田祭りは千年以上の歴史があり、鉾は18基あり、毎年交代で5、6基が巡行する。西町は第11鉾で、瓜巴(うりともえ)鉾というが、今年は印象画伯の鷲図、見送ったと言う。洒落たかな。

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2009年10月19日 (月)

朝の田んぼに長い足の影

005 003  長い足やなあ…、誰の足かなあ…と思う。良く、背の高さに比べ、足が長いと言われ、自分でも、それなりに自覚している。ひょっとして?と、後ろを振り向いたらやはりそうだった。朝の太陽が我が身体を照らして、バス停の前の田んぼに影をつくっていた…のだ。

 我が身ながら誠に、足の長い影だ。刈り入れが済んでもう1カ月だろうか。田んぼ一面、二番穂が出ている。バス待ち仲間?田んぼにお隣りさんの影も伸びている。右はリュックを背負う男性、左はオフィスレディーかな。緑の長いマフラーを巻いている。顔を見ず、前の影の長さを見比べる。真ん中の影、足がスッと腰まで伸びて、一番長くかっこいい。

毎朝毎朝、定時にバス停だ。JR山科駅へ行く京阪バスだ。四条河原町行きが来て、その5、6分後に来る。午前7時23分発だ。太陽は朝、東からのぼり、昼は南の高いところを通って、夕方西に沈む。朝夕の太陽は低く、影も長くのびる。朝の田んぼの影、多少は足の長さとも比例だろうか。まだバスは来ない。田んぼの我が影にデジカメを向け、振り返って太陽も撮った。もう一枚と構え時、バスが来た。足の長い影さん、また明日!

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2009年10月18日 (日)

しまや庵のお値打ちランチ

020 031 鯵の干物が最初に乗った。カウンターの上のトレーだ。続いて豚しゃぶ。モヤシに豚肉が2枚、板前さんが上から出汁をかける。白いご飯と漬物の小皿。お吸い物はアサリと小松菜だ。まだ出る。ホタテの造り、炊いた鰹節、炊き合わせ。全部で8品も…だ。

 割烹「しまや庵」の日替わり定食だ。創業9年目、京都市中京区高倉仏光寺上ルにある。出揃って、食前の写真撮影に入った。椅子から立ち上がった。それでもトレーからはみ出たご飯は写らなかった。昼を過ぎて、近くに所用があり、久しぶりに行った。前は千円だったのに800円に値下げになっている。それでいて、おかず数々、前と変わらず豪華だ。

 カウンターの中、板前さん一人だ。まだ若い。大将は?と聞くと、昼が一区切りついて用で出たという。目の前は即、調理場だ。大将に代わって、相手してくれる。安くなったのはコーヒを止めたからで、値段以上に値打ち感を出していると。確かに800円でこんなに!と思う。店のことが載った京都新聞夕刊を持ち出してきた。店主の伴野均さんが「料理の基本は塩、水、タレ」と言っている。店自慢の仕方、板前さん若いのに心得ていた。代役、立派!。

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2009年10月17日 (土)

湖国を描くのグランプリは「湖水の7月」

001 011 審査員の一人、日本画家・安土優さんが褒める。~視点が良い。色彩が的確だ。陰と陽のメリハリがある。ユニークだ。緊張感がある…~と。五重の花マルである。第14回湖国を描く絵画展で、グランプリを受賞した「湖水の7月」=写真=の審査員評である。

作者は京都市中京区の福家ようこさん(31)だ。草津にある烏丸半島のハスを描いた。雨の多かった今年の7月、ハスの青い葉に水滴が一つ付いている。ピンクの花は水中で揺れて、二重映しに浮かんでいる。どこから見て描いたのだろう、ローアングルだ。画材は透明水彩のパステル。賞金50万円、県知事賞のグランプリを受賞した日、話を聞いた。

受賞作の前、記念の写真を撮った。大事な賞状は筒の中、落ち着いたお嬢さんだ。絵は子どもの頃からで、京都・銅蛇美工から岡山の大学へ-という。今、滋賀の自然の大きさ、深さにとりつかれていると話す。TVも携帯もなく、図書館で絵画展を知り、初めて応募したそうだ。絵の勉強はどの会派に属さず、独学とか。過去最高272点の応募で審査員3人文句なしの一番でも、まだまだと。謙虚さ、ハスかいに観ても聞いても気持ちいい。

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2009年10月16日 (金)

知恩院さんの、毎月のおことば

083 019  今月のことば、どんなんかなあ。総本山浄土宗知恩院が三門の南側に掲げる案内兼ねての伝導掲示板だ。屋根付きの黒板書き掲示板で、高さは3・5㍍、横幅2・5㍍以上はある。法話の日程と講師と演題、毎月の行事案内と、真ん中に毎月のことば…である。

知恩院の三門前は良く歩く。岡崎の近美か市美へ、遠回りして行く時か、帰る時か、ウオーキング兼ねて通る。掲示板は何年も前からあり、存在は知っていたが、立ち止まって、じっくり見たのは、九月のことばだった。~この秋を 越えて残りの 秋いくつ~だ。秋晴れ、空が高く、ふんわり雲がぽっかり浮かんでいた。掲示板を見て、青い空を見上げ…だ。

宗教心、無いのか、有るのか…、お天道様次第と思っている。~秋いくつ~、そのことばに、我が命あと何年を重ね、感慨を感じた。秋は初秋から秋本番の十月に。この間の日曜日、わざわざ掲示板を見に行った。黒板書き、九月のことばを消して、十月のことばが上から書いてあった。~秋しぐれ 借りるばかりの 人の恩~と。作者も意味も不明だが、ご先祖さまの有難さを説いているのかな。空は清く高く、何か心も澄んだ。

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2009年10月15日 (木)

和紙のちぎり絵、植物園で制作公開

 057 094 日曜の府立植物園、出会ったのは二度目だ。ブルーの長いマフラー、黒の帽子、格子縞のシャツ…芸人さんスタイルの男性だ。園内北側、桜苑の前の芝地に青いシートを敷いて、作品を公開で制作している。問いかけると、誰彼となく説明していて、明るそうな男性だ。

最初の日曜、気にして通過したが、この間は話の輪の中に入った。聞かれて、何度も同じことを答えているのだろう。作品は和紙のちぎり絵で、こうした制作方法はほとんどないという。下絵を描いて、着色した和紙を小さくちぎって、板に貼り付ければよく、誰にでも出来るという。ワシにも?と洒落たかったが、通じるか少し不安だったので、やめた。

制作中の作品は空と山並みとススキだ。奈良の曽爾高原?と聞くと、当たった。ススキの穂が2、3㍉で、貼るのが手間で、もう2カ月かかっているそうだ。このちぎり絵制作、去年から始めて、宮島の水中花火、兵庫県佐用町の向日葵畑など完成作品は6つという。来年は嵐山で個展を開く予定だそうだ。お名前はまーちゃん。滋賀県野洲市に住んでいて、守山の鉄工所に勤めているという。今度会って、わしやがなーと言ったらわかるかなあ。

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2009年10月14日 (水)

道路上から新幹線を撮る

020 003  来た!来た!-のぞみかな、N700系か。いや、ひかり?こだまかもしれない。ぐんぐん、近づいて来た。デジカメ、どこでシャッター切るか、向こうは速い。N700系なら最速285キロだ。構えた、押した、撮った。新幹線車両は何かな、写っているかな。

 京都山科区上花山久保町の国道1号である。新幹線と並行して走っている。東山トンネルを出て、国道も新幹線も南から東へ大きくカーブしている所だ。東の大津まで11㌔、西の堀川五条まで5㌔だ。京焼の作家、問屋さんが住む清水焼団地、忠臣蔵の大石内蔵助の隠棲地が近い。好天の休日、バス停へ行く道すがら、デジカメ構えて、新幹線を待つ。

 撮った写真、上の2枚がそうだ。近くに歩道橋もあるが、道路からが近い。新幹線フェンスと5、6㍍だ。写真のプロバデイ見ると、左は8月29日(土)午前10時撮影だ。山並みが霞み、曇り空だ。ヘッドランプがやけに赤い。N700系ではない。右は1月10日(土)だ。鼻先が低く突き出ている。最速のN700系だ。ともに京都駅へ行く下りだ。撮影のコツは、はやる気持ちを抑えることだ。何時も人生も写真も辛抱第一を思う。

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2009年10月13日 (火)

童門冬二さん、リーダーの条件を話す

011 015  お会いするのは、秋のこの時期で、3年連続になる。歴史作家の童門冬二さんだ。最初は傘寿のお年からで、今年は82歳である。挨拶は「どうも、どうも」で始まり、講演は「下手な話でどうもすみません」で結ぶ。童門さん、ペンネームをフルに生かして洒落る。

 お顔は血色よく艶々、目は眼鏡越しに輝いている。お元気ぶりも3年連続だ。相撲で言えば、まだ十両と言い、文章の起承転結なら、まだ結びはなく、起承転々だと話す。面白い譬えだ。10日午後、大津市膳所の生涯学習センターであった講演は、歴史に学ぶリーダーシップの条件-だった。これも3年連続で白板使って、含蓄あり、哄笑ありの喋りだ。

講演のお手本、一縷の隙もない。東京・目黒の自宅から娘さんの冬美さんが付き添い、壇上は椅子を用意して、話は30分ほど短くなったが、マイクの声は朗々としている。直江兼続、石田三成、上杉鷹山…歴史上の人物が15人、出来事も慶長○年○月…と諳んじている。リーダーの条件6つと言う。白板に①先見力②情報力③判断力④決断力⑤実行力と5つ書いて、最後に⑥体力-と。これがないと何も出来ないと。いや、誠にどうも!だ。

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2009年10月12日 (月)

菩提寺PAのびっくりうどん

007_2 010  行くたびにウインドウを覗く。確かにでっかく、びっくりだ。名神上り線、菩提寺PAが出す500円のびっくりうどんだ。当店おすすめの印しがつく。うどんは1玉半だという。毎朝揚げるという手づくりかき揚げ、お椀からはみ出ている。見ただけでびっくりだ。

 何時か、何時かと思いながら食べていない。名神走って、竜王か八日市で降りる時、噂のうどんが気になり、決まって、菩提寺PAへ寄る。気持ちはあるのだが、何時も朝が早くて、タイミングが合わない。ついこの間の朝も8時だった。コーヒー飲んで、食べたつもりでウインドウ越しに写真を撮った。帰りがけ、カウンターの中へ誰となく声をかけた。

 あのう~びっくりうどん、よく出ますか?。朝ごはん定食で忙しそうなのに、50歳くらいのお母さんだろうか、こちらを向いて、答えてくれた。朝10時から用意して、たまに夕方まで残ることもあるけど、一日30個限定なので大体昼過ぎに捌けると言う。うどんに乗るかき揚げ23㌢だという。食べた経験のある職場のTさん(4?)によると、ディスプレーより本物の方が大きいと。食べてびっくりの秋、そのうち来るだろうか。

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2009年10月11日 (日)

花の名は球根草の玉簾

006 007 何と言う花なのだろう。花弁が6枚、小さいけど真っ白だ。大津市打ち出浜、びわ湖ホールの向かい側を歩いていて、足がとまった。複合施設「コラボしが21」の玄関先の庭だ。白い花が見て!見て!と咲いていて、その一つにミツバチがとまり、蜜を吸っている。

 デジカメ取り出し、真上からマクロにセットして、撮った。ミツバチさん、蜜に夢中で気づかず…である。尾っぽの縞々、さすがにミツバチハッチだ。黄色と黒がはっちりしている。白い花の真ん中は、黄色の雄しべが6本、白くて少し長い雌しべは1本だ。茎は15㌢くらい、葉は細長い。庭の中、これからまだまだ咲くのだろうか、群れていっぱいだ。

 写真は撮ったが、花の名前が知りたい。図書館へ行って、植物図鑑で-と思ったが、花ごころのありそうな人に写真を見せて聞いて回った。その一人、癒しの街角スケッチを描くNさん(7?)からブログのコメントで回答が来た。ヒガンバナ科の玉簾(タマスダレ)で、ペルー原産の球根草だという。ネット検索で花写真と照らし合わせた。確かに玉簾だ。玉は白い花、簾は葉の集まりという。あっ、さてさてさて?で、花の名前は玉簾だった。

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2009年10月10日 (土)

草津の郵便ポストは黒かった

064 062  郵便ポストは黒かった!。これ、ホントのホントだ。日本の郵便制度は明治4年(1871年)に始まる。その創業当時、ポストは角型で黒かったのだ。当時使用していた同型の黒ポストが中山道と東海道が交わる草津宿にある。初めてみて、そうか、そうだったのかと、知った。

赤いポストの誕生は明治34年、創業から30年後だという。出歩くと、何と出会うかわからない。世の中、知らぬこと多々ありである。あの時もそうだった。最初、ステンレス彫刻の「時の旅人」を見つけ、そのあとで隣りの黒ポストに気づいた。箱にちゃんと「POST 書状集箱」と書いてあり、草津郵便局が駒札まで立てて、由緒を説明していた。

 旅人彫刻の写真に夢中で、ポスットしていた。書状集箱―、味のある命名だ。創業時、東京12か所、大阪8か所、京都5か所と東海道筋の62か所に置かれたそうだ。草津宿もその一つだった。黒ポストに肖り、わざわざ黒色にした駒札に、なお書きで、このポストは他と同様、取り集めを行います。ご利用下さいと。収集は12時20分頃と16時55分頃の一日2回だ。郵便屋さん、黒くても苦労して来るのだ。ちょっとしんどいかな。

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2009年10月 9日 (金)

「山元麺蔵」の麺を残すな!

060 061 何時行っても、人、人、人だ。手打ちうどんの「山元麺蔵」で、3年前から平安神宮北側の岡崎通りで店舗を構える。店主は若く、老舗ではない。何時頃からそうなったのか、土日の昼間は待ち時間30分以上はザラのようだ。この間の日曜、夕方なら…と行った。

待っている間に品定めだ。お品書き、蕎麦はなく、うどん一筋だ。悩んだ末、牛と土ゴボウうどん=写真=にした。値段は940円、単品では高めだ。人気は土ゴボウ天うどん840円なのに、気づくのが…だった。4人掛けテーブル2つと10人座れるカウンター、満席だ。待つ間、店内見渡す。壁に貼り紙があって、「~麺を残すな!名を残せ!」と。

 カウンター席が空いて、端っこに座った。注文ずみ、すぐ出てくるかと思ったら、店のモットーが打ち立て、茹でたてなので、また待った。お茶を飲みきった頃、出て来た。麺は艶々、讃岐うどんより細くて、白い。味はどうだ。ツルツル、ツルツル頭じゃない。うどん、ゴボウ、肉、出汁変わりべんたんだ。待つだけの味だ。そこそこ食べても底がみえない。麺がたっぷりなのだ。貼り紙の、麺残すな!は意味があった。ごめん!??。

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2009年10月 8日 (木)

草津宿で「時の旅人」に会う

059 054 ステンレスの棒、何本だろう。身体を引っ張り合って、風になっている。顔を見上げた。男性かな、女性かな。身体?あばら出ているみたいだけど、筋肉もだ。すらっとした足、良く伸びている。手も振れている。マラソンの折り返し点、交差するランナーのようにも見える。

JR草津駅から歩いて7、8分だった。天井川のトンネルを抜け、東海道と中山道が交わる所だ。江戸時代、参勤交代の大名らが泊まった草津本陣へ向かって歩いていて見つけた。草津公民館前のポケットパークだ。歴史を刻む街道に何という粋で颯爽とした彫刻だろう。思わず足が止まった。前から見て、後ろにも回って、彫刻の意味を考えた。

像は背中合わせの二人だ。一瞬のすれ違い、疾風の如くである。昔、旅人が行き来した場所を意図して、現代ふうに制作したのだろうか。もう一度、等身大のステンレス像の周りを回った。大理石の台座に「時の旅人」と題がある。作者は鈴木典明さん、1998年の制作だ。人が行き来した過去から現代への時間を表現しているようだ。デジカメでどう撮るか、再び、近づき、離れて…である。本陣行きは忘れ、我もまた今、時の旅人なり。

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2009年10月 7日 (水)

三井寺の御本尊御開帳に行く

016 023  西国十四番札所・三井寺の御本尊が御開帳だという。京阪石坂線石場駅の改札口に告知ポスターがあった。観音さま、瞼を閉じて優しく写っている。右手を頬につけ、お顔は少し傾けている。頭上、宝冠一杯だ。重文の如意輪観音坐像、御開帳は31年ぶりという。

 仕事が終わって、帰り道に行った。10月3日、御開帳初日だった。閉門の午後4時まで、あと1時間ほどなので急いだ。三井寺駅で降り総門から入り、観音堂までの177段、一人だったが、フーフー??上がった。これ、前に一度、使ったかな。特別拝観は200円だ。ビニール袋に靴を入れ、床板をギシギシ踏んで奥へ進んで、観音さまと出会った。

 御開帳は目の位置より高い所だ。失礼ながら下から覗きみて、手を合わせた。ポスター通り、慈悲深いお姿だ。隣のご婦人は、ルーペ鑑賞だ。生涯にそうない御開帳、隅々まで、目に焼き付けて、なのだろう。普通、御開帳は33年に一度なのだが、西国三十三所観音霊場を復興した花山天皇の千年御忌記念で特別だという。下りの階段、また一人で降りて、受付窓口のおじさんに初日のお参りは?と尋ねると、天気も良く真に快調?だった…と。

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2009年10月 6日 (火)

眞民さんの石碑「念ずれば花ひらく」

069 003  いい言葉だなあーと思う。仏教詩人、坂村眞民さんの「念ずれば花ひらく」である。眞民さんが書いた筆跡の石碑が知恩院の境内にある。三門南側の智彗の道、通称女坂を行って、長い階段を上がりきった辺り。木立の中、縦1㍍、横2㍍の大きな石碑だ。

何時頃からだろうか。「念ずれば~」が身体の中にしみ込んでいる。今年、その坂村真民さんの生誕100周年だという。京都駅地下構内の熊沢書店で、新刊「一道を行く 坂村真民の世界」を見つけた。あとがきは坂村さんが40歳の時、生まれた三女、西沢眞美子が書いている。眞民さん、熊本出身で、宇和島の高校教師、97歳まで生きたという。

到知出版社の発行、躊躇せず買った。「どう生き、どう死ぬか」をテーマに宗教家の松原泰道さんと石川洋さんが眞民さんを語り合っている。「念ずれば~」の石碑ことが出ていた。今、石碑は海外含め680基もあるという。知恩院だけと思っていたので、驚いた。山科・一燈園にいた石川さんが、石碑を広める運動を展開しているそうだ。第1基は昭和45年、鷹ケ峰の常照寺という。の意味、年々、深く思うねん。??

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2009年10月 5日 (月)

満月を撮りに歩く

 116 130 歩いて、歩いて…、撮った。昨夜は中秋の名月、今夜は中空、一点の曇りもない満月だ。どれだけ歩いただろう。地下鉄蹴上駅を降りて、平安神宮まで出て、神宮道通りを南へ行った。市美、青蓮院、知恩院、円山公園、高台寺、八坂五重塔…、満月撮りウオークだ。

 時間は午後6時半から7時半だった。満月は寝たる姿や東山~の上で、それこそ煌々と…である。昨夜の名月は雲間だったが、今夜の満月は透き通るが如く輝いている。そうはない満月、これぞ満々たる満月である。歩きつつ、弘法さんの同行二人、兼好の徒然なるままに…を思う。デジカメ3倍ズーム、届かないとは知りつつ要所で何度も満月へ向けた。

 最初は平安神宮大鳥居と京都市美だ。街灯の明かりが邪魔をする。青不動公開の青蓮院は夜間拝観中で、明るすぎる。知恩院三門、満月は大屋根の上だ。いいアングルだ。発光停止で撮る。三門がシルエットになり、写った満月は光で滲んだ。円山公園出た所にある長楽館。玄関前のヒマラヤスギが電飾してある。邸内へ入り、満月を重ねて撮った。自然と人工が輝き合うコラボになった。我が頭も夕方、ツルッと整髪した。これも満月コラボ?。

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2009年10月 4日 (日)

フェルメールの「レースを編む女」

035 038  京都市美のルーブル美術館展が幕を閉じた。待って待っての鑑賞だったという。閉幕翌日、展覧会を主催した読売新聞を読むと、総入場者は61万8321人と出ていた。平成に入り、関西開催の美術展では最多動員を記録したという。まさにルーブル、ブルブル…だ。

 鑑賞は最終日の9月27日、それも夕方に行った。最後の最後なら、すぐ入れるのでは?の思惑は外れ、待ち時間は45分だ。場外の案内マイクは「今からは30分しか鑑賞できません」という。入場料1500円-、財布を確かめ並んだ。間もなく最後尾に「入館受付終了」と出た。会期のホントの最後になった。会場内の作品は人と人、頭と頭の間だ。

目指すは、フェルメールの「レースを編む女」だ。市美前に立てかけてある看板絵…、鑑賞者が記念写真を撮る、あの看板絵だ。防弾ガラスの中、何と小さいな絵だろう。せめてここだけは…と1500円分をしかと見た。フェルメール晩年の作品で、高さ24㌢という。A4ぐらい、表の看板絵は4倍に拡大だという。見どころは、顔と手元、絵の具が滴たり流れているような赤と白の毛糸…だ。これで鑑賞、フエルフエル、フェルメールだ。

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2009年10月 3日 (土)

新メニューはゴーヤ焼きそば

008 012 新メニューのお試しキャンペーン中という。お試しは、ゴーヤ焼きそばと、ゴーヤチャンプルとピリ辛焼きそばの3種類だ。お試しを頼むと、ドリンク100円引きだ。JR山科駅前ラクトー4階のレストラン街、「鶴橋・風月」である。もう2度3度と入っている。

 お一人様ですか?と、何時も通りの案内がある。店内見渡せるずっと奥の4人掛け席だ。今夜はお試しメニューのうち、ゴーヤ焼きそばだ。手持ちの本を読んで待って、間もなくだ。ゴーヤ焼きそばが出てきた。メニューの写真通り、目玉焼きが乗っている。湯気がジュジュと出ている。バンダナと赤い制服が似合う女子店員さんが「どうぞ」と持ってきた。

 焼きそばの写真撮っていい!と話しかけた。何時もの手だ。足ではない。胸の名札は「主任 下永田」さんだ。珍しい名前やねえ?と聞くと、お父さんが鹿児島の出身だそうだ。貴女は?と尋ねると、前から大津の堅田に住んでいて、堅田高校出身という。若くて、もう主任やねえ?と言うと、バイトから勤めてもう4年になるそうだ。受け答えテキパキ、感じのいい店員さんだ。焼きそばもゴーヤ、豚に烏賊、もやし、キャベツ、生姜…味?文句無く5~や。

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2009年10月 2日 (金)

デュフィの油彩「バッハのオマージュ」

 031 008 どう見たらいいのだろう。裸身の女性が髪を束ねながら青い空を泳いでいる。口から赤い線、口笛だろうか。砂浜の向こう、ヨットかな。線囲いは建物?手前は楽器の数々だ。バイオリン、フルート、トランペット…、立てかけた板文字は「J..BACH」だ。

 フランスの画家、ラウル・デュフィの油彩「バッハのオマージュ(賛辞)」である。今、伊勢丹京都7階の美術館で開催中のデュフィ展に出ている。ポスターにチラシに入場券に、みんなこの絵である。職場帰りに2度、会場へ足を運んだ。最初に鑑賞したおり、デュフィは大変な音楽好きだと知った。描いている絵はツーだと、何長調で演奏されているかわかるほどだという。

二度目の鑑賞、真っすぐ「バッハのオマージュ」を見に行った。キャプション読むと、デュフィは自らピアノとバイオリンを弾き、作曲家ではモーツアルト、ショパンが好きだそうだ。弟と音楽会へ再三通って、絵にする時は演奏家でなく、旋律的なモチーフと個々の楽器を描き、演奏会を再現しているという。会場に展示の音楽作品は五重奏、オーケストラなど6点だ。熱心に見詰めていたら、「ジャジャジャ、ジャ~ン」…???。空耳かな。

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2009年10月 1日 (木)

田中恒子さん、コレクションを語る

081 086  鼠色のワンピース、薄い眼鏡をかけている。右手にマイクをしっかり握って、どんどん喋る。大阪教育大名誉教授、田中恒子さんである。連休中の9月20日、和歌山県立美術館で、「現代美術と一緒に暮らす」と題して講演した。知人の案内で、聞きに行った。

 会場は200人以上、補助席まで出て超満員だ。「自宅から美術館へ 田中恒子コレクション展」を開催中で、ご本人の登場である。専門の住居学の研究では、学会で名が通っている。お若いようだが、名誉教授だと、70歳代だろう。もう20年来の現代アートコレクターという。直観で買って、家庭で楽しんで、とうとう千点以上にもなったという。

 講演の前、展示作品を見た。ビーズの羊、兵士の顔切手、どんまいQちゃん…人形やら絵やら…小品がズズッとだ。確かに1点1点、ウーンと思わす。田中さん、小学生の時の絵画の先生から「美しいとは何かがわかる人に」と言われたことが、今につながっていると話す。▽作品、集め過ぎて家庭から溢れた▽展覧会作品は観られて完成する▽作品はすべて直観だけで買った…和歌山まで行って現代アート講演、あ~とからわかるかなあ。??

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