2018年5月26日 (土)

「日本詣で」に登場、広島のタコカラ

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これはおいしそうや。こうも上手く書かれると、食べたくなる。揚げたてのタコカラ。「レモンをぎゅっと絞って齧ると、タコがグリグリとして、舌をキックしてきた。オオーと声が出た。生ダコを醤油につけて、カリッと揚げてある」。タコカラか、文章か、これはうまい。

 

 エッセイスト嵐山光三郎さんの「日本詣で」。33年かけ日本列島巡って、大学ノート78冊分のうちの広島の記述。広島出身の映画監督大林宣彦さんに親指ぐらいの生タコをさらっと揚げた尾道のタコ天は、サクッとして極上の味~と聞いていた嵐山さん、広島空港のレストランで思い出した。尾道とは比べ物にならないと思いつつ、注文して、食べたら…だった。

 

 嵐山さんの文章、洒落っ気があり、庶民性があって、面白く、上手い。「芭蕉紀行」「文人悪食」「文人暴食」など読み「日本詣で」は古本屋さんで見つけた。広島のタコカラ記述と出会い、広島までは行けないので、近場でぶらり、タコ天、タコカラ注文して、タコがグリグリして、舌をキックするか~である。寿司屋と居酒屋。生タコでなく、茹でタコで出て、噛じると、シガシガ、グニュグニュ…。やっぱり、生タコ天は「広島詣で」かなあ~。

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2018年5月25日 (金)

京都御苑、閑院宮旧邸の「床みどり」

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貼り紙に書いてあるとおり、少し屈んで、見たら…である。なるほど、なるほど…映っている。黒く光る床に庭の青モミジが映っている。床が青い。これが「床みどり」。秋には「床もみじ」になる。京都御苑内、閑院宮(かんいんのみや)旧邸の一室。いや、ゆかった?。

 

 閑院宮旧邸は環境省が管理、無料で公開している。地下鉄烏丸丸太町駅を降りて、東へ行ってすぐ。いま、明治150年記念「激動の幕末・維新と京都御苑誕生」と題した企画展開催と知って、行ってみたら、展覧会より、思わぬ「床みどり」である。蛙股、舟肘木、天井化粧張り…などある部屋。中庭前にボード、京都新聞夕刊に載ったカラー写真が貼ってある。

 

 新聞の見出しは「新緑しみ入る床みどり」。ボードはマジックペンで、眼のマークを印して、~この位置から矢印の方向をご覧下さい~と。御苑公園管理事務所さん、粋な案内である。矢印の方向、部屋の障子が大きく開いて、緑の庭が見える。青モミジの木々、紫のあやめ…。腰を屈めて、~おお、牧場はみどり~、いや、床はみどり!。遠く岩倉の実相院門跡の「床みどり」まで行かなくても、旧公家邸は洛中の隠れスポット。~おお!床はみどり~。

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2018年5月24日 (木)

武将・藤堂高虎の能面

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刀傷が絶えなかった先陣切りの戦国武将・藤堂高虎の能面をどう打つか。能面師・伊庭貞一さん(67)は、高虎の肖像画、イラスト絵と面と向かい、イメージを膨らませて、打ち上げた。初開催の個展、思索した結果の試作として、高虎の創作能面を初展示した。

 

 個展の開催は、京都駅構内ポルタのギャラリー「華」。滋賀県東近江市在住の伊庭さん、~近江の能を訪ねて~と題し、20年来の自作25点を並べた。近江ゆかりの謡曲、竹生島、蝉丸などの能面の中に創作面・藤堂高虎である。京都新聞に記事が載った。前の勤め先時代に知りあい、秋田、鹿児島の国民文化祭へご一緒した伊庭さんである。話を聞きに見に行った。

 

 豊臣秀長、徳川家康などに仕え、武勲数々の高虎は、近江の犬上郡甲良町生まれ。来年の秋、甲良町は、町おこしで、郷土の誇り、高虎を題材に新作能を上演する。その高虎面の制作依頼が伊庭さんにきた。高虎は築城名手、愛媛の宇和島、今治城主、三重の津城主、72歳まで生きた。歴史小説、エピソードも多い。伊庭さん、こうら?大変と、制作を続けた。頬に刀傷をつけ、武将の気迫たっぷりに目と口をグワッと開かせた。秋の能舞台、高虎面との対面?待ち遠しい。

 

 伊庭個展は5月15日からあり20日で終わった。ギャラリー「華」開設10年、能面展示は初めてで、一日に200人の鑑賞など好評だったという。 ※ 伊庭さん、大津市生まれ。金沢、横浜などの能面展で優秀賞数多い。「滋賀能楽文化を育てる会」副会長など勤め、県内で能面教室を開く。

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2018年5月23日 (水)

歌はどう聴く、三条大橋で聴く

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歌はどう聴くのか?。場所で聴く?歌い手で聴く?有料ライブで聴く?テレビ、ラジオで聴く?、Uチューブで聴く?一人で聴く?…、聴き方も色々あって、あの日は土曜の昼下がり、京都の町中で聴いた。東海道膝栗毛の弥二さん喜多さんがゴールした三条大橋である。

 

鴨川の河原、弥二さん・喜多さんの銅像がある西南側…、そうそう100年前に東京上野・不忍池へ、駅伝が始まった所…、近くには150年前、新撰組が長州の攘夷派を襲った池田屋跡もある。聴いた場所の説明は、このあたりにして、誰の歌を聴いたか。シンガーソングライター・大西拓馬君、ソフトな歌声である。橋の上から聴き、河原へも降りた。

 

あの日、改修中の南座の北、縄手通りの画廊でKHさんの個展を見たあと、鴨川左岸を北へ。風に乗って、爽やかな甘~いメロディーが聞こえてきた。何処かな、何処かな~と歩いて、三条大橋の河原。通りがかりの皆さん、欄干から覗き込んでいる。自分で鍵盤叩きながら歌っていたのが、大西拓馬君。橋上から見えるよう表示幕があり、名前がわかった。紺のジャンパー、スニーカー、若い。一人で歌う拓馬君、名前通り、たくましい。頑張れ!。

 

 ネット調べで、大西君、京都府在住の22歳。「僕の手」というCDも出し、全国ライブこなすなど、期待のホープ。

 

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2018年5月22日 (火)

五条大橋近くのナンジャモンジャ

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 雪を被ったようなあの木はナンジャ?何かモジャモジャしている。そやそや、あれは「ナンジャモンジャ」の木や。牛若丸と弁慶の像が建つ京都の五条大橋の西南側にある大木。山科帰り、京阪バス最後部の座席に座っていて見えた。「ナンジャモンジャ」に間違いない。

 

 いつだったか、新聞に「境内にナンジャモンジャの雪の花」と載っていて、近江八幡市の紗紗木神社へ見に行ったことがある。小さな十文字みたいな花弁がかたまって、モジャモジャしていた。正式にはモクセイ科のヒトツバタゴ(一葉田子)。クスノキ、ニレなども樹種により、そう呼ばれるらしい。バスから見た目が正しいかどうか、五条大橋へ確認に行った。

 

 五条坂から西へ歩き、橋を渡って、木屋町沿いを流れる高瀬川の傍。隣の5階建てビルと同じ高さ、20㍍はある大木。小さな花弁、だいぶ散っていても、紗紗木神社で見た白いモジャモジャと同じ花が咲いている。~このあたり、源氏物語の主人公、光源氏のモデル・源融の大邸宅「河原院」があった~と駒札が立つ。大禮記念植樹の碑も。榎、楓とともにナンジャモンジャ…、もんじゃ焼きコラボ、どんなもんじゃ?それは、なんじゃ?。いや、失礼!。

 

 写真撮影は5月19日午後。

 

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2018年5月21日 (月)

暖簾は「やらと」?「とらや」?

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町歩きは、あっちを見て、こっちを見て…、増える外国人観光客見て、店見て、看板を見る。歩道が広くなった京都の四条通り。烏丸から河原町へ、よく立ち寄るのは、ファミマ、くまざわ書店、ドトールコーヒー…、気になるのは、平仮名暖簾「やらと」か、「とらや」か…である。

 

堺町通り、富小路通り…東へ東へ、御幸町通りへもう少しの南側、白い暖簾がかかる。読みは「やらと」か、「とらや」か。正解はもちろん、お菓子の老舗「とらや」。室町時代後期の創業、御所御用達である。漢字なら一目瞭然「虎屋」。京都で100年以上、3代以上の老舗の扁額は、右彫り、右読みが多い。「とらや」も左から「やらと」でも、右から「とらや」。

 

わかっていても…である。今は左からの読みが普通、つい「やらと」と読んでしまう。店内には虎マークの商標入り立て字看板。四条商店街振興会の旗は左から「とらや」とわかりやすい。「やらと」と見えるのは、どうやら老舗故の勲章?。5世紀に及ぶ老舗菓子経営…、明治天皇とともに京都から東京へも出て、全国のデパートにも出店し、パリ店はもう30年という。名物の羊羹から各種の商品開発、時代とともにトライ、またトライ…、年商180億円!。

 

 写真の「とらや」は四条店、2階はカフェ。京都の本社は烏丸一条。東京は赤坂などに。ホームページに年表など出ている。

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2018年5月20日 (日)

肖像画は国会へ~

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輝きの舞台は、大津市瀬田のアトリエから国会衆院第4委員会室へ。昨秋、政界を引退した川端達夫前衆議院副議長の肖像画である。川端夫妻と肖像画を描いた画家山尾才さんら関係者が集まり、国会で掲額式があり、京都新聞朝刊に載った。肖像画のこと、以下に書く。

 

 画家山尾才さんのアトリエは、瀬田唐橋に近い。川端さんの住まいも同じ所で、前からのご近所付き合い。川端さんは滋賀選出の国会議員10期、議員生活最後の3年間は衆議院副議長を務めた。功績は国が肖像画を掲げて顕彰する慣わし。川端さんは山尾さんに直々、制作を依頼、山尾アトリエに通い続け、今年1月4日、新年会兼ねて、完成披露があった。

 

 山尾アトリエの新年会誘いあって、国会掲額より早く見た。縦91㌢、横72㌢の金縁の額の中、赤いネクタイ、紺の背広、籐椅子に座る晴れやかな川端さんがいる。川端さん饒舌なので、口をつぐんだ瞬間をとらえるのに…と、描いた山尾さん。油彩画家・山尾さん、人物画には定評、さすがの肖像である。川端さんに初対面の川端さん、満足そうに自分撮り。国会掲額のおり「この場に私の分身がいることが誇らしい」と。瀬田から国会へ、慶賀なり。

 

 京都新聞記事は5月18日付け朝刊5面掲載。 ※ 山尾さんは東京藝大卒、小磯良平に師事、71歳。現滋賀県美術協会理事長。写真右の中の右。

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2018年5月19日 (土)

羽生さん、羽生さん…・人気の写真展

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羽生さん、羽生さん…どっちの羽生さん?、国民栄誉賞の羽生さん!。それ、どっちも国民栄誉賞。じゃあ、羽生読みで、将棋で<はぶ>さん、スケートで<はにゅう>くん。これではっきり。どっちも人気だけど、将棋の羽生さん、女性的には、羽生くんにゆずる?かな。

 

 いま、京都高島屋で「羽生結弦展」開催中。五輪の男子フィギュアスケートで66年ぶり2連覇、仙台の優勝パレードで10万人…、人気沸騰の羽生くんの写真が会場に並ぶ。メダルも衣装も靴も…。入場無料。同じ7階フロア、大九州展のお客さんも吸収?。朝から人、人、女性、女性…、20代、30代、40代、50代、60代…である。

 

羽生写真展皮切り、東京の日本橋高島屋で、開店前に2千の列~とニュース、京都ではどうかな~行ってみたら、まあ、似てる。会場入り口にピョンチャン五輪リンク、滑り終えて、両手を広げた大きな写真。会場係りの女性に聞くと、写真に羽生ハグする女性もとか。場内は写真撮影禁止なので、女性の皆さん、ちょっとショット…ツーショット?。さて、羽生さん、次の一手は?うん、羽生違いになったかな。

 

 京都高島屋の羽生展は5月21日まで。

 

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2018年5月18日 (金)

創建1250年、奈良の春日大社

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奈良の春日大社は今年、創建1250年を迎えた。世界遺産、国宝、奈良博の特別記念展…。藤原鎌足から47代目の宮司、花山院弘匡さんが講演していたのをNHKのらじるらじるで聴いた。神社の謂れ、境内の鹿は神の使いなど、宮司は1時間半、かくかくしかじか…と。

 

 ~春日大社は原生林に中にある。県庁所在地の原生林は、奈良にしかない。常陸の鹿島から鹿とともに神が来た。平城京の鎮護で1250年前に建った。隣の大仏は2度焼けたが、一度も焼けていない。春日の<かすが>は、すがすがしい~を意味する。梅、椿、藤が咲く。太刀、鎧などは天皇、関白、将軍の奉納。だから神の宝である。全国の燈籠は春日燈籠が始まり…~。

 

 宮司の熱い語りを聴くと、行くしかない、見るしかない。近鉄特急35分、京都から奈良へ行った。奈良博は「国宝・春日大社のすべて」展。さすが平安の正倉院、展示は国宝また国宝…、講演で宮司が是非~とすすめた鎧、とても7、800年前とは…。館の外は土砂降りも、来たからには~と本殿へ。参道の両側、青木が原のごとく原生林…、3千基という春日燈籠は苔がこびりつく、古い。本殿の神木、杉は千年、幹はどっしり、雨の中、しかと見届けた。

 

 奈良博の特別展は6月10日まで。会期中、5月16日、5月26日、6月6日など。鹿の6のつく日、鑑賞料は割引。 ※ 春日大社は古都奈良の文化財の一つとして世界遺産登録。

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2018年5月17日 (木)

奈良で「天スタ」と出会う

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続くときは続く~というか、ラーメンが二日も続いた。好きが高じて、ラーメン店を開いた知人の「麺屋とも」へ行って、翌日夕である。奈良博物館から春日大社へ行っての帰り、近鉄奈良駅前で、「天スタ」という店名に興味がわいた。地元で評判のスタミナラーメンだという。

 

 昨日もラーメンだったしなあ~という躊躇はあった。奈良まで来て、またラーメンか~という思いもあった。いつもは、ちょっと遠出すると、地元料理を探すところだか、土砂崩れ注意情報が出た大雨の奈良である。「天スタ」は天理スタミナラーメンの略だし、同じ奈良県、ご当地と言えばご当地である。なぜ「天スタ」か、店前看板にたっぷり書き込んである。

 

 昭和の頃、ライブが終わり、今の社長が提供したラーメンが評判よく、天理郵便局前に屋台を出したのが始まりという。うまさの秘密も書いて、絵看板で豚骨スープ、ニラ、豆板醬、白菜と図解してある。傘を畳んで、入った。店内、壁前にカウンター8席、調理場は見えない。雨か、旨さか、客は次々…、壁に向かって一列である。右隣に男女ペア、その右も、さらに右も…、みんなスタミナラーメンすする人である。ここはさすが奈良、右へならへ?。

 

 「天スタ」こと天理スタミナラーメンの本社は天理市内にある。創業は昭和55年。FC制をしき、奈良県内15店舗はじめ、大阪、兵庫、三重、滋賀に店舗拡大中。海外ではタイ、ミャンマーにも。

 

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